12、断罪①
エーヴァが目を開けると広間に佇んでいた。
彼らの正面にはまだ誰も座っていない玉座と椅子が三つ、両脇には取り囲むように重鎮や貴族たちが勢揃いしていた。
両陛下がまだ揃っていない状況を良い事に、急遽招集された貴族たちの話し声で騒々しい。
周囲は巫女を出した公爵家の者たちが吊し上げられているのを見て、何が起こっているのかを話し合っているようだ。
「静粛に」
宰相の言葉が響き渡り、招集された貴族たちは口を噤む。
両陛下が登壇されるのだ。
宰相の言葉で呼ばれたのは、両陛下とその息子。そして後ろから教皇までもが現れる。
前者はともかく、教皇がこの場に立つ事など初めてである。そのため周囲の貴族は口々に驚きの声をあげていた。
全員が椅子へ座ると、宰相がふう、と一息ついてから声を上げた。
「皆の者、静粛に。陛下と教皇様より重大な話を賜る。心して聞くように。……入れ」
正面の扉が開き、貴族たちは一斉に後ろを振り向く。
そこには衛兵たちに両腕を縛り上げられた公爵家の三人が立っていた。
巫女を輩出した栄誉ある公爵家と表では言われているにもかかわらず、何故罪人のように扱われているのか周囲は不思議でたまらない。
彼らは広間の真ん中まで辿り着くと、乱暴に床へと膝をつかされる。
思わず「何故このような扱いを」と食ってかかろうとした公爵はキッと顔を上げたが、絶対零度の視線を送る両陛下と教皇にたじろいだ。
そしてポツポツと……憎しみの籠った声で陛下は話し始めた。
「……数年前、神託により公爵家の次女リリス嬢が巫女と指名された後に、泉へと入水した。それは皆も覚えている事だろうが……この度の流行病は、その事が原因であると女神デューデ様よりお言葉を賜った」
周囲からザワザワと声が上がる。
あの儀式に関しては、両陛下や教皇・公爵家のみではなく、遠目からではあるが重鎮の何人かも確認をしている。
そのため、陛下の言葉に話を聞いていた貴族全員が動揺し、口々に話し出した。
「実はリリス嬢が逃げていたのではないか? それが女神様の怒りに繋がったのでは?」
「だが、両陛下や教皇様含めた全員が儀式を終えたと発表していたからな。全員の目を欺くことなどできるのか?」
「陛下は『女神様から賜った言葉』と仰っていたではないか。教皇様も同意しているようだし、何かしら起こったのは事実なのだろうな」
全く見当もつかない話に、次々に憶測の言葉が放たれては消えていく。
「公爵家の面々が捕まっていると言うことは、彼らが何かをしたのではないか?」
「でも何を?」
「分からないが……」
段々と話し声が大きくなる貴族たち。彼らの言葉を鎮めたのは、宰相だった。
彼がパンパン、と二度手を叩くと、騒々しかった広間は一瞬で静まる。
広間が静まり返ったところで、教皇は立ち上がり部広間をぐるりと見回した。
「おほん、ここからはその時の状況も踏まえて、儂が話そう。デューデ様の神託に従わなかった事により起きたものだと判明した」
「なんだって?!」「どういう事だ?!」という驚きや怒声を上げる貴族がいる一方で、混乱しているのか無言で教皇を見つめる者もいる。
ただ、全員教皇の話の続きが知りたいのだろう。すぐに口をつぐみ、彼が話すのを待った。
教皇はふぅ、と一息ついた後話し始めた。
「そして調査の結果判明したのだが……当時巫女として女神の泉に入水したのは、指名された公爵家の次女であるリリス嬢ではなく、姉のエーヴァ嬢だという事が判明した」
陛下も彼の言葉に続く。
「そこにいる令嬢は公爵家の長女エーヴァ嬢と思われていたが、本当は次女のリリス嬢である。彼らは我が王家と猊下を欺き、女神デューデ様の神託に背いた大罪人である」
その衝撃たるや。
貴族たちはまさかの事実に息を呑む。誰も声を上げる事なく、固唾を呑んで陛下と教皇の言葉を待っていた。
両陛下と教皇たちが広間の中心で項垂れている公爵家三人に送る視線は冷たい。
彼らが王侯貴族を欺いた事により、この大厄災は発生したのだ。彼らを許す事はできないからだ。
「そこの三人、申し開きはあるか?」
絶対零度の視線を三人に送る周囲。
既にエーヴァとリリスを偽った時点で、三人は犯罪者である事には変わりはない。
だが、そんな周囲の視線に気づかない女性二人は「申し開き」という言葉を聞き、彼らは自分たちの将来に希望が見えたらしい。
まず初めに声を荒げたのは、公爵夫人だった。
「何故可愛い我が娘が犠牲にならなくてはいけないのっ?! この国に必要とされていないのは、あの女の娘よっ! あんな女の娘は我が家の疫病神だったわ! そんな娘を身代わりにして何が悪いのっ!」
