悪役令嬢は懐柔する
「もう一つの取り引きは、共同事業へのお誘いですわ」
「共同事業?」
「ええ。情報ギルドにうってつけの事業だと思いますの」
ギルドに事業の誘いというのは珍しいのだろう。
ましてや相手はどこからどう見ても小娘の私。
デュランから向けられる懐疑的な眼差しが痛い。
「とりあえず、聞こうか」
「あなたたち情報ギルドはさまざまなところから集めた情報を売ってらっしゃるでしょう?」
「ああ」
「情報はそこにあるもの。あるものを集めてお金に換えるのが情報ギルド。ならば必要に応じて情報を作ってしまうのはいかがかしら?」
私の言葉に、デュランの顔つきが変わる。
「作る?それは嘘の情報を作るということか?」
情報ギルドはどちらかというと社会の暗部に属する。
それでも、嘘は扱わないというプライドがあるのだろう。
「まさか。そんなことをしたら信用を無くしますわ」
「そうだ。信用は我々の唯一の担保のようなものだからな。そこが揺らぐことはできない」
「誤解をしていただきたくないのですけれど、嘘をつくというわけではありません。どちらかというと情報操作に近いかしら?」
「情報操作であってもやり方によっては問題だ」
鋭い眼差しのまま、デュランが言った。
「理解していますわ。簡単に言ってしまうと、さまざまな情報を今まで以上に多くの人々に行き渡らせる、その過程で、必要に応じて少しだけその方向を操作するのです」
「情報を手に入れるのが簡単になれば、情報ギルドの存在価値に影響するだろう」
私の提案が気に入らないのかデュランの口調が厳しくなった。
この世界に新聞や週刊誌のようなものはまだ無い。
国民が情報を得る方法は口伝えのみ。
そして特別な情報が欲しければギルドを頼るのだ。
そして私が今からやろうとしていることは出版業のようなもの。
知らない者にとっては想像しづらいだろう。
「棲み分け、ですわよ」
「どういうことだ?」
「情報ギルドは今まで通り依頼主を得て機密性の高い情報を売る。そしてそれとは別に多くの国民に広く情報を配る方法を取るのです。利点は国民が情報を買ってくれれば利益が上がること、あとは何か情報の方向性を操作したい時に利用できることですわ」
「広く配る?」
「ええ。商売の方法の一つにあるでしょう?薄利多売ですわよ」
小娘から商売の話をされる違和感か、デュランは何とも言い難い表情をしている。
「機密性の低い情報を国民は求めるだろうか?」
「いやですわ。貴族を見てもおわかりでしょう?人は噂話が好きな生き物なのです。娯楽にもなりますし、貴族に限らず庶民も楽しめる物も作れば一層売れると思いますわ」
どこまで理解してくれたのかは不明だが、デュランからはさっきまでの疑いの雰囲気が薄れていた。
あの頭の中でどんな計算をしているのか。
「その方法を聞いても?」
「取り引きが成立したらお伝えしますわ」
「なるほど…。その共同事業も今回お嬢ちゃんが情報を提供する条件ということだな?」
「ええ。でも共同事業に関してはあなたたちにも利点があるのではないかしら?上手にやれば定期的な収入になりますもの」
そこまで言うと、私は一度言葉を切った。
「その事業をするのであれば、私に売上の10%をいただきます。それ以外は差し上げますけど、その代わり運営などはそちらにお願いしますわ」
「…わかった。どちらにしろお嬢ちゃんとの取り引きは我々が求める情報が正しいと証明してもらってからだ」
デュランの中で答えが出たのか、彼の瞳にもう迷いはなかった。
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