1.別の世界
気付くと、
外里誠司はどこか分からない場にいて、
トラブルに巻き込まれていた。
外里誠司は、酷い頭痛で気を失ってから先の記憶がなかった。
外里誠司は、前の世界では死んでいた。
会社で、まともな仕事をしない理不尽な上司の言動に、
いい加減に堪忍袋の緒が切れた外里誠司は、
怒鳴りはしないが上司を問い詰め、とことん追い詰めていたところ、
脳溢血で倒れてしまったのだ。
齢四十五という、まだこれからという年齢であった。
外里誠司は、状況を理解していなかった。
だが、目の前では特撮ヒーロー物で子供の頃に見たことがあるような、
戦闘が繰り広げられていた。
外里誠司の横には、知らない青年がいて、
二人で瓦礫に隠れていた。
「ヒナタ、向こうに走るぞ。――どうした?」
青年が、外里誠司を振り返って眉を顰める。
手を引かれた外里誠司が、動かなかったからのようだ。
あまりにも急な展開過ぎて、
外里誠司は頭が追いついていなかった。
(ヒナタ……誰だ、それ? それに、こいつも誰だ?)
外里誠司と手を繋ぐ青年を見て、そう思った。
外里誠司が首を傾げていると、青年が言う。
「ヒナタ、頭から血が……さっき頭をぶつけた時に?」
青年が、心配そうな顔をして、外里誠司を見る。
そして、青年が奇妙なことを言う。
「軽い傷なら、いつも自分で治癒できているだろ。治せないのか?」
「治癒?」
外里誠司は、自分の頭に手をやった。
指に、血が付いた。
頭に怪我をしていることを意識すると、
なんだか治せそうな気がした。
今までに味わったことのない不思議な感覚が、体にあった。
治癒……それを意識すると、
頭の怪我が治っていくのが自分で感覚として分かった。
「治ったみたいだな。走れるか?」
「まあ、……。」
外里誠司は、とりあえず青年に付いて行ってみようと思った。
自分の理解の及ばないことが、周囲で起こっている。
それを把握するには、青年から話を聞く必要があると、
外里誠司は考えた。
足元を見ると、自分がスカートを穿いていることに気付いた。
それだけではない。
いつもはあるモノが、無い感覚がした。
股を触ってみると、それは綺麗さっぱり無かった。
そこで、外里誠司は自分が女になっていることに気付いた。
股が、やけにスース―する。
青年の後に付いて走りながら、
いったい自分に何が起こったのかと、
外里誠司は考えを巡らせていた。
性別が変わってしまっていることは明らかで、
周囲の状況も……
ニュースなどで一切見たことがない騒動なのか紛争なのかが起こっている。
今、頼れるのは目の前の青年だけだった。
建物の陰に隠れ、何者かに見つからないように移動を続ける。
「どこを目指してるのかな?」
外里誠司は、青年に聞いた。
青年は、少し後ろを見て、移動を続けながら返事をする。
「とりあえず、出来るだけ離れないと。
その後は、ここだと……自分道場に向かうのが良いかもしれない。」
目的地があることを聞けた外里誠司は、
ひとまず青年に従った。
一息つける場所に行って、青年から話を聞きたかった。
「ここだ。入ろう。」
とあるビルの狭い階段を上がると、
三階に目的の場所があった。
扉には、『自分道場』と書かれている。
中に入ると、小さい事務所のようになっていて、
事務員らしき四十代くらいの女性が一人いた。
「あの、舵浦さんいますか?」
「奥にいます。」
「そうですか。
インサニティが街に現れて、その騒ぎから俺たち逃げて来たんです。
しばらく、ここに居てもいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
青年が女性とやり取りする様子を、
外里誠司は青年の後ろから見ていた。
インサニティ……どうやら、それが騒ぎの原因らしいことを、外里誠司は理解した。
外里誠司も女性に頭を下げて、青年と奥へ進んだ。
小さい事務所の奥に、もう一つ部屋があり、
そこにはほとんど物が置かれていなかった。
壁際に、段ボールが積み上げられているくらいであった。
その部屋に、舵浦なのだろう青年と同じくらいの年齢に見える若い男がいた。
「舵浦さん、お疲れ様です。」
「おう、白石。どうした?」
「インサニティが出て、逃げてきたところです。」
舵浦は、青年を白石と呼んで、
青年の後ろにいる外里誠司のことも見た。
外里誠司は、黙って二人の会話を聞いていた。
白石は、インサニティが現れた時の状況を、舵浦に話して聞かせた。
また、舵浦という男は、どうやらヒーローをやっているらしい。
舵浦は、白石の中学校の先輩で、白石もヒーローを目指しているということのようだった。