転生した悪役令嬢の断罪
「王妃殿下、これまでの証言に対して異議申し立てがありますか?」
裁判長の問いかけに、しかし王妃は何も言わなかった。
いや、もしかすると何も言えなかったのかもしれない。
「ではここまでとします」
裁判長は一旦言葉を切り、提出された証拠類をサッと確認する。
「証言と証拠の照査はこれからさらに詳しく行いますが、告発に関する証言に矛盾はありません。よってダグラス殿下の告発は正当なものと判断いたします」
そこまで言うと裁判長は一礼して壁際に控えた。
場の主導権は再び陛下の手に委ねられたということになる。
まぁ、裁判長としてもこの場で自国の王妃に対して判決を述べるのは難しいのだろう。
任された分の仕事をこなし、最後の決定は陛下が行う。
それは予め決めてあったのかもしれない。
「皆も今聞いていたように、侯爵家当主の暴漢事件はレンブラント家の当主が、そして側妃の毒殺事件は王妃が首謀者だとはっきりした」
陛下はゆっくりと言葉を紡いでいく。
静かなその声は、穏やかでありながら底冷えするような冷たさを孕んでいる。
「余は長き間、側妃にはその身を守るために不自由な生活を強い、ダグラスにはその存在さえも公表を許さなかった。すべては王妃、そなたの飽くなき欲によって引き起こされたことだ」
「いいえ!陛下、悪いのはわたくしではありませんわ。正妃であるわたくしを差し置いて先に子を持ったあの者がいけないのです!」
王妃にとっては陛下の寵愛を得られないのであれば、自身の子がこの国を継ぐことが何よりも重要なことだったのだろう。
逆に言えばそれだけが拠り所だったとも考えられる。
レンブラント家の当主は自分の娘を王妃にすることによっていずれ外戚として王家を乗っ取ることを企てていたのだから、その点はもしかすると王妃の思惑とは違ったのかもしれない。
見ている限り、王妃は陛下に対して特別な感情を抱いているように思える。
乗っ取りを企む親と陛下の寵愛を望む娘の欲望が合わさり、結果として取り返しのつかない事件が巻き起こったと考えられた。
「いずれにせよ罪は罪だ。王族の命を奪うのは厳罰に値する行為。さらには我が国では禁止されている人身売買に実質上の奴隷の所有、他者への脅迫に使用人への不当な拘束、調べればまだ余罪があるだろう」
王妃の犯した罪を並べるとかなりのインパクトだ。
犯罪の見本市みたいになっている。
「王妃を、側妃殺害を含む多くの罪の被告とする!」
陛下の宣言に従って近衛兵が王妃を拘束した。
「陛下!!」
王妃の悲鳴のような呼びかけに、陛下は睥睨したまま答えない。
「なぜ!なぜ!!」
両腕を後ろに回されて王妃の手から扇がこぼれ落ちる。
綺麗にセットされていたはずの髪は乱れ、髪飾りも振り落とされた。
身をよじって逃れようとするも、その腕はしっかりと固定されて周りを数人の近衛兵が囲んだ。
「王妃を王族専用の地下牢へ幽閉しろ。提出された証拠の詳細を確認した上で刑を執行する」
ライアンが入れられたのは王族専用の牢。
しかし王妃が入れられるのは同じ王族専用とはいえ地下牢だ。
より重い罪を犯した者だけが入れられる場所。
「陛下!いやあああああ!!」
暴れ、叫び、王妃としての尊厳をかなぐり捨てて抵抗する。
しかしそんな王妃を見つめる陛下の瞳はどこまでも冷ややかで、ともすれば暗く凍えるようだった。
炎は温度が高い方が青くなるという。
以前見た陛下の瞳は苛烈さを秘めて燃えるようだったけれど、真相が究明された今、その瞳は憎悪を宿してさらに燃える冷たい青に見えた。
王妃を連行する近衛兵がホールの扉を閉める。
そして悲鳴を残し、王妃は去った。
一連のすべてを目撃した者たちは一様に押し黙ったままだ。
「王妃は多くの罪に問われる。また、この場にその罪に加担した者もいよう。その者たちにも追って沙汰を下す」
陛下の声に合わせて、衛兵がウェルズ家の両親とニールセン家の両親を拘束するのが見えた。
「ウェルズ家、ニールセン家に限らず、他に関わった者たちも明らかになり次第罪を問われると覚悟することだ」
気を緩めようとした者たちに釘を刺すように陛下が言った。
「そしてウェルズ家の兄妹に関してだが……今回事件解明に協力したことを評価し、ウェルズ家の罪は現当主夫妻に対してのみ問うこととする。よってこの場でもってウェルズ家の当主にリアム・ウェルズを任命する」
……良かった!
両親と一蓮托生にならないように動いてきたつもりだけど、最後までどうなるかわからなかった分当主交代に関しては心配していた。
「さらに、エレナ嬢にはライアンの不始末、王妃による襲撃事件と多くの迷惑をかけた。親として、夫として申し訳なく思う。何か望みがあれば今ここで申すが良い」
おっと。
ここでまさかの望みがあれば叶えるよ宣言がきた!
もし陛下にそう言ってもらえるのであれば、私には叶えたい望みが一つある。
「陛下のお言葉、ありがたき幸せにございます。もし許されるのであれば一つお願いがございます」
「申してみよ」
「私の専属護衛であるレオンハルトですが、彼は王妃殿下の私室から証拠類を持ち出すという罪を犯しました。王族の方の物を盗むのは重罪にございます。しかしすべては事件を解決したいという一心から出た行動。どうかご温情を賜り、彼の罪をお許しくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
言葉と共に私は深く頭を下げた。
そして下げたまま陛下の言葉を待つ。
「王妃は罪人。すでに王族ではない。また、レオンハルトの行動によって多くの証拠を得たことはわかっておる」
「頭を上げよ」と言われ、私は体を起こして陛下を見つめた。
「エレナ嬢の望みを叶えよう。今後この件に関してレオンハルトを罪に問うことはしないとここに約束する」
「……ありがとう……ございます!」
不覚にも涙が出るかと思った。
罪に問われるとわかっていて証拠を持ち出し、多くの人の目のあるこの場で癒えることのない疵を晒す。
レオにとっては辛いことばかりだ。
だからこのままレオが処罰されるなんて私には納得できなかった。
私へ許しを与えると、陛下がその場に立ち上がる。
「最後に、すべての者に周知する。本日をもって第一王子ダグラス・グラントを、このグラント国の王太子に任命する」
そう宣言すると、陛下はマントを翻しその場を後にしたのだった。
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