悪役令嬢は契約する
「じゃあ、まずは契約をしよう」
そう言ってデュランが契約書を取り出そうとするのを私は止めた。
「契約書はこちらを使っていただきますわ」
「…これは?」
私が取り出した契約書は特別な物だった。
ペンと用紙でセットとなっており、どちらも特殊な効果が付与されている。
そもそもこの世界、微妙に魔法が存在するのだ。
魔法を使って敵を撃破とか、辺り一面を凍らすとか、そういった派手なことは一切できない。
しかしかつての文明の遺産とでもいうべきものがあり、いわゆるアーティファクトと呼ばれる物が存在する。
あとは魔道具か。
どちらも貴重なものではあるが、特別なアーティファクトはお目にかかることもできない代物だ。
なぜ私がそんな物を持っているのかといえば、それはエレナが王太子の婚約者だから。
簡単に言ってしまえば、無能な王太子の尻拭いで現時点でエレナが既に公務を担っており、その関係上契約にまつわるアーティファクトを所持しているからだった。
本当は王太子が使う物なんだけど。
あの男は面倒な公務の全てをエレナに丸投げしている。
幼い頃から王太子の婚約者として育てられ、親のいいなりだったエレナは言われるがままいいように使われているのだ。
もちろん、本来であれば勝手に使ってはいけない物であることは私も十分わかっている。
しかしここは破られることのない確実な契約が必要だった。
通常結ばれる紙での契約では、破ろうと思えば方法は何かしらあるものだから。
ましてやあちらは大人でこちらはまだ成人前の子ども。
保険はかけておくに越したことはない。
そしてアーティファクトの契約書は、破ろうとすると代償は大きなものとなる。
命か、自身の何よりも大事なものか、契約の段階で多少は選ぶことができるけれど。
そして契約書をよくよく確認していたデュランがふと気づく。
「もしかしてこれは…アーティファクト!?」
「あら。今頃お気づきになったの?」
「なんでこんなものをお嬢ちゃんが?」
ここにきて初めて、デュランは私を未知なる者でも眺めるような目で見た。
いやだわ。
ちょっと権力を行使しただけなのに。
「内容に間違いが無ければこちらのペンでサインをお願いしますわ」
「代償は…情報ギルドの長の権利?」
「ええ。命でもよかったんですけど、それよりもあなたにはこちらの方が効果があるかと思いまして」
「あっさり命とか、言ってくれるねぇ」
デュランみたいなタイプはあまり自分の命に執着していない気がする。
それよりも生活の糧でもあり、自身の生きた証、そしてプライドでもあるギルド長の地位の方が契約破棄の抑止力になりそうだった。
「まぁどちらにしろ断れないんだけどな」
そう言うとデュランはサラサラと契約書にサインをする。
同様に私もサインをしたところ、またしてもデュランが驚いた声を上げた。
「エレナ・ウェルズ公爵令嬢!?あんたが!?」
「騒がしいですわね。何か問題がありまして?」
「いやいや、なぜ公爵令嬢がこんなところに?」
アーティファクトの契約書は正しい本名で署名する必要がある。
普通の契約書は通称でも可能だがそれが許されない。
ゆえに私も本名を書いているからデュランにも私が誰かわかったのだ。
しかもエレナは公爵令嬢であり、そして王太子の婚約者だからそこらの貴族令嬢よりも有名だった。
「これで契約成立ですわね。まずは私が妹さんを救出しますので、その後は契約通りにお願いしますわ」
「公爵令嬢がそんな荒事に首を突っ込んでいいのか?もし怪我でもしたら責任は?」
驚きのあまりブツブツと呟くデュランに私は再度声をかけた。
「取り引きを持ちかけたのは私からです。契約書も交わしましたし、約束を違えることはしませんわよ」
そして部屋を出る前につけ足す。
「今後とも仕事のパートナーとしてよろしくお願いいたしますわね。それではごきげんよう」
私はダグラスが開けた扉を颯爽とした足取りで通り過ぎたのだった。
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