悪役令嬢は指摘される
その日私はまたもや朝からダグラスの奇襲を受けていた。
いやだから、本人が現れる直前に届く先触れは先触れじゃないって言ってるでしょー!
しかも、だ。
ダグラスは三人の女性を伴い大量の布地を手にやってきた。
ついでに言うと午後には宝石商が来るらしい。
「いったいどういうことかご説明いただいても?」
私の額にも青筋が立つというものだ。
「王妃の事件があり、国内の安定のためにもなるべく早く立太子してエレナ嬢との婚約式を挙げるべきだという陛下のお達しがあってだな」
陛下の思惑に乗るのはいささか腹が立つが、エレナ嬢と正式に婚約できるならそれ自体は早くしたい、とダグラスは言う。
うっ……。
そりゃあ私だってダグラスとの婚約を早めにすることはやぶさかではない。
「陛下は立太子の儀と婚約式を同日に行うつもりだ。本来であればどちらも時間をかけて用意をするべきなのだが……まぁ事情が事情だからな。エレナ嬢には申し訳ないが、あまり凝ったことはできないかもしれない」
いや、私は元庶民。
正直大々的にやるよりも小ぢんまりと済ませたいところなのでその点は問題なかった。
「その分、結婚式の方は盛大に執り行うつもりだ」
「結婚式はいつ頃に?」
「そうだな……王族の結婚でもあるし、周辺国への周知も必要となるから……今のところエレナ嬢が学園を卒業してすぐくらいか?まぁ、状況によっては早まることもあるかもしれない」
へぇそうなんだ……と思ってしまう私は当事者感が欠けていると言われてしまうだろうか。
でもねぇ。
まったく想像がつかないんだもん。
「で、だ。まずは時間がかかるであろうドレスからと思って今日はドレスショップのデザイナーを連れてきた」
ダグラスが一緒に連れてきた三人の内、一番年嵩であると思われる女性が一歩前に出る。
「婚約式のドレスを請け負うことになりました『アンジュ』のデザイナーを務めております。本日は貴重な機会をいただきまして感謝申し上げますわ」
以前クレアとソフィ、そしてジェシカと一緒に行った老舗のドレスショップ。
ウェルズ家も御用達にしているが、当然王家も懇意にしているのだろう。
前回行った時に対応してくれたデザイナーよりも少し年上に見えるし、この女性が筆頭デザイナーなのかもしれない。
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
私の返事を合図に、後ろの二人の女性が運び込んだ多くの布地を広げていく。
「ダグラス殿下も一緒に選ぶのかしら?」
さすがに他の人の目がある前でダグラスを呼び捨てにする勇気は私にはなかった。
呼ばれたダグラスが何となく居心地が悪そうなのは気のせいだろうか。
そんなダグラスは、ウェルズ家の応接間のソファに座ったまま動く気配もない。
「衣装はそろえる予定だからな。今日はエレナ嬢の衣装選びにつき合うつもりだ」
そんな笑顔で言われてもねぇ。
もしや公務の忙しさから逃げてきたのでは?
私の疑いの眼差しに気づいたのか、ダグラスが心外だとでもいうような顔をする。
「エレナ嬢、何事も根を詰めるのは良くない。そして適度な休憩は必要だ」
「それで?」
「ここのところ公務に忙殺されている俺に、癒しを与えてくれてもいいのでは?」
癒し……。
エレナの衣装選びが、癒し?
前世では男性が女性の買い物につき合うのは時間が長くかかるから嫌だという話も聞いたものだけど。
んー……でも最近の若者はそうでもなかったかも?
街中でもカップルで仲良く買い物をしている姿を見かけたし。
なんて、どこかのおばちゃんかというような感想を持ってしまうのは、私にショッピングを楽しんだ過去がないからだ。
お金、無かったしね。
自分にかかるすべての費用を自分で賄っていた私としては、ファッションは優先順位が低かった。
あー、でも!
エレナの衣装を選ぶのは楽しいかも。
なぜなら、エレナは鏡を見るのが楽しみになってしまうレベルの美人だから!
