悪役令嬢はお出かけを楽しみにする
結局のところエマは逃げるようにその場を走り去った。
今日は腰巾着のライアンはいないのね。
そんなことをのん気に思っていた私の耳に周囲の生徒のひそひそ声が聞こえる。
「エマ様、変でしたわね」
「何もないところで自分で転んでおきながらエレナ様に突っ掛かっていくなんておかしいですわ」
「しかも目の前にいたのはジェシカ様ですわよ」
目撃していた生徒たちがエマの噂をする。
内容的に私としては願ったり叶ったりではあるものの、こちらをチラチラ見ながら言ってるからまるで私のことを噂されている気分だ。
「大丈夫でしたか?」
レオが私をのぞき込んで確認してくる。
「ええ。問題なくてよ」
「もう少し早めに回避できればよかったのですが、あの女の行動が思った以上に早く荒い対応になってしまい申し訳ありません」
続くレオの言葉に、私は心の中でこっそりと首をかしげる。
エマに対する呼び方が『あの女』。
基本的に誰に対しても穏やかな物言いをするレオにしてはその言葉が珍しく辛辣だった。
「ああもエレナ様を害そうとしてくるのであれば、いっそのことサクッと殺ってしまえばいいのでは?」
ん?
「エレナ様を害する存在はすべからく排除して当然だと思うのですが」
んん?
気のせいでなければ今レオの口からかなりヤンデレっぽい発言が聞こえた気がする。
「エレナ様、レオ様ってこんなことを言う人でした?」
ジェシカが唖然としながら聞いてきた。
いやいやいや。
たかがあれくらいの嫌がらせでいちいち殺してたらきりがないでしょうが。
いや待て、違う。
面倒な相手だとは思うけどエマは今のところ殺すほどのことはしてないでしょー!
「レオ、物騒な発言は控えなさい」
「承知しました」
とりあえず釘を刺したものの、今後のレオが心配である。
どうしたものかと頭を悩ませながら私はジェシカと共に美術室へと向かう。
「そういえばエレナ様、今日の放課後にみなさんでドレスショップに行くという予定に変更はありませんよね?」
ジェシカの質問に、そういえばと思い出す。
王妃の件で忘れがちになっていたけれど、年度末の修了式までもうあまり時間がない。
修了式に関しては特に用意する物もなく簡単な式と表彰が行われるくらいだ。
問題はその後に開かれる舞踏会。
そう、ゲームでの断罪の場だ。
舞踏会というだけあってそこではドレスを着用しアクセサリーを身につけ、さながら本当の舞踏会のように着飾る必要がある。
通常であれば舞踏会のドレスやアクセサリーは婚約者が贈る物だ。
しかしライアンが私にドレスなんて贈るわけもなく、両親は予算を渡してあるだろうと言わんばかり。
つまり、ドレスとアクセサリーの用意をまだしていないのである。
これはけっこうまずい。
何がといえば時間がないという点で。
いつもであればもう少し余裕を持って用意していたけれど、今回ばかりは王妃の件に振り回されるあまり後回しになってしまっていたのだ。
そういえば、ドレスショップからも連絡がきてたっけ。
エレナは公爵令嬢だから呼べばショップの担当者が布地のデザインや見本を持って公爵邸までやってくる。
たいていの貴族の家は懇意にしているドレスショップやアクセサリーショップが決まっているから、ショップ側もイベント事に合わせて売り込みにくるのだけど。
今回は気分転換も兼ねて放課後にドレスショップに行くことになっていた。
しかも、ジェシカだけでなくクレアとソフィも一緒である。
一応万が一の襲撃に備えて警備体制は以前よりも厳重だ。
専属護衛のレオだけでなく公爵家の護衛も連れて行くし、ルドからも私にはわからない形で護衛がつけられているらしい。
周りを巻き込むのは申し訳ないから街中に出ずに自粛すればいいのだけど……。
ショップの担当者に来てもらうとどうしても持ってくるのがライアン色のものばかりになってしまうのよね。
そうでないものをと希望したとしても、ショップ側としても婚約者の存在を無視するわけにはいかないのだろう。
ましてや婚約相手は王太子なわけだし。
そこはいくら私が良いと言ったとしてもなかなか譲れないところのようだ。
それに!
実は女子だけでのお出かけというのがとても楽しみだったりする。
エレナは立場上今までそんなことはできなかったみたいだし、私は私で前世では余裕のない生活だったから気楽に友だち同士でショッピングなんてあまりしていない。
可愛い女の子たちとキャッキャウフフなショッピング。
楽しみでしかないわ!
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