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こぼれ話⑨井戸端ならぬ厨房会議


※この話は、第二部興国編『第三章―沈黙と直観―』#5と#6の合間に入れるつもりだったエピソードで、本編から削った部分を転載した形となります。



***



 ダルの村は、支道に面した方に家屋と広場があり、逆側に畑と共同施設が並んでいる。上空から見下ろせば、村は逆向きの“前方後円墳”みたいな形を成しているはずだ。


 徐々に畑を広げ、村が発展するのに合わせて共同施設を増設していった結果、こういった形態に成ったそうだ。


 共同施設の一つに、厨房がある。


 太い柱に支えられた庇の下に、三つの大きな作業台とそれを囲うように幾つものコンロや窯が並び────収穫物や魔物の肉の加工など、女衆総出で調理する際に使用する。


 主食となるパンも、この厨房でまとめて一気に焼く。




 材料を混ぜ合わせて捏ねたパンのタネを、大雑把に円く成形して作業台の一つに並べる。その上に清潔な布を隙間なく被せると、女衆のリーダー格である───村長さんの奥さんが満足げな笑みを浮かべた。


 この後は、しばらくこのまま置いてから、冷蔵仕様のパントリーに移して一晩寝かせる。仕上げをするのは、明日になる。


 寝かせるのは、“発酵”させるためだ。



 改めて考えてみれば、“菌類”という概念はないのに、天然酵母を作ったり発酵させたりするプロセスがあることに、ちょっと疑問を感じたが────確か、前世でも“菌”が認識される前から“発酵パン”が作られていたと何かで読んだ記憶があるので、そこまで不自然なことでもないのかもしれない。


 まあ、古代魔術帝国時代に確立した調理法が消失することなく現在も使われていると考える方が、自然な気がするけれど。



「ジャム作りを始める前に、少し休憩しましょうか」


 村長さんの奥さんの言葉に、一緒に作業をしていた村の女性たちの表情が明るくなった。


「いいですね!」

「お茶を淹れましょうよ」

「なら、お菓子も出しちゃいましょう!」


 女衆の中でも若年層の女性たちが、弾んだ声音で口々に言う。


「そうね。せっかくリゼちゃんたちもいることだし、そうしましょうか」


 村長さんの奥さんの一声で、わぁっ、と若年層の女性たちから歓声が上がった。年配の女性たちも、心なしか嬉しそうな雰囲気だ。


 女性たちは嬉々として、茶器やカップ、お菓子を取りに、それぞれ自分の家に向かう。


 私も、ミュリアたちと共に、お菓子やカップをアイテムボックスから取り寄せるべく馬車へと戻った。


 夕食のお礼にと配ったのはアイスボックスクッキーだったので、今日は“ドーナツ”にしよう。人数が多いから、リング状の方ではなくボール型の方がいいかな。


 あれなら手軽に摘まめるし、たくさん揚げてあるので量も十分だ。


 それに、“揚げる”という調理法が特殊にはなるものの、“おにぎり”や“豚汁”とかほど、この国の料理とかけ離れた印象はないから、不審がられることはないだろう。



 持ち寄ったお茶やお菓子を空いている作業台に並べて、皆で囲う。


 人数分のイスはないため立ったままで、お茶はハーブティーや花茶、緑茶とまちまちだ。


「リゼちゃんも、リゼちゃんのお仲間さんたちも、手伝ってくれてありがとうね。おかげで助かったわ」


 村長さんの奥さんがそう言いながら、私たちのマグカップにお茶を注いでくれる。乾燥させたハーブと花弁がブレンドされているらしいそのお茶は、淡く色づき、ふわりと仄かな香りが鼻をくすぐる。


「いえ、久しぶりに参加できて楽しかったです」


 私に付き合って一緒に手伝ってくれた仲間たちには、後で労おう。


「こちらこそ、リゼちゃんが参加してくれて楽しかったわ。リゼちゃんはこういった作業でも嫌がるどころか楽しそうにやってくれるから、一緒に作業していて楽しい気分になるのよね」


「それ、解るわぁ。嫌々やられると、こっちまで嫌な気分になるのよねぇ」

「そうですよね!」

「確かに嫌な気分になりました」


 やけに実感が籠っているけど、何かあったのかな。


 任務放棄したという冒険者パーティーに女の子もいて、手伝ってもらったらギスギスした雰囲気になっちゃったとか?


