僕のクラスには幽霊がいる
___僕のクラスには幽霊がいる。
いきなり何を言っているんだと思うかもしれないが、確かに幽霊が存在しているのである。
しかし、あまりにも不思議な事なのだが、幽霊が見えるのは僕だけらしい。
いや、正しくは幽霊のように見えるのは僕だけのようだ。
その幽霊の正体は僕のクラス、2年5組に所属している柊真優さんである。
柊さんは僕の通っている高校、花咲高等学校のいわゆる学園のアイドルのような存在だ。
街を歩けば誰でも見入ってしまうほどの整った容姿に、純白で穢れを知らないほど透き通った綺麗な肌、そして亜麻色の綺麗な髪をショートボブにしているらしく、身長は同年代の女子と比べるとやや小柄らしいが、それもまた本人の魅力に拍車をかけているそうだ。
性格はとても穏やかで明るく、交友関係も広くて、勉強も運動もできるまさに完璧な人間のようで、その人間離れした容姿と性格などが相まって、【花高の天使】と言われている。
柊さんについて何故か解説を始めた僕だが、一度もその姿を見たことはない。
柊さんの情報も、教室や学校内で生徒たちが話していたことをまとめてみただけなので、本当にそのような容姿をしているのか僕には分からない。
繰り返すが僕には柊さんが幽霊にしか見えないのだ。
今は授業中なのだが、柊さんの席だけまるで誰もいないかのように空席で、その机の上ではシャーペンだけがノートに向かって動いているのである。
もう普通に怖いよね!ど、どうなってるの!?
ひとりでにシャーペンが動き出したのを初めて見た日は、驚きを通り越して軽く失神したのは記憶に新しい...。
んんっ、話が逸れてしまったが、シャーペンが動いているのは目で見て分かるように、柊さんの姿だけが何故か見えないのだ。
数週間経って僕が理解したのは、柊さんが持っている・使っているものは見えるが、身に付けている・着用している衣服の類は見えないということである。
例えば、シャーペンやノートは見えるが、柊さんが着用している制服や体育時の体操服は見えない。
また、黒板にチョークで字を書くときにはチョークだけが浮いており、掃除の時間にはほうきだけが動いているように僕には見えている。
しかし、姿が見えない柊さんではあるが、そこに居るという感覚がぼんやりと感じられるため、柊さんが居ることを認識できずにぶつかってしまったというようなことは起きていない。
そしてなんと言っても柊さんがそこに居ることを理解できる手段というのがあり、それが柊さんの声である。
姿は全く見えないが、声だけは聞こえるのだ。
柊さんの声は透き通った可愛らしい声で、聞くだけで癒される感じがする。
顏も見ずに勝手にその人を想像するのは善いことではないと重々承知しているが、この声なら当然容姿も可愛らしいのだろうなと思わず感じてしまうほどだ。
ここまでを踏まえた上で考えるのは、どうして僕は柊さんの姿が見えないのだろうかということだ。
最初は新手のドッキリかと胸を躍らせ、[ドッキリ大成功]のプラカードが現れるのを今か今かと待機していたが、他の人には柊さんが見えているし、そもそもクラスのカースト最底辺に位置する僕にドッキリをしてどうするんだろう?と正気に戻ったため、原因は分からないままとなっている。
花高の天使と言われている柊さんを見てみたい気持ちも確かにあるが、見えたところでクラスだけではなく、学校内のスクールカーストの頂点にいる高嶺の花と何かが起こるはずもないので、現状のままでも良いかと思考を中断させ、僕は雲一つない真っ青な空を横目に見ながら、授業に意識を戻し始めた___。
***
「ゆーちゃん、校外学習の班俺と組もうぜ」
「えっ!?僕と一緒に組んでくれるの!?」
「当たり前だろ~俺たちの仲じゃんかよ!」
授業後、そう声を掛けてきたのは同じクラスの佐伯恭也くんだ。
佐伯くんは柊さんと同じようにスクールカースト最上位に位置する長身のイケメンである。
容姿は金髪で、伸びた前髪をピンで留めて上げており、耳にはピアスを付けて、制服も着崩して中にパーカーを着ている。
見た目は不良っぽく、実際尖った雰囲気で近寄りがたくて、周りとワイワイ騒ぐようなタイプではないが、それを補うほどのイケメンであることと、運動神経がものすごく良いため、女子だけでなく男子からも人気があり、カースト最上位に君臨している。
ゆーちゃんこと僕、和泉優太がどうして住む世界の違う佐伯くんと会話をし、佐伯くんが僕のことを「ゆーちゃん」と呼ぶのかというと、それは佐伯くんの大切な落とし物を探すのを手伝ったのがきっかけだった___。
