2.記憶喪失という嘘
ここは、外里誠司がいた世界とは、どうも異なるという事実を、
外里誠司は二人の会話から知った。
この世界では、社会を乱す悪の存在としてインサニティがいて、
インサニティと戦う者たちとしてヒーローがいる。
話から察するに、そういう事だった。
そこまでは分かったが、
問題はここが――外里誠司がいた世界とは異なるという事実である。
そして、今の自分はスカートを穿いていて、女になっている。
その自分自身のことすら分からずにいる状況であった。
とにかく、この世界の人々がどのような生活を送っているのかを含め、
情報が必要なことは間違いない。
そこで、外里誠司は考えた。
白石と舵浦の話が一段落して、白石が外里誠司を振り返った。
「ヒナタ、俺は少しここで鍛錬して行こうと思うけど、一緒にやる?」
外里誠司は、白石から言われて迷った。
鍛錬というのが、能力の使い方の練習をするということであれば、
それも情報として知りたい部分ではある。
しかし、空手のような武術や体を鍛えるだけだとすると、
それが終わるまでタイミングを待たなければいけなくなる。
そのため、外里誠司はこのタイミングで言うことにした。
「ここはどこ? 私は誰?」
外里誠司が言うと、白石がきょとんとした顔をする。
舵浦も、首を傾げた。
「すみません。言いそびれていましたが、
私は記憶が無くなっているみたいで、
ここがどこなのかも、あなたたちが誰なのかも、分からないんです。
白石さんは、私のことをご存じなんですよね?」
「え、どういうこと?
記憶喪失ってこと?
さっき、頭を打ったから?」
「そう、かもしれません。」
白石が、一気に不安そうな表情になる。
外里誠司は、頭を打ったという状況についても把握していなかったが、
頭に怪我をしていたことは確かで、話を合わせた。
「まず、私の名前はヒナタ……でいいんですよね?」
「内園ヒナタだけど……。」
「ヒナタって、苗字じゃなかったんですね。」
「本当に、記憶喪失?」
白石は、半信半疑なようだ。
舵浦も、奇妙なものでも見るような目をしている。
とりあえず、外里誠司は……これからは内園ヒナタとして行動しないといけないんだなと、
そのことを覚悟した。
外里誠司は、内園ヒナタとして白石に頷いた。
「記憶喪失って……どうすればいいか分からないんだけど、
とりあえず病院に行ったほうがいいのか?」
白石は、どこかに電話を掛け始めた。
どうやら、内園ヒナタの母親と話している様子だった。
母親は状況が分からずにいるものの、
病院で落ち合うという結論になり、
白石と一緒に内園ヒナタは病院に向かうことになった。
「舵浦さん、そういう事なんで、今日のところは失礼します。」
「おう、気をつけてな。」
内園ヒナタも、軽く礼をして部屋を出た。
駅で電車に乗り、病院に着くと、
程なくしてヒナタの母親と思われる人物が、遅れてやって来た。
「電話で話は聞いたけど、外傷は無いのよね?」
「瓦礫が飛んできて頭は打ったんですけど、今は怪我は治っています。」
「そのショックで……ということ、かしら。」
原因は、ほぼ特定されたも同然だったが、
念のために医師に診察してもらうことになった。
医師からは、もう少し詳細な状況の説明を求める質問があった。
「その頭を打った時に、気を失いませんでしたか?」
「一度、地面に倒れました。
それで、心配したんですけど、少ししたら起き上がって、
その時はまだ怪我は治っていなくて――。
立ち上がってから、ヒナタが自分で怪我を治しました。」
「つまり、内園さんは治癒能力があると。」
「はい、そうです。」
「もしかしたら、記憶に関わる部分に怪我が及んでいたのかもしれませんね。
怪我自体は、ご自身の治癒能力で治すことが出来たけれど、
失われた記憶までは戻せなかった。
思いの外、深い傷だったのかもしれません。
頭部のCT検査をしてみますか?」
内園ヒナタの中の外里誠司は、
その話を聞いて、内園ヒナタは一度死んだ可能性を考えた。
自身の治癒能力で途中まで回復はしたものの、
治癒が間に合わず死んでしまった。
そこに、どういう理由かは分からないが、外里誠司が入り込んだ。
その事象を引き起こしたのも、内園ヒナタの能力だった可能性もある。
とはいえ、事実は分からない。
検査の結果は、すべて正常だった。
記憶喪失の治療方法が無いわけではないが、
まだ治療方法が確立されているとは言えず、
内園ヒナタの場合は状況から考えて、
治療の効果は望めない可能性が高いと、医師からは言われた。
日常生活を送っているうちに、記憶が戻ることはあるかもしれないと言う。
だが、確かなことは言えない――という結果だった。
「すみません。俺が付いていながら、ヒナタをこんな目に遭わせてしまって……。」
「仕方ないわ。インサニティが現れたんでしょう。生きていて良かったわ。」
白石は、修治という名前で、内園ヒナタの母親から呼ばれていて、
二人はそんな言葉を交わしていた。
白石修治と内園ヒナタは、家が近所で年齢も同じで、幼馴染みであった。
現在は、高校の卒業式を終えたばかりの時期だった。