そしてクレアには負けるけれどなかなかのナイスバディである。
きっとどんなドレスでも着こなせるだろう。
そう思うと俄然興味が湧いてきた。
「ダグラス殿下の癒しになるかどうかはわかりませんが……せっかくなのでいろいろ見せていただきたいですわ」
というわけで見せてもらいましたとも。
それはもう、今までこれほどたくさんの生地を見ただろうかというほどあらゆる種類の生地を。
その中でいくつか興味を惹かれた生地はあったけれど、私は特にそれを伝えることはしなかった。
ダグラスの意見も取り入れていくつかの候補をあげたところで、ひとまず今日のところはお開きらしい。
「それでは、今日お選びいただいた生地で何点かデザインを起こしますので、出来上がり次第お届けにあがります」
「よろしくお願いしますわ」
そんなやり取りを経て、女性三人は帰っていった。
そして入れ替わりに宝石商がやって来る。
息を吐く暇もない感じよね。
そう思いながらも、今度は婚約式に必要なアクセサリーの紹介を受けた。
基本的に必要なのはネックレスとイヤリングのセットだろう。
たいていは相手の髪や瞳の色に合わせて選ぶから、この場合ダグラスの色である黒を基調とすることになる。
グラント国には婚約時に指輪を送ったり、結婚式の時に指輪を交換する習慣はない。
正直、前世でも結婚どころか恋人すら縁遠かった私にしてみれば指輪の交換には憧れめいた気持ちがあった。
とはいえ、ここでそんなことは言えないしね。
そんなことを思いつつ多くの宝石を見せてもらい、結局こちらも次回までに新しいデザインを起こすことで話がまとまった。
ドレスとの兼ね合いもあるからそこのすり合わせも必要だろう。
そうして夕方にやっと私は解放されたのである。
高位貴族のご令嬢って舞踏会のたびにドレスを新調したりするんだよね?
毎回一から作っていたら疲れないものなのだろうか。
とりあえずエレナはまだ学生の身だから正式に舞踏会に参加するのは学園卒業後だ。
以前クレアたちとショップに行った時は自分のドレスだけでなくジェシカのドレスを選んだりとそれはそれで楽しかったけれど。
今回は正式にダグラスの婚約者としてお披露目する時に着るドレスだから気が抜けない。
そんなことを思いながら、私はメアリの入れてくれた紅茶を飲んでいる。
すぐ隣にはダグラスが腰かけていてその距離の近さにドキドキしているのは秘密だ。
「エレナ嬢は、ドレスにしろアクセサリーにしろ何か希望はないのか?」
「どれも素晴らしい生地やアクセサリーでしたから、特には」
「そうか……」
不意にダグラスの言葉が途切れて、私はその横顔を見上げた。
「……エレナ嬢の意志は……どこにあるんだろうな?」
「……え?」
ダグラスの漆黒の瞳と目が合う。
「たいていの貴族のご令嬢はあれが欲しいこれが欲しい、もしくはあれがしたいこれがしたいと言いがちなものだろう?特に親や婚約者には甘える者が多い。でもエレナ嬢は違う」
それは、ご令嬢にはわがままな性格の者が多いということだろうか。
「人の意見はきちんと聞くし、周りの者の様子をよく見て困っている人には手を差し伸べる。人に嫌われようとも必要があれば助言や忠告もする」
「それは……いけないことかしら?」
「いや。ただ……人のことばかりでエレナ嬢の気持ちが見えないと思ったんだ」
私の、気持ち?
「そうだな……学園に入学する数ヶ月前までのエレナ嬢は、それでもまだ自分の意思や思いが見えやすかったように思う。それこそライアンへのわだかまりも含めて」
ダグラスが手に持っていたカップをソーサーに戻すとテーブルの上に置く。
「今のエレナ嬢は気持ちを隠しているのか、それとも無意識に表に出すことを抑制しているのか、どちらなんだろうな?」
感情を、抑制している。
それは、私の中のパンドラの箱を開く呪文のよう。
抑制を外してしまったら箱が開いてしまうから。
それは開けてはならないもの。
だから、触れないで欲しい。
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