 そんな疑問が浮かんだものの、火に油を注ぐことになりそうなので、口には出さずにマグカップに唇を付ける。


 次いで、並べられた皿の中から、小麦粉を使った焼き菓子を一ついただく。


 クッキーのように生地を冷やさず、材料を混ぜたらスプーンで掬い取って鉄板に並べて焼くだけの───“ロッククッキー”に似た、素朴な味わいのお菓子だ。



「あら、これ、美味しいわね」


 ドーナツを一口食べた女性が呟く。


「ほんとね。中が柔らかくてパンみたいだけど、ほんのり甘くて美味しいわ」

「これ、リゼちゃんが持ってきてくれたのよね?皇都で手に入れたの?」

「いえ、旅先で教えてもらったお菓子なんです」

「それじゃ、リゼちゃんの手作りってこと?」

「はい」


「これ、わたしたちでも作れる?」

「作り方自体はそう難しくはないんですけど、油を大量に使うので、作るのは無理かもしれません」

「そうなの。残念だわ」


 訊ねた女性だけでなく、同じくドーナツを食べている女性たちも残念そうだ。


 この村でも作れるお菓子にするべきだったな───と、ちょっと後悔する。



「ところで────リゼちゃん、もう結婚相手を見つけちゃったのね。残念だわ…、うちの孫のお嫁さんになってくれたらと思っていたのに」


 村長さんの奥さんが溜息と共に呟いた。


 年配の女性たちが、追従するように言う。


「わたしも、うちの末息子の嫁になってもらえないかしらって思ってたのよ」

「私もよ。また来てくれたらお願いしてみようと思っていたのに────本当に残念…」

「そうよねぇ。リゼちゃんが誰かのお嫁さんになって、ずっと村にいてくれたら嬉しいのに」


 その声音から、本気でそう思ってくれていることが感じられて、嬉しい気持ちと共に笑みが込み上げる。


「ありがとうございます。そんな風に思っていてくれたなんて、嬉しいです」


 この村で結婚して居を構えて、生活のために家事や畑仕事、採取や狩猟をして────やがては子を生して育てつつ、家族や村の人たちと何気ない日々を送る────そんな人生も幸せだったかもしれない。


 だけど、もう私にはレド様と共に歩む人生以外ありえない。


「まあ、でも────正直、うちの孫では、リゼちゃんの夫には役不足だったかもしれないわね」

「うちの末息子もだわ…」

「リゼちゃんの恋人って、Sランカーだっていう銀髪の人でしょう?あの───背が高くて、顔立ちの整った」

「すごく頼りになりそうよねぇ」

「あれは、そんじょそこらの男じゃ太刀打ちできそうもないわよ」


 村長さんの奥さんを始めとした年配の女性たちがレド様のことに言及すると、若年層の女性たちも目を輝かせて参入する。


「首につけているバラの花のチョーカー、その恋人にもらったんでしょ?イヤーカフも、キレイな石のついた高そうなものだし。かなり愛されてるよね」

「眼差しとか態度とかも────もう、リゼにメロメロって感じだったよね~!」

「ホント、うらやましい!」


 私と同年代の三人が続けざまに言って、きゃーっと歓声を上げる。


 いや、今朝の遣り取りに“メロメロ”な要素はなかったと思うけど…。


 でも、まあ、確かにレド様にすごく愛されている自覚はある。あるけれども…、そんな風に改めて指摘されると頬が熱くなった。


「うふふ。まあ、何はともあれ────婚約おめでとう、リゼちゃん」


 村長さんの奥さんが柔らかい眼差しで、そう言ってくれた。他の女性たちも、口々にお祝いの言葉をくれる。


「その…、ありがとうございます、皆さん…」


 照れる気持ちを抑えて、何とか感謝の思いを言葉にする。


 すると、それまでニマニマしつつも黙って聞いていた、先程の三人よりも少し上の世代の女性たちが、何故か溜息を()いた。


「これは…、落ちるわけだ」

「メロメロにならざるを得ないわよね…」


 村長さんの奥さんが、マグカップを片手に私の隣に佇むレナスへと視線を向けた。


 私の護衛をするために残ったレナスは、女性しかいないこの場に堂々と混じって、何食わぬ顔でお茶を啜っている。


「ネスさんといったかしら。見たところ、婚約している女性はいないようだし────うちの孫娘なんかどう?」


 村長さんのお孫さんである女性が、自分の祖母の発言を受けて頬を赤く染めた。あれ、これは満更でもない?


