悪役令嬢は急ぐ
「まあ!いったい何の音かしら?」
音に怯えて震えている演技をしつつ、私はマリーの様子を探る。
「なっ、何かあったのかもしれませんから、確認させますわ」
音の聞こえた方向に何があるのか、マリーは知っているのだろう。
彼女は上擦った声で答えると慌てて侍女に声をかけた。
「いったい何事か確認してきてくださる?お客様が驚いていらっしゃるわ」
「はい!ただちに」
声をかけられた侍女も慌てている。
そりゃそうよね。
何が起こっているにしろ、喜ばしいことだとは思えないだろうから。
「あ!私の護衛が戻ってきていませんわ。不安なので呼んできてもよろしいかしら?」
そう言って私は素早く立ち上がった。
「いえ、危ないかもしれませんので、こちらでお待ちくださいっ」
当然、マリーは私を引き留める。
でもここで立ち止まってはいけないのよ。
「ご心配なく。すぐに戻りますわ」
そう言い置いて私は部屋から飛び出した。
貴族令嬢が護衛を呼ぶために自ら動くなんておかしな行動とわかっている。
でももちろん誰も私を止めることはできない。
そして当たり前だが、私は玄関の方ではなく音がした方向へ急いだ。
はしたないからって走ることも許されないなんて、貴族令嬢って本当に面倒だわ。
あと少しでダグラスのいる部屋と思われるところで、私は廊下の窓を開けると外から見えやすいように大きくハンカチを振った。
ティミード伯爵家の外に警備隊が待機している。
もちろん私が呼んだ者たちだ。
事件の起こっていない邸宅に警備隊が入ることは不可能だ。
よほどの理由がない限り、貴族の邸宅内などは不可侵の領域になる。
また、何かあったとしても屋敷がそれなりに大きければ音は外に漏れない。
だからこそ三男の暴挙はばれることなく続けられてしまった。
しかしそれも今日で終わり。
今の合図で警備隊は邸内に入ってくるだろう。
貴族令嬢が窓から助けを呼んでいる、それを警邏中の警備隊が見かけた。
大義名分はそろったのだから。
私は合図をし終わるとまた急いでダグラスのいる部屋へと急ぐ。
正直、デュランの妹はもう大丈夫だと思っている。
犯人である三男ももう制圧されているだろう。
ダグラスという男にはそう思わせるだけの実力があった。
ただ私が心配したのは、妹さんのメンタル面。
いくらダグラスが自分を助けてくれたとしても犯人と同じ男であることに変わりない。
ましてや制圧の際には多少なりとも暴力的な行為があるだろう。
その姿を見て彼女は怯えていないだろうか?
単純にダグラスをヒーローと思うくらいの気持ちでいてくれるといいけど。
そう思いながら、私は問題の部屋のドアを開けた。
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