悪役令嬢は戦略を練る
「そもそも、証拠を手に入れるに当たって一番の問題は王妃の私室に入るのが難しいことですわ。その点たしかにレオであればここにいる誰よりも簡単に入れるでしょう」
そこまで言ってから私は改めてレオを見た。
「王妃は私室でお酒を嗜む習慣はあるのかしら?」
「ええ。よく飲んでいます。僕がつき合わされることもありましたから」
「そう。それは好都合ですわね」
私は再びソファに座ると、今度は兄に向かって話しかける。
「お兄さま、私最近思い悩むことがとても多いんですの。ライアン様は私という婚約者がいながら他の女性に夢中ですし、そのせいで夜も眠れない日が続いておりますわ」
なんなら『しくしく……』と泣きまねまでつけた私に、兄は『突然何を言い出すんだ、頭大丈夫かこいつ?』という顔をする。
みんなかなり煮詰まっているみたいだからちょっと笑いを提供してみただけなんだけど、面白くなかったようだ。
「エレナがそう言って夜も眠れないようだから強めの睡眠薬を出してやって欲しい、そう我が家の主治医に言ってもらいたいのです」
残念ながら私から言ったのでは聞いてもらえない可能性が高い。
両親は見栄えのために着飾らせることや物理的に守るため以外のことでエレナに対してお金を使う気がないからだ。
体の病気ならまだしも心の病のための薬代なんて出してくれるはずがない。
そしてこの世界、薬というのがまぁまぁ高額だったりする。
「もしくは、お兄さまが悩み事があって不眠だから睡眠薬が欲しいということにしてもいいですが……その場合は両親がうるさく言ってきますでしょう?それなら私が必要としているとした方が、もし両親に知られることになったとしても小言が一つ増えるだけですわ」
兄とて両親に特別優遇されているわけではない。
ただ、唯一の跡取りという点でエレナよりは気にかけているだろうし、希望を聞いてもらえるというだけだった。
「……理由は理解した。主治医にはそう伝えよう」
苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、ライアンのくだりが気に入らなかったからか一瞬でも両親の煩わしさを思い出してしまったからか。
「もうお気づきかもしれませんけれど、その睡眠薬を利用するのです」
そう。
簡単に言ってしまえば、王妃に薬を盛って眠っている隙に証拠を持ち出すということだ。
本当に単純な方法だと思う。
でもこれは王妃の私室まで入れて初めて実行できる作戦。
「ハニートラップは許しませんが、レオには王妃に薬を盛ることとその薬が効いてくるまでの時間稼ぎをしてもらわなくてはなりません」
正直それすらもさせたくはないのだけど。
でもこれが一番合理的に証拠を手に入れられる方法だと思った。
「そして薬が効いたら王妃が眠っている隙をついて証拠を持ち出すのですわ。ですのでお兄さま、睡眠薬はなるべく強いものをお願いしますわね」
前世ではお酒と睡眠薬を一緒に飲むのはよくないといわれていたけれど、この世界ではさほど気にしない。
そもそも睡眠薬に使われている材料が違うからなのか、詳細はわからないけど。
「レオ殿、王妃の手元にあるという証拠品に関して、どんなものがあるのか知っているだろうか?」
「ええ。主なものは書類や書簡、契約書ですね。どこの家とどんなやり取りがあったか、そしてそれぞれの証拠としているものが何かはだいたい把握しています」
「そうか。ではその証拠品に似せた物を用意したほうがいいだろう」
兄の言葉に、さもありなんと思う。
証拠紛失の発覚を遅らせるためにも、そしていつ無くなったかをわかりづらくするためにもそれはあった方がいい。
「それなら書類の偽造はデュランにお任せするのがいいですわね」
そこら辺、情報ギルドであれば伝手があるだろうしお手のものだろう。
「エレナ、デュラン殿といつどうやって知り合ったのか、後でちゃんと聞かせてもらうからな」
おおう。
兄からの追求が厳しそうです……。
「レンブラント家の毒薬は今もまだ作られているのだろうか?」
「精製に成功して以降、切らすことなく作られているはずです」
レオの返答にダグラスが拳を握る。
「今ではほとんど流通していないという薬草はどうやって手に入れている?」
「レンブラント家の領地にあるカントリーハウスの敷地内で栽培しているかと」
「なるほど。ならばそれも王妃の罪を追求するための証拠にした方がよさそうだ。人を害す毒薬は個人で所持してはならぬ物。ましてや自領で製造しているなんてもっての外だろう。人身売買の件と合わせて、どちらも国の法律に反している」
法を犯す行為を王妃が率先してやってるって、王家として終わってるよね。
これが明るみに出ればそれこそ断罪は免れない。
でもどうやって薬草栽培と毒薬の製造の証拠を掴むかが問題だ。
「ではレンブラント家の領地に証拠集めのための人を送ろう」
ルドが言う。
「今も作られているのかも合わせて確認した方がいい。ダグラス、お前は行くなよ」
今度もまたルドからダグラスに待ったがかかった。
実際的な話をすれば、心情を別にしてもダグラスがレンブラント家の領地へ行くのは現実的ではない。
私の護衛の仕事もあるし、王都でやらなければいけないこともあるだろうから。
「ロキ、お前が行け」
「承知しました」
とはいえロキが行って現地を見たとして、それをどうやって証明するのか。
「……あ」
思わず、令嬢らしからぬ声が出た。
「エレナ嬢、何か気になることでも?」
問いかけてきたルドだけでなくみんなの視線が集まって若干恥ずかしくなる。
いい方法を思いついたとはいえ、なぜ声が出た。
自分の声帯に喧嘩を売りたい気分になりながら、私は何事もなかったかのように答えた。
「私、記録のアーティファクトを持っておりますの。ロキ様にお預けしますから、それを使ってレンブラント家の状況を記録に撮ってきていただくのがよろしいかと」
「それはまた……珍しい物をお持ちだ」
驚きに目を見開くルドという珍しいものが見れたわ。
「エレナ、それもどうやって手に入れたのか、後で聞くからな」
ああー。
兄の言葉遣いがどんどん雑になっていく。
結局、兄が主治医から睡眠薬を手に入れ、デュランは入れ替える書類の作成、ロキがレンブラント家の領地へ行き、ダグラスはいつも通り私の護衛をすることになった。
そしてルドはロキやデュランとの間の連絡係を務め、レオはすべての準備が整うのを待つ。
すべては秘密裏に、そして迅速に行わなければならない。
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