悪役令嬢は探りを入れる
「今日の帰りはダグラスの担当ですわよね?」
「ええ、そうです」
レオとダグラスのシフトはかなりフレキシブルだ。
今日みたいに登校から下校時間までをレオが担当し、その後帰りや下校後をダグラスが担当することも珍しくない。
授業の合間、教師から用事を頼まれた私は職員室に寄った後教室移動のために音楽室へ向かっていた。
次の授業が始まるまでにはまだ少し時間がある。
ゆっくりと廊下を歩きながら、さりげなくレオの様子をうかがった。
今の私はレオの観察が趣味だ。
何を好み、何を苦手とし、どんな考え方をするのか。
口にする言葉、仕草や態度で多少なりともその人の人となりはわかるものだが、レオに関しては新たにわかることが何もなかった。
大きめの体躯に陽気そうな笑顔、人懐っこくて愛想もいい大型犬のイメージは最初に抱いた印象通り、何も損なわれていない。
うーむ……なんの収穫もないわ。
「そういえば、レオは人の容姿は気になる方かしら?」
ふと気になって聞いてみた。
「容姿、ですか?」
「ええ」
例えば、ゲームで悪役令嬢のエレナは綺麗だけど気が強そうに見えるから好みは分かれるだろう。
その点ヒロインのエマは可愛らしく親しみやすいキャラクターとして描かれている分万人受けする。
貴族は美しいものが好きだ。
とりわけ自分が連れ歩く相手、婚約者や結婚相手には綺麗な人を好む。
この世界において容姿の美醜はその後の人生へ大きな影響を与える重要なファクターだった。
まぁ、前世でも容姿での勝ち組やら負け組はあったけどね。
「そうですね……容姿の美醜なんて皮一枚のことだと思っています。人に与える印象はパーツの配置や大きさにもよりますし。でも、結局のところ皮をめくってしまえばみんな髑髏、ただの頭蓋骨でしかありません」
おおう。
たしかにそうなんだけど。
レオ、なかなかに表現がエグいな。
「お嬢様はどうお考えですか?」
「そうですわね。容姿が良いか悪いかで言ったら良い方がいいに決まっていますわ」
私がそう言った瞬間、ほんの少しだけレオを取り巻く空気の温度が下がった気がした。
「そう……ですか」
言葉に込められたのは落胆だろうか。
「でもそれよりも大事なのは雰囲気ですわね。醸し出される雰囲気はその人を構成する上で大事な部分だと思いますし、もっといえば内面が隠しようもなく出てしまうものでもあると思いますの」
続けた私の言葉に、レオが一瞬目を見張る。
ん?
そんなに驚くようなこと?
雰囲気イケメンという言葉があるくらいだし、それだけ人がまとう雰囲気が周りに与える印象って大きいと思うのだけど。
「では、お嬢様は『運命』を信じますか?」
おおっと。
今度はまた急に重ためな話題がきたよ。
「巡り合わせのようなものは信じますけど、あらかじめ決められた運命なんてものは信じませんわ。それでももし運命というものがあって、それが私の望まないものであったとしたら、私は全力で抗ってみせますわね」
実際に断罪回避のために目一杯抗ってるしね!
「レオはその『運命』とやらを信じているのかしら?」
「どうでしょうね。自分の力ではどうすることもできない現実ばかりを見ていますので」
なぜだろう。
今この瞬間、私はレオの内面に触れているような気がした。
「お嬢さまの目に私はどう映っているのでしょう?」
物事にはタイミングがあって。
それはある時突然やってくるもの。
レオから質問を投げかけられること自体が珍しいことを思えば、今が心の中を知るチャンスなのかもしれない。
年頃の令嬢は婚約者か夫、家族以外の男性と必要以上に目を合わせるのはマナー違反だ。
私は咎められるギリギリの時間だけ、レオの瞳の奥を覗き込んだ。
「レオは『無』ね」
私の返事にレオの体がぎくりと強張る。
だから私は続けた。
「でも『無』の向こうに何かがある。きっとレオも、抗う人なんでしょう?」
そうであって欲しい。
自分の人生をあきらめないで。
レオはゲームの登場人物ではない。
だからいい人なのか悪い人なのか、現状ではわからない。
報告書で目にした生い立ちを考えればレオはなんの罪の意識も持たずに私を害することができると思う。
それでも。
信ずるに足る実績も築き上げた信頼も無いけれど。
私への接し方。
ルークへ注ぐ情。
あれだけの経験をしながら暗く濁っていない瞳。
『無』だけではないレオを、私は信じたいと思った。
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