2年生に進級して2週ほど経った4月15日の朝、僕は学校に通じる道の端でどこか慌てた様子の佐伯くんを目撃した。
2年で初めて同じクラスになったが、当然話したことは一度もなく、通り過ぎようとしたが、昔から父に「困っている人を助けられるような優しい人間になりなさい」と言われていた僕は、通り過ぎて見て見ぬふりをしようとした自分自身の弱い心を戒め、勇気を出して佐伯くんに声を掛けた。
話を聞くと、どうやら今日は佐伯くんの彼女さんの誕生日らしく、そのプレゼントであるネックレスを入れた財布をどこかに落としてしまったようだった。
そこからは2人で佐伯くんのプレゼント兼財布を探すために、佐伯くんが朝通って来た道を戻ったりしながら財布を探した。
近くの交番に行って落とし物がないかを聞いたりしたが、結果は著しくなく、お昼が近くなってきた頃、公園で改めて落とした場所について2人で考えていたところ、僕は佐伯くんがどこかに落としたのではなく、そもそも家に財布を置いてきているのではないかと考え、急いで佐伯くんの自宅に行ってみると、佐伯くんの部屋の机の上にプレゼントが入った財布がちょこんと置いてあった。
佐伯くんがそもそも財布を忘れていたという事実と、探していた財布が置いてあったことの安堵感から笑みがこぼれ、2人でお腹を抱えて涙が出るほど大笑いした。
プレゼントが見つかってしばらくした後、ようやく僕らは学校を堂々とサボっていることに気付き慌てたりしたが、今から学校に戻るのが億劫なこともあり、このまま今日はサボってしまおうという佐伯くんの意見に賛成して、僕らは近くのラーメン屋さんに昼食を食べに行った。
「和泉はさ、どうして俺を助けてくれたんだ?学校でも話したことはなかったよな?」
「えっと、僕は昔からお父さんに困っている人を助けられるような優しい人間になりなさいって口酸っぱく言われてて...だけど僕は人と関わるのが苦手だから今まで自分から手助けをするようなことはほとんどなかったんだ。今回も佐伯くんの様子を見て困っているのかなと思ったけど、最初は声を掛けずに通り過ぎようとした。でも、本当にこのまま立ち去って良いのかと思い悩んで、最終的に自分が罪悪感を感じないために声を掛けた。だから善意とかでは全くなくて、かなり打算的な行動で僕は佐伯くんに近づいたんだ。佐伯くんを自分の気持ちの整理のために利用してしまって本当にごめんなさい!」
「そうだったのか...でもよ、和泉が俺のことを助けてくれたことには変わりはないぜ。どんな理由であれ、和泉は俺のために学校をサボってまで助けてくれて、俺はそんな和泉に感謝をしている。感謝して感謝される、それでいいんじゃねえの?てか、そもそも打算なしで人助けする奴なんてよっぽどじゃない限りいねえだろうし、知らねえ奴の厄介ごとに自分から声を掛けてまで首を突っ込む奴なんて普通はまず居やしねえよ。だから、和泉はすげえよ。他の奴らができねえことをしちまえるんだから。だから俺は本当に和泉に感謝している、ありがとうな和泉!」
その後はお互いのことについて話したり、佐伯くんから友だちになってほしいと言われ、僕の呼び名が「ゆーちゃん」になったりと色々あり、佐伯くんが今日の感謝も込めて奢ってくれて、2人でラーメン屋を後にした。
お昼の後歩いて話していると、さっき佐伯くんの部屋に行ったときにちらっと見えた漫画やゲームの話題で盛り上がり、「一緒にゲームやろうぜ!」と誘われ、佐伯くんの家でおサボりゲーム大会が始まった。
僕は漫画やゲームが大好きなオタク系男子なのだが、以外にも佐伯くんがかなりそちらの造形にも深いことが分かり、大いに盛り上がった。
そんなこんなで16時を迎えて少し経った頃、佐伯くんの家のインターホンが鳴ったので、佐伯くんは階段を下りて玄関に行き、戻ってくると佐伯くんの他に1人の制服を着た女子が居た。
「ゆーちゃん紹介するぜ、と言ってもクラス自体は同じだから名前は知ってるだろうけどな。俺の幼馴染で彼女の花宮椿だ。」
「同じクラスの和泉くんよね?花宮椿よ、よろしくお願いね」
「和泉優太です、よろしくお願いします花宮さん。」
紹介された女子は、僕と同じクラスの花宮椿さんだった。
花宮さんも柊さん、佐伯くんと同じくらいの有名人で、柊さんほどではないが、男子たちからかなりの人気がある。
柊さんが可愛い系(見たことはない定期)なら花宮さんは綺麗系だとよく耳にするように、モデルのようにすらっとした身長に、整った容姿に切れ長の目、左目の下には泣きぼくろがあり、紅色の髪を腰の辺りまで真っ直ぐ伸ばしていて、耳にはピアスをしている。
