悪役令嬢は不本意ながら圧をかける
結論を言うと、当然だが三男は捕まった。
だがここで一つ気に入らないことが起こる。
被害者が平民だから大きな罪には問えないと言うのだ。
私の視線がよほど非難めいていたのか、説明してくれている警備隊隊員の目が泳ぐ。
日頃平民と接することの多い彼らもそのことに対して思うところはあるのだろう。
しかし同時にどうすることもできないことも身に染みているのだ。
「犯人逮捕のご協力ありがとうございます。しかし公爵令嬢ともあろうお方が危険なことに首を突っ込まれるのは感心しません。通報だけで十分ですから、その場に乗り込むなど止めていただきたい。合図は入り口側でするはずでしたよね?」
お説教めいたことを言い始めたのは警備隊の隊長だ。
「まぁ。首を突っ込むだなんて。私気が動転してしまって、玄関の方に向かうつもりが誤って逆の方向に進んでしまっただけなのですけど…」
頬に手を当て小首を傾げ、いかにも困ったように言ってみる。
大抵の者はこう言うと「気をつけてくださいね」と言うくらいで終えてくれるのだが。
「気が動転して、ねぇ」
この警備隊長はいささか難物らしい。
簡単には騙されてくれなさそうだ。
「いずれにせよ我が家の護衛が犯人逮捕にご協力できて良かったです」
こういう時は素早く撤退するに限る。
「みなさま事件の取り調べなどもあるでしょうし、私はそろそろ失礼いたしますわ」
私は警備隊長にそう言い、ティミード家を後にしようとして気づいた。
そうだわ。
マリーにも釘を刺しておかないと。
「マリー様、大丈夫?」
マリーは部屋の隅の椅子に座っていた。
そのすぐそばまで行くと私は労わるように声をかける。
「あなたもまさかお兄様が罪を犯していただなんて知らなかったのでしょう?驚いたわよね」
まさか知っていて黙っていたのではないでしょう?
それならあなたもびっくりしているはずよね。
言外にそう言ってマリーの反応をうかがう。
「えっ…ええ。あまりのことに言葉がなくて…」
ここで自分も知っていたと言うのは得策ではない。
とはいえ、知らなかったと言えば兄を売るようなことになる。
そういった彼女の葛藤がうかがえた。
「本来であればお家の今後にも影響が出る犯罪でしょうけど…。相手が平民だからことが公になることはないかもしれないですわね」
おそらく人知れず三男が公の場から姿を消すだけで、このことは他の貴族に周知されることはない。
「マリー様とは4月からの学園でまたお会いできるかしら?しばらくは…お家の方も落ち着かないでしょうし」
「…もちろんですわ」
王太子の婚約者である公爵令嬢が自身の兄の罪を知っている。
そのことを彼女はどう考えるだろう。
「今まであまり交流がありませんでしたけど、同じ学園生になるのですしこれからよろしくお願いしますわね」
私の言葉にマリーは顔色を変える。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
丁寧に答えながら、彼女が頭の中で忙しなく計算しているのが手に取るようにわかった。
この状況下での私からの言葉は、つまり「学園に入学したら私の言うことを聞きなさい」と言っているように聞こえただろう。
私としては脅したいわけではないけれど、学園内での手駒は必要だった。
なんだか私、悪役令嬢みたいじゃない?
違うわよ。
私は善良なるいち貴族令嬢なだけなんだから。
ただ少しだけ、今後の私のために圧をかけさせてね。
大丈夫、理不尽なことは言わないから。
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