悪役令嬢は護衛を飼う
「いったいどういうことか説明してください」
結論として、私は授業を休んで早退した。
正直手は痛いし出血のためか気分は良くないし、いずれにせよそのまま授業に出られる状態ではなかったからだ。
そして邸宅に戻るとダグラスが仁王立ちしていた、と言ったら怒るだろうか。
「レオの解放に成功しましたわ」
「そういうことじゃありません」
端的に説明したらピシャリと叱られる。
なぜ?
解せないわ。
「お嬢さまがそんな怪我を負った理由を聞いているのです」
「ああ、そのこと」
軽く答えたら今度は睨まれた。
なんでー?
ダグラスのお怒りに若干ビクビクしながら、それでも私は説明した。
ええ、ちゃんと説明しましたとも。
今日の千載一遇のチャンスをものにしたことを。
私の説明を聞いて、ダグラスはまるで頭が痛いかのように額に手を当てて俯いた。
そしてそれはそれは大きなため息をつく。
「怪我の理由はわかりました。それでも、行動に関しては誉められません」
「でもこれでレオを王妃に利用されることはありませんわ」
「たとえそうであったとしても方法がダメです」
ええー。
それ以外の方法が無かったんだから仕方ないのでは?
「たとえば、お嬢さま以外の者が解放することも可能だったはずです。万が一お嬢さまが隷属者となってしまったらどうするつもりだったんですか?それに、そんなに大きな傷を作る必要なんてなかったでしょう?」
「結果として大丈夫だったのだから問題ないですわ。怪我は……ちょっと手が滑って大きく切れてしまっただけよ」
「『だけ』ではありません。何かあってからでは遅いと言ってるのです」
おおう。
ダグラスさんのお叱りが止まりません。
「ダグラス殿、僕はエレナ様に感謝しています」
そこに成り行きをずっと見ていたレオが口を挟む。
いつの間にかレオが『お嬢様』ではなく名前呼びをしていた。
そして自分自身のことが『私』ではなく『僕』に変化している。
こちらの方がレオの素だったのだろうか。
「ですので、おそらくみなさんが望んでいる働きもするつもりでいますよ」
働き?
私はレオに何も望まなかったはずだけど。
「王妃側の動きを知りたいのではないかと思ったのですが」
「それをお前が知っているというのか?知っていたとして、その情報が正しいという証明は?」
「信じていただくしかありませんね」
何となくダグラスとレオの間にバチバチとしたものを感じるのだけど、気のせいだろうか。
「今後僕は王妃側の情報を集めてエレナ様にお伝えします」
え、いいの?
こちらとしてはレオが味方になってくれるのは願ったり叶ったりだけど。
「その代わり……」
あら?
交換条件あり?
ダグラスの方を向いていたレオが私に向き直り、スッと流れるような動作で膝をつく。
そして私の右手を大きな手で持ち上げた。
「僕を飼ってください」
ん?
んん?
なんか変な言葉が聞こえたんだけど。
買う?
いやいや、人身売買はいけません。
飼う?
いや、ペットじゃないんだから。
「僕をエレナ様のものとして飼って欲しいのです」
……って、『飼う』だったー!
「それなりにお役に立てると思います」
いやそりゃ有能でしょうね。
知ってますけど!
「エレナ様に忠誠を誓います。僕の主はあなただけだ」
レオが持ち上げた私の手の甲に唇を近づける。
その唇はしかし触れることなく離れていった。
「躾が必要なペットを拾わないでください」
ダグラスさん、目が怖いです。
拾ってないよ。
押しかけてきただけよー!
いやそれよりも。
レオはヤンデレなの?
まさかのここにきて病み属性のキャラが出てくるなんて!
「お言葉だがダグラス殿、僕は飼い主に噛みつくことはしません」
「そもそも人間を飼うという発想自体がおかしいだろう」
「そういうおかしな発想をする人は案外たくさんいるんですよ」
ダグラスにそう言って、レオは私を見つめる。
真摯なその瞳は言っている内容とのギャップがひどい。
「僕は物心がついてから今まで常に隷属を強いられてきました。自由を得られたことは嬉しいですが、途方に暮れてしまうのもたしかです。ですので、忠誠を誓いたいと願ったエレナ様に飼っていただきたいのです。見返りなんて求めません。ただ一つだけ、ずっと捨てずに飼い続けてください」
内容のショッキングさに驚いてしまったけど、レオの言葉は切実だった。
突然の自由はレオを戸惑わせたのだろうか。
私は彼が自由を享受できるまで見守る責任があるのかもしれない。
「優秀な専属護衛が手に入ったということで、いかがかしら?」
レオの希望を無視することもできず、私はダグラスにそう言った。
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