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ひよ子の食べ方

※この作品はフィクションです。

「で、結局そのおじさんは妖精のような服装をした一般人男性で、陽性ではなかったんですね」

「ああ。いたって平和なオチがついたんだ」


 福岡天神に位置する探偵事務所で、探偵は助手とお茶を飲んでいた。

 お茶はいつも買ってるお気に入りの八女茶で、お茶請けは東京ひよ子。

 先日、天神地下街の妖精を探してくれと依頼してきた人が、無事解決した折に持って来てくれたのだ。

 陽性じゃなかった妖精おじさんは、芥屋在住の男性ですぐに連絡が取れた。

 妖精の格好をしてうろつくのが趣味と言う。福岡天神にはよくある話だ。


 今日の探偵はジャケットを脱ぎ、薄く透けた妖精の羽をさらしている。

 助手曰く「一生羽化したての蝉ですね」。

 そんな助手はというと、キャスケットを被った、よくいる感じの探偵の相棒だ。

 サスペンダーをかけた背中にもハーフパンツのお尻にも、何も余計なものは出ていない。


 助手は探偵に尋ねた。


「東京ひよ子持ってくるってことは、依頼人は東京の方ですか?」

「ああ。東京のどこかは聞きそびれたが、東京の人らしい」

「どこでしょうね。あとで地図見てどこかあてっこしましょう」

「お? 助手から推理勝負をしかけてくるとはな」

「負けませんからね。よし、勝負の前に糖分です」

「蓋オープーン!」


 菓子箱の蓋をパカ、と開くと。

 東京ひよ子がすっくと立ち上がった。


「あ」

「あ、やべ忘れてた」


 探偵と助手は同時に言った。

 東京ひよ子は地元福岡に帰ってくると、袋から開いた途端にパタパタと足を生やして部屋の中を動き回るのだ。

 これは福岡では常識だ。

 しかし新幹線ののぞみの果てまで来たことのない人には知らない事実かもしれない。


 そしてその常識を探偵も助手もうっかり忘れていた。福岡で東京ひよ子を見かけることはあんまりないからだ。


ぴよぴよぴよ。

ぴよぴよぴよ。


 里に帰ったと気付いたひよ子は鳴きながらあちこちをうろうろと走り回る。

 助手は慌てた。


「あっこらテーブルから降りんでよう」

「流石に床をうろつかれたら食べるのに躊躇するな……な、何かないか、助手!」

「はいっ! 去年の大蛇山Tみつけました! これで威嚇しましょう!!」

「あ、ひるんだぞ! よっしゃ、すぐにタッパに放り込め!」

「オラッ入らんかッこのこのッ」

「助手こわーい」


 ぴよぴよジタバタ。


 鳥なので蛇に睨まれたら怯んでくれるので、なんとか捕獲に成功した。

 ありがとう大蛇山T。


 タッパに放り込んだのち、さっさと食べたほうがいいと思って二人でもぐもぐと頭から喰らいつく。

 足が生えた分、可食部が増えてラッキーだ。

 こうして東京ひよ子の可食部を増やす方法は、福岡ではわりとポピュラーな話だ。


 探偵がもぐもぐしながら呟く。


「東京の人の東京ひよ子は美味いなあ」

「ねえ先生。これ決闘の手袋代わり? って思うときありますけど、どう思います?」


 ひよ子のママは博多よ!という、福岡県民の繊細なマイハートがそこにある。

 具体的に言うと本来のママは飯塚だが。


 東京オリンピックの際に上京して立派になったひよ子。東京銘菓となったひよ子。

 それでも、母鳥はこっちだと言いたい気持ちは福岡に暮らすものの心に刻まれている。


 だがそれはそれとして、東京ひよ子を持ってくる人間に対して他意はないと思いたい。

 美味しくてかわいいのには変わらないのだから。

 世界平和の気持ちを込めて、探偵は首を横に振る。


「悪く受け止めたら悪いぞ。単に無難に可愛くて美味しいからだろうが」

「えー、そうですかぁ?」

「ほら、わざわざ手土産で持ってきてくれらすとにそげん文句いうたらいかん。橋本環奈って知ってますかとっても可愛いアイドルなんですよって言われるようなもんたい」

「まあ、そりゃ知っとるばいって話ですよね。橋本環奈が可愛いってそりゃ知っとるたいって」

「そうそう、むしろよか話たいね。それだけメジャーになったってことで。ねえ東京ひよ子ちゃん」

「なるほどですねえ」

「うむ」

「で、なんでいきなり方言で話し始めたんですか」

「いや……べったべたに方言話さないとどこの話かわからんかなって」


二人は基本的に共通語で話す。

読み手へのリーダビリティの配慮だ。

探偵の言葉に助手は肩をすくめる。


「大丈夫ですって。ひよ子に足が生える場所はここだけです」

「文脈でわかるってやつか~」

「そうそう。あまり方言だしすぎると我々の会話の見分けがつかなくなりますし、二人とも声がだんだん芸人に聞こえてきます」

「全国区で言えば方言で掛け合いといえば、あの人らだもんな~」


二人はえぬえ………の連ドラの次の朝の顔を思い出した。飲み方ネタの漫才をしていた人らを朝から見る時代、それが令和。深夜三十四時とかそういうやつか。


「おいしい」

「あっにげるな」

「もぐもぐ」


ぱたぱた。もぐもぐ。


 探偵と助手は、ひよ子の愛らしい顔にも気にせずもぐもぐと食べる。血糖値の急上昇。

 探偵稼業は頭を使う。糖分は大事だ。


「さて糖分も摂取した。早速依頼を見ようか」

「はい」


 ノートパソコンを開いてメールチェックすると、そこにはずらりと新着メールが並んでいた。


「夏はもうすぐ! 脱毛期間限定」「削除」

「週末の飲み方について」「後で返信」

「メールフォーム*探偵依頼」「おっ、依頼だ!」


メールフォームから飛んできたメールを開く。

そこに書かれていたのは。



「助けてください。友人が殺されてしまったかもしれないんです」


探偵と助手は、顔を見合わせた。

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【連載開始しました!ご当地あやかし異類婚姻譚です!】
身に覚えのない溺愛ですが、そこまで愛されたら仕方ない。―福岡天神異類婚姻譚

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