混浴にそそられて遠路はるばる訪れた温泉
このお話は、1992年9月の事になります。
当時、自分は大学生で、男友達とドライブをするのが楽しみでした。
夏休み明けに、語学のクラスに行くと、いつもの仲間がこんな事を話していました。
それは、栃木県にある川治温泉には混浴があるという事でした。
それには、いつもの仲間が色めき立ちました。
ただ、実際にその温泉に行った坂下君は重苦しげでした。
温泉の向こう側には、川を挟んで幾つかのホテルがあり、宿泊客が橋を渡って来る事もあるんだとか。
でも、全然来ないから、混浴を諦め踵を返すと、橋の中央付近で若い女性とすれ違ったそうです。
しかし、坂下君は再び温泉には入りませんでした。
仲間はその話を聞いて“そんなの根性で混浴だろ”と囃し立てました。
それから1ヶ月後、僕らは3人で川治温泉に行く事になりました。
19時前に温泉に到着し、いざ混浴と思いましたが、生憎男性客しかいませんでした。
僕らは、橋の方を見ながら40分位粘りましたが、若い女性は来ませんでした。
長湯でのぼせてきたので、橋を渡って帰る事にしました。
すると、橋の中央付近で浴衣を着た2人の女性とすれ違いました。
それどころか、彼女らは林君に声を掛けてきたのです。
「あら~、お兄さん達もう上がってらしたの?」
「ええ、まあ」
「そう、残念」
2人の女性は、僕らの横をスッと通り過ぎて行きました。
その時、僕と林君はもう1度入浴するかどうか相談しました。
しかし、坂下君は真っ青な顔をしていたのです。
「なあ、俺らが橋を渡り始めた時に、あの人達は橋の向こう側にいたか?」
「は?そんな事どうでもいいだろ!」
「ねえ、お姉さん達~」
「バ、バカ!振り向くんじゃねぇ!」
「……」
「あれ、お姉さん達は?」
「クッ…、お前らも見ちゃったか」
「何だよ、どういう事だよ!」
「ふっ、それはもう一回温泉に行けば分かる事だよ」
僕らは、慌ててもときた道を引き返しました。
しかし、お姉さん達はどこにもいませんでした。
「やっぱり見間違えじゃなかったんだ…」
「お前、知ってて言わなかったな!」
「そ、それは…」
「でも、若い女って聞いてたから、もっとぴちぴちとした娘かと思ったよ」
「まさか顔を見たのか?」
「ばっちりとな」
「どんな感じだった?」
「そうだな~、パッと見30歳位じゃなかったか?」
「うん、俺もそう思った」
「おい!そんな話はいいからとっとと帰るぞ!」
「そうだな…」
僕らは、謎が多いまま口数も少なく帰途につきました。