悪役令嬢は襲撃を受ける
ダグラスが馬車から飛び出してすぐに私は扉の鍵をかけた。
外側から開けられて人質にでも取られたら目も当てられないからだ。
窓越しにパッと見た先、ダグラスは一人の男と斬り合っている。
相手の男は黒い騎士服のような格好をしていた。
顔には上半分に装飾のない黒のマスカレードマスクをつけている。
口元は見えるけれどそれだけで相手を特定することは難しいだろう。
斬り合いながらも身を翻し、ダグラスは返す剣で別の相手を薙ぎ払った。
二人?
いや、三人だろうか。
馬車の中からは襲撃犯が何人なのかがはっきりとわからない。
それでも、多勢に無勢だというのはわかる。
どうしよう?
助けを求めたくても誰もいない。
ましてやここは共有街の中でも平民エリア寄りの地域。
巡回する警邏も基本的には貴族街寄りを重点的に守っているから、騒ぎに気づいて駆けつけてくれるという期待も持てなかった。
平民の中にも腕の立つ者はいるだろうが、どう見ても貴族の馬車とわかる相手に対して助力しようとは思わないだろう。
下手に助けて何か難癖をつけられたら困ると思うだろうし、そもそも平民は自らの身は自分で守るものだと教えられている。
貴族のように護衛が雇えない分、危険に巻き込まれるのも自身の責任と考えるからだ。
どうしようどうしよう……。
考えれば考えるほど、私の中に焦りがつのる。
ダグラスの太刀筋は流れるような滑らかさだ。
少なくとも現時点では怪我もしていないし、三人を相手にしていても怯む様子は見られない。
冷静に相手の剣を捌き、自らの剣を繰る。
強い。
素人目に見てもダグラスが強いことはわかった。
とはいえ、このままでは事態は膠着したまま。
相手の目的もわからないままでは交渉の余地もないじゃない。
焦る私をよそに剣と剣がぶつかる音だけが辺りに響く。
このまま永遠に決着がつかないのではないかと思った瞬間、ダグラスの体が馬車の側面にぶつかった。
ガタン!!
音と共に馬車が揺れる。
「……ヒャ!」
意図せずして私の口から小さな悲鳴が漏れた。
窓の向こう側でダグラスが一人の相手と鍔迫り合いになっている。
そう思ったのもつかの間、二人はすぐさま互いの身を離した。
離れた瞬間に馬車の窓に何かかビシャッとかかる。
血、だった。
赤い血が窓ガラスから滴り落ちている。
「………!!」
私は両手で口元を覆うと悲鳴を呑み込んだ。
指先がブルブルと震え、血から目が離せない。
誰の、血?
自分の荒い息遣いだけが聞こえる。
頭がガンガンとして視界が狭まる気がした。
「警告する!」
そんな私の頭を殴るかのような声が、突如として辺りに響き渡る。
無理やり血から視線を引き剥がして窓越しに見やると、ダグラスと対面している犯人の姿が見えた。
剣を斜めに下ろしこちらを真っ直ぐに見ているその視線は間違いなく私に向けられたものだろう。
「警告する。余計なことに首を突っ込むな。月は隠れた。それだけが事実だ」
低く響く声が牽制する。
そしてその声をきっかけに、男たちはあっという間に身を翻した。
それは一瞬の出来事だった。
警告。
月。
事実。
その言葉が頭の中をぐるぐる回る。
混乱した頭を抱えたまま、それでも私は急いで扉の鍵を開けた。
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