「そうよ! 私の方があの女よりも可愛いじゃない! あんな気味の悪い女より私の方がこの国の役に立つでしょう? ねえ、お父様?」
キャンキャン吠える犬よりも煩くみっともないその姿に、周囲は眉を顰めた。
彼女たちはエーヴァを貶す。その姿が醜悪である事すら気づかずに。
一方で公爵は彼女たちに言葉を振られても、一言も喋らない。
下を向いているため、表情も分からない。
痺れを切らした彼女たちが「お父様!」「あなた!」と声を荒げればピクッと肩が跳ねたが、それだけだった。
一向にこちらを向かない公爵に、陛下は納得したように話す。
「ふむ、公爵……いや、元公爵は己の立場を理解しているようだな。元公爵よ、其方には期待していたのだが、残念よ……さて、此奴らの処分はどうするかのぅ」
彼が首を傾げて呟くと、参加していた貴族の一人が手を挙げた。
宰相は陛下へと顔を向ければ、彼は首を縦に振ったため、「直答を許す」と伝えた。
「許可を頂き、ありがとうございます。この度、大厄災が起きた原因は巫女の入れ替えによるものだ、と理解しましたが……では、この度の大厄災を鎮める事はできるのでしょうか? また何故この厄災が引き起こされたのか、原因は判明したのでしょうか?」
彼の言葉に「確かに、侯爵の仰る通りだ」と参加者の貴族たちは口々に話す。
未だに流行している病は何が原因かすら判っていない。その事を女神デューデ様から教えてもらったのか、という話である。
その言葉に教皇の顔が曇る。
彼の表情を見た貴族たちは理解した。デューデ様はそれを我らに伝えていない事を。
人間は滅びの道を進んでいる、そう気づいたのか周囲から啜り泣くような声が聞こえる。
時には元公爵家の三人を罵る声も上がっていた。
教皇も陛下も貴族たちが声を荒げる事を止めようとしない。
ここが広間でなければ、周囲に誰もいなければ、二人も貴族たちのように罵っていただろうから。
周囲の異常な状況にやっと元公爵夫人とリリスは自身の立場を理解したのか、俯いて震えていた。
この混沌とした状況をぼーっと見つめていたのは、エーヴァだ。
いつも暴力や罵声を浴びせていた二人が縮こまっている姿が、自分がそうされていた時の姿と重なる。
暴力はないが、彼らは自分のしてきた事がその身に返ってきているのだ。
エーヴァは元家族への関心すら薄まっている事に気づく。
湖底の街で暮らした時間、隣で支えてくれたアダン……彼らの協力もあるが、あんなに恐怖の対象だった三人が以前の自分のように震えている姿を見て、体の震えは止まっていた。
「元家族を見て、こんなにも心動かされる事はないなんて……私は薄情者なのかしら。それに彼らの事を良い気味、と思ってる。アダンはこんな性悪な私でも良いのかしら?」
そう呟いてから、三人に恐怖を抱いていない事に気づく。
それ以上にこんな性根が悪い自分を見て、アダンは幻滅しないだろうかと不安になった。
彼女の中では元家族よりもアダンの比重が大きくなっているからだ。
こんな事、知られてはならないと思ったエーヴァだったが、それは後ろから聞こえる声で叶わない事を悟った。
「良いんじゃないか? あれは彼らの自業自得だろう?」
声のした方を振り向くと、そこに立っていたのはアダンだった。
「え、どうしてここに……?」
近づいて触れるとアダンから体温を感じる。本当にアダンがこの場にいるようだ。
「だって、ここは君の夢だからさぁ。僕にかかればアダンだって連れて来られるんだよ」
「セファー」
あんぐりと口を開けているエーヴァの頭にアダンは手を乗せる。
「そう思うほどの事を彼らからされているのだから、感情を我慢する必要はない。……むしろ良い気味で終わらせられるエーヴァは優しすぎる。君を性悪だとは思わない」
「アダンは本当に過激だったよぉ〜。過去の記憶には干渉できないって話してたのに、弟を殴りに行こうとするんだもん。空振りしてて笑っちゃったよ〜」
「その話はやめてくれ」
過去の黒い歴史だと恥ずかしそうに笑うアダンの表情はいつもと変わらない。
自分の綺麗な部分も……醜い部分も全て受け入れてくれるアダンにエーヴァは微笑んだ。
「ねえ、アダン。手を握ってくれないかしら?」
「手を?」
「うん。この後何が起こるのかを見届けるために……貴方がいてくれれば、きっと最後まで消化できると思うの」
そう美しく微笑むエーヴァの表情に影はない。
「ああ、君が望むなら喜んで」
そう言ってアダンはエーヴァの手を握りしめ、二人は光に包まれた。
文章を修正しました。
周囲の異常な状況にやっと元公爵夫人とリリスは自身の立場を理解したのか、震える身体を抱きしめて縮こまっていた→俯いて震えていた。にしています。