悪役令嬢はお願いする
羞恥に悶える私を置いて、ダグラスはさっさと兄の書斎に向かった。
「サインをもらったらすぐに戻る」と言っていたのできっと本当にすぐ戻ってくるだろう。
「レオはなぜダグラスの考えていることがわかるのかしら?」
私のぼやきに、ダグラスを見送った後部屋の入り口に待機していたレオがそばに寄ってきた。
「ダグラス殿下の優先順位がはっきりしているからですよ」
「優先順位?」
「はい。ダグラス殿下にとって一番失いたくないのがエレナ様ということでしょう。エレナ様を失うくらいなら王位はいらないということです」
うう〜〜。
自分から聞いておいてなんだけど、こそばゆい!
「そ……そういうことですのね」
いったい何がそういうことなのか自分でもわからなかったものの、とりあえずそう答えておく。
「なので何も不安になることはないわけです」
にこりと笑うレオの笑顔が眩しいわ……。
「そういえば、レオはニールセン家の人たちに会うつもりはあるのかしら?」
自分で振った話題ではあるものの、ダグラスの話は話せば話すほど身の置き所がなくなりそうなので私はレオの関係で気になっていたことを聞いた。
「ありませんね。あの人たちは僕とは関わりのない人たちなので」
レオは自分自身のことを公的な場では『私』、私的な場でさらにある程度気を許した状態では『僕』と言う。
最近気づいた事実だ。
「そう」
たとえ今はレオの雇用者であってもニールセン家のことに私は口を挟むつもりはない。
そしてレオの好きにすればいいとも思っていた。
「私はライアン殿下とエマ様にもう一度だけ会いたいと思うのだけど、ダグラスは許してくれると思う?」
「え!?」
私の言葉にレオが驚いた声を上げる。
「あのお二人に、ですか?会っても何もいいことはないと思うのですが……」
まぁ、レオの言いたいこともわかる。
あの二人は徹頭徹尾私に対しての態度が問題ありだったから。
ただ、ライアンには今までのエレナの思いを伝えておきたかったし、エマには言いたいことがある。
おそらく処罰が決まって刑が執行されてしまえばもう会うことはできないだろうから、今が最後のチャンスといえた。
「やはり言いたいことを溜めておくのは良くないと思いますの」
「というと?」
「文句は言っておくべきだと思いましてよ」
「だからと言ってあの二人に会うのは賛成しない」
入口からダグラスの声がした。
レオとの会話に集中していて気づかなかったが、兄にサインをもらったダグラスが戻ってきたようだ。
「なぜですの?」
「あの二人が大人しく謝ると思うか?」
「謝罪を望んでいるわけではありませんわ」
ダグラス同様私だってライアンとエマが謝るとは思っていない。
それよりも今まで散々言うことを我慢していたあれやこれやを言っておきたい!という気持ちが強かった。
「どうしても、か?」
「どうしても、ですわね」
はぁぁ〜〜……と、これまた特大のため息をついたダグラスが呆れたようにこちらを見る。
「まだ正式に発表はされていないが、ライアンは西の王領の領主館に幽閉、エマは北の修道院行きだろう。そして男爵家は取り潰しだ」
なるほど。
たしか西の王領は先代の王の弟の血筋が継いでいたはず。
そして北の修道院はグラント国で一番厳しいと言われている修道院だ。
グラント国の端の山裾に位置し、冬は雪に閉ざされる。
陸の孤島ともいえる位置にあるためその修道院に入れられた者は生涯そこから出ることはできない。
「ライアンに関しては今後の態度や行動によっていずれ幽閉が解かれる時がくるかもしれないが、それでも西の王領を出ることは叶わない」
つまり、王都に来ることはできないということ。
今後ダグラスの治世になってから何らかの機会に反乱の旗印とされても困るが、とはいえ現状それ以上の罪に問うことはできないということか。
そこはやはり王族と男爵令嬢では立場が違う分処罰にも差が出るのかもしれない。
まぁ、二人は共犯ではあったけれどエマのやったことの方がよりまずかったのはたしかだ。
「でしたら尚のこと、今が最後のチャンスですわね」
私が絶対に引かないことがわかったのか、ダグラスが口の中で何事かを呟く。
「俺は、エレナ嬢のお願いに弱いんだよ……」
そして右手で頭をくしゃっとかき回すと、私の方を見る。
「わかった。少しだけ会える時間を作ろう。だから、勝手な行動はしないでくれよ」
いやだわ。
いつも私が勝手に行動しているみたいじゃないの。
「わかりましたわ」
今までのことは棚に上げて、私は心の中で文句を言いつつも笑顔でダグラスに答えるのだった。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録や評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。