「すみません。オレはリゼラ様に人生を捧げているので」


「っ?!」


 にこやかに答えたレナスの言葉に、私は口に含んでいたお茶を噴き出しそうになった。


 “影”である事実を打ち明けるわけにはいかないから、雇い主である私を出して断る口実にしたのだとは思うけど────何で、そんな誤解を招くような言い訳をするの…!


「あらまあ…、そうなの?」


 村長さんの奥さんだけでなく、この場にいる女性たちは頬を赤くして眼を見開く。


「うわぁ、さすがリゼちゃん…!」

「恋人だけじゃなく、崇拝者までいるなんて…!」

「しかも、この場に残していったってことは────恋人公認ってこと…?!」


 私が否定しようと口を開くより先に、村長さんの奥さんが再び口を開いた。


「残念だけど、それなら仕方がないわね。そちらのお嬢さんは…、お相手がいるのね。────貴女たちは恋人はいるの?いないなら、うちの孫はどう?」


 村長さんの奥さんは、ミュリアとアーシャに視線を遣る。


「せっかくですが────私も、リゼラ様に人生を捧げておりますので」

「わたしもです!」

「私も同じく、です」


 ミュリアとアーシャだけでなく、何故か答える必要のないセレナさんまでもが、誇らしげにそう宣言した。



◇◇◇



 しばらくお茶やお菓子と共に村の女性たちとのおしゃべりを堪能した私たちは、ジャム作りの触りだけ手伝って、今は昼食の準備をするために馬車に戻っていた。


「もう…、何であんなこと言ったの?」


 仲間たちだけになると、私は先程のレナスの問題発言を咎めた。


 危うく、“恋人がいながら男を侍らす魔性の女”になっちゃうところだった。ミュリアとアーシャ、セレナさんが同じことを宣言してくれたおかげで、何とか免れたけれども。


「オレは事実を言ったまでですよ」


 私の口調が叱るというより拗ねたような感じになってしまったからか、レナスは悪びれずに答えた。


 ………まあ、確かに嘘は言っていない。


「大体、オレ以外の男は連れて行ったのに、オレだけ残されたのは不自然じゃないですか。オレがリゼラ様の“崇拝者”ならば、お傍を離れたくなかったからだと解釈して、納得してくれると思いますよ」

「うぅん…、納得───してくれる、かなぁ…?」


 だけど、まあ、レナスだけ紺一点残ったのが不自然だったというのは同意見だ。でも、絶対、他に言い訳のしようがあったと思う…。


「それに、あのご婦人がミュリアたちにも同様に話を持ち掛け、ミュリアたちもオレと同じことを答えるのは判りきっていましたからね」


 一応、その辺りを考慮しての発言だったのか。ジグの言動に隠れがちだが、レナスも頭が回る。


 その思惑は理解したものの、釈然としないのは、レナスの緩んだ表情のせいだ。


「………何で嬉しそうなの」


 思わず唇を尖らせると、レナスの緩んだ表情が嬉しそうな笑みとなる。


「いや、だって────リゼラ様、普段、オレにはそこまで砕けた態度はしてくれないじゃないですか。ジグやエデルにはするのに。最近じゃ、ベルネオにだってしてましたよね。ルガレド様は仕方ないにしても────同じ立場なのに、あいつらばっかりずるいです」

「ええ?」


 ………まあ、ベルネオさんには、確かにそういう態度をとってしまった覚えはある。


 あとの二人に関しては────あれ、言われてみれば、結構そういう態度をとっているような気がする…。


 ジグもエデルも、こう…、エルみたいな軽口をかましてくるので、つい、それなりの対応をしてしまうのだ。傍から見れば、それが気安く映るのかもしれない。


 レナスは変なことを言い出さないから、そういった対応をすることがなかっただけで、疎かにしているつもりはなかったけど────レナスにとっては、自分だけ距離を置かれているように思えたのだろう。


 そう思わせてしまったことには、反省すべきではある。


 レナスの嬉しそうな笑顔に、私は苦笑を浮かべた。


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