悪役令嬢は素性を知る
レオンハルト・ニールセン
書類の最初に記されていた名前だ。
『誰?』と思わないこともないが、つまるところレオの本当の名前がレオンハルトだということだろう。
ニールセン家といえば伯爵家の中でも近年羽振りの良い家だと記憶している。
レオはそのニールセン家の三男だという。
長男と次男が正妻の子でレオだけ母親が違うのね。
調査書によると、三男であるレオはニールセン家に雇われていた侍女が当主のお手つきとなって生まれたらしい。
書類にははっきりと書かれていないが、文脈から推察するに侍女は当主との関係を望んではいなかったようだ。
正妻の怒りを買った侍女は身籠った直後に解雇となったが、その後生まれた子、つまりレオは取り上げられてそのままニールセン家に引き取られている。
一応は当主の血を引いているからということだけど……。
報告書を読み進めていくにつれ、私は気分が悪くなっていった。
人はこれほどまでに残酷なことができるのだろうか。
そう思わせる内容が続いていくからだ。
どうやらニールセン家の正妻は苛烈な性格をしているらしく、当主と関係を持った侍女が許せなかったようだ。
侍女にとってレオは相手は誰であれお腹を痛めて産んだ子。
その子どもを取り上げられてどれほど辛かっただろう。
しかもニールセン家に引き取られたレオは息子として育てられたわけではない。
グラント国ではもうかなり前に奴隷制度は廃止されたはずなのに。
ましてや所有していること自体が法律違反なのに。
レオの待遇は奴隷と言っても過言ではない状況だった。
正妻はとあるアーティファクトを手に入れ、それでレオを縛っている。
隷属のアーティファクト。
前文明が栄えていた時に作られたと言われている人権を無視した物だ。
文字通り奴隷に使用するアーティファクトであり、それに一度でも登録されたら逃れることはできない。
主の変更はできても隷属する者は変わらない。
一人に対して一つのアーティファクト。
一生涯その存在に縛られる。
胸くそ悪すぎて頭がおかしくなりそう。
正妻は生まれて間もない頃に隷属させて以降、家の中でレオをほとんど奴隷のように扱っていたらしい。
それでも世間体は気になったのか、食事は与え身なりは最低限整えていたというのだがレオにとってそれが良かったのかはわからない。
少なくとも誰が見ても明らかに虐待されていることがわかれば保護される制度があるからだ。
痩せ細り小汚い状態であれば救出されたかもしれない。
もしくは正妻が自分の好きにできるおもちゃを取り上げられたくないから取り繕っていたとも考えられた。
そして長じてレオは見目麗しい青年となるのだが……。
そういう立場の者が容姿に優れているのは良くもあり悪くもあるのだろう。
純粋に好意を持たれることもあれば望まない関係を強いられることもある。
レオは常に紳士的な態度を崩さないし立ち居振る舞いは優雅で細やかな気遣いもできる。
とてもそんな過去がある人には見えなかったけど。
それでも、ふと私はレオの瞳を思い出した。
いつでもほのかな笑みを浮かべているその表情の中で、時折何も映していないような『無』を感じさせる眼をしている時がある。
あの眼に私は見覚えがあった。
前世でのかつての友の眼だ。
何もかもを諦めてしまった友の。
だから、レオに関しても危ういなと思ったことを覚えている。
そういえば、レオはルークにいつになく興味を持っていたっけ。
ルークはスラム街でレンブラント家縁の老人と一緒にいた少年だ。
当面の間私のところで保護することになった子だけど、レオはルークに対して他の誰よりも優しい。
ルークの立場に同情しているのかと思っていたけれど、レオの生い立ちを考えるとそれだけではないのかもしれない。
それにしても……。
レオが隷属のアーティファクトに縛られているということは、彼は今も誰かに使役されているということだ。
さすがにウェルズ家の両親ということはないだろう。
彼らは自分たちの娘のことを道具としか見ない性根の腐った人たちではあるが、小心者だから法を犯してまで奴隷と同等の者を手に入れるとは思えない。
となると、だ。
レオは一体誰に仕えているのか。
いや、本当、誰に?
私は背中を冷や汗が流れるのを感じた。
デュランが私の身の安全に関わると言ってきたのはきっとレオの雇い主の関係だろう。
私は手元の書類に視線を戻す。
今見ていたのは一枚目。
となると二枚目に、その『誰か』の名前が記載されているはず。
そう思い、私は震える手で書類をめくった。
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