8.その猫、推しがいます
あーああ、あー。すごいです。推しが目の前にいます。
「シャノアールどうしたんだ?」
お、お、推しが私を抱っこしています。なんたる至近距離!いい匂いがします。もう、死んでもいいかもしれません。初めの数日はこんな感じで身悶えていましたが、徐々に適応していきました。
リコメンディット様はいつもお屋敷にいるわけではないので、領地の警備や見回りに、兵達との訓練や魔物退治などやることはたくさんあります。
私は邪魔に為らないように、跡をつけて、そっと見守っていました。
そして、リコメンディット様にとっての一番の困り事が見えてきました。ずばり、結婚問題です。リコメンディット様には婚約者も決まっていない状態なので、未婚の適齢期の女性は我こそがと競い合っている状況です。リコメンディット様のご両親は貴族では珍しく恋愛結婚でしたので、よほどの問題のある相手でなければリコメンディット様の好きになった方との結婚を認めているそうです。
本人もご両親も結婚に全く焦っていないのに、周りが放って置いてくれないのです。山のように届く釣書に、恩着せがましい叔母、隙あらば自分の娘を推してくる貴族達。
「はぁ、本当にいい加減にしてほしい。結婚したい相手ができたら、俺だって結婚する。それまでは構わないでほしい。」
猫の私相手にまで、ぼやくようになってしまっていました。
そんなある日のことです、先触れもなしにあの叔母がやって来たのです。
私はドアの隙間をくぐり抜け、応接間についていくことに成功しました。そして、テーブルに広げた釣書をガン見してしまいました。
〈釣書〉
氏名:アンジュ・デスロイド
年齢:17歳
家族構成:父.母.兄.姉 5人家族
職業:アリストクラト学園高等部二年生
趣味:人助け
メモ:金髪碧眼 容姿端麗
孤児院への慰問も積極的に行ってお
り、他国の奴隷解放にも積極的
る。
学園での身分による差別からの苛め
問題にも積極的に取り組んでいる。
人々からは天使様と呼ばれている。
私は戦慄しました、あの似非天使はデスロイド家の厄介事製造機で、今度はチェエ家にまで迷惑を掛けようとしています。私は衝動的に釣書をバリバリに引っ掻き、迷惑な叔母さんに叫んでいました。
『二度とこんなろくでもない縁談を推しに持ってくるなーっ!』
叔母さんは私に暴力を振るおうとしましたが、リコメンディット様が阻止してくれました。
「チェエ家の猫に暴力を振るおうとするとは、どういうつもりですか?」
「わたくしは、その生意気な猫が釣書を駄目にしたから躾をしようとしただけよ。」
確かに釣書を駄目にしてしまったことは、私が悪いとは思いました。
しかし、リコメンディット様はその切れ長の瞳で私を優しく見つめていいました。
「叔母上からの躾は必要ありません。シャノアールが嫌がるような相手だっただけでしょう。俺もその令嬢は存じていますし、釣書の情報と俺の知っている事実があまりにかけ離れていて驚いたくらいです。」
「あら、アンジュ様と面識があるのね。だったら、丁度いいじゃないの。さっそくお見合いしましょう。」
いやいや、この叔母さんは何を言っているのでしょう。明らかにリコメンディット様はアンジュに対して、いい感情は持っていないでしょ。
「アンジュ様は名門デスロイド家のお嬢様だし、侯爵と公爵だし釣り合いもとれるわ。それに美男美女のカップルなんて誰もが羨むわよ。」
「はぁ、アンジュ嬢は無理です。人として尊敬できない。そんな人と結婚なんてするわけがない。」
ここまで言っても叔母さんは、アンジュを薦めてきます。うちのネーミングバリューと財産、そしてアンジュの美貌、確かにほしいものかもしれません。けれども、リコメンディット様にとって、必要かは別の話です。
「なんなのよ、アンジュ様のどこが不満なわけ?あそこの長女よりよっぽどいいじゃない。家族とは似てもにつかない地味顔令嬢じゃ、あんたとは釣り合わない。」
私、何かついでにディスられていますね。まあ、私があの家族の中で浮きまくりの普通顔で地味令嬢なのは事実ですので、仕方はありませんが。分かっていてもリコメンディット様と釣り合わないと云われるのは少し辛いです。
そんな風に沈んだ気持ちでいましたら、リコメンディット様の様子かいつもと違いました。怒りを秘めた声で、叔母さんに言い返していました。
「いい加減にしろ。それ以上ジュネラル嬢を貶める発言は止めろ。だいたい、あなたに俺の結婚に口を出す権利はない。結婚相手は俺が自分で決める。二度とこの件で関わってくるな。そうしなければ、あんたの旦那への援助は打ち切るぞ。」
私は知りませんでしたが、叔母さんの旦那様は商人で貿易が失敗し、破産寸前なそうです。
そうして、お屋敷から追い出された叔母さんはめでたく出禁となったようです。
それにしてもリコメンディット様が私のことを知っていたことにも驚きましたが、庇ってまでいただけるとは思っていませんでした。推しに認知されたオタクなんて、嬉しすぎます。