制服も軽く着崩していてどこか近寄りがたい雰囲気があるが、佐伯くんと同様、その容姿と本人の人気ぶりから花高のカースト最上位に位置している。
佐伯くんと花宮さんが一緒に居るところは度々目撃したが、付き合っているという情報は噂程度でしかなかったため(去年、佐伯くんと花宮さんは別々のクラスで常に一緒に居るわけではなかったから)、実際にお付き合いしているということを知って少し驚いたのは内緒の話だ。
そのことについて後日聞いてみると、「周りに言うのとかめんどくせえじゃん、まあバレても別に何もねえけどな」ということだった。
2人に好意を寄せている皆様方、強く生きてください...。
花宮さんが、今日僕たちが登校していなかったことに触れたのを皮切りに、僕たちは今日起こった出来事を話し始めた。
もちろんプレゼントの事には触れず、あくまで財布だけを落としたという感じではあるが。
話を聞き終わった花宮さんは突如佐伯くんにドロップキックをかまし、「へぶしっ!?」と情けない声を上げて倒れた佐伯くんの頭を抑えながら「うちのバカが和泉くんに迷惑を掛けてごめんなさい。財布を一緒に探してくれて感謝するわ」と僕に感謝を伝えてくれた。
僕にはこの一連の流れで2人の間にあるパワーバランスがはっきりと理解でき、心の中で佐伯くんに手を合わせておいた。
その後は花宮さんも交えてゲームをし、17時を過ぎた頃、僕の帰りの電車の時間に合わせてその場はお開きとなった。
ちなみに花宮さんもかなりオタク趣味に理解があり、この日以降、僕と佐伯くんと花宮さんで最近流行っている3人チームのFPSを夜にプレイしていたりする。
「ゆーちゃん、改めて今日は本当にありがとな!また明日からもよろしく頼むぜ!」
「僕の方こそありがとう佐伯くん!今日は本当に楽しかったよ!こちらこそこれからもよろしくね!あ、それと佐伯くん、プレゼントをサプライズで渡すってやつ頑張ってね!」
「任せとけ!良い報告を期待しててくれよな!」
次の日の朝、教室に入った時に佐伯くんが親指を上に向けて笑顔を見せてくれたのと、その隣で手を振ってくれた花宮さんの首にプレゼントのネックレスが着けられていたのを見て、僕は自然と笑顔になっていたのだった___。
おっとっと、時を戻そう。
今は来週に控えた校外学習の説明が終わり、班を決める時間となっている。
校外学習と言っても勉強をするわけではなく、内容は指定されたポイントにあるクイズを解きながら、時間通りに目的地にたどり着くことを目的としたウォークラリーと、昼食時に班ごとでカレーライスを作るというオリエンテーションとなっている。
花咲高校は進級するごとにこうしたクラスで親睦を深めることが目的のオリエンテーションが行事として存在しているのだ。
「さっきの授業終わりにも話してたけど、ゆーちゃんよろしくな!」
「うん!僕の方こそ班に誘ってくれてありがとね!花宮さんも誘ってくれてありがとうございます!」
「こちらこそ、よろしくお願いね和泉くん」
「班員は俺とゆーちゃん、椿で3人は埋まったけどよ、確か班員は4人だったよな?」
「そうね、あと1人班員が必要ね」
「誰かあと1人いねえかな」
僕が佐伯くんと花宮さんと同じ班に入ったので、佐伯くんが言ったようにあと1人が必要になっている。
学校の有名人でもある2人と同じ班になったことで周りからの視線を多く感じるし、値踏みするような嫌な視線も混じっているように感じられるが、せっかく2人が誘ってくれたので気持ちを強く持って気にしないようにしようと思っている。
誰か空いている人がいないかとクラスを見渡してみると、1人の席を中心に人だかりができていた。
「柊、俺たちと一緒に組もうぜ!」
「私たちと同じ班になりましょう!」
どうやら柊さんと同じ班になりたい人たちが柊さんの席に集まっていたようだ(見えないので最初はよく分からなかった)。
人気者は大変だなぁと他人事のようにその集団を眺めていると、何か困っているような雰囲気が柊さん(がいると思われる場所)から感じられた。
姿は見えないので実際にどのような表情を浮かべているのか分からないし、聞こえている柊さんの声は普段と変わりがないように思うので勘違いだとは思うのだが、僕には柊さんが助けを求めているような、そんな不思議な感覚がするのだった。
「柊さんは困っているのかも...」
「ん?そうか?俺にはいつも通りに見えるけどな」
「でも!なんか、えと、助けて欲しそうに感じる気がするというかなんというか」
「なるほど...椿、ちょっと俺と来てくんねえか」
「分かったわ」
僕が思わず感じたことを口に出した後、佐伯くんは花宮さんを連れて集団のところに向かっていった。
そうして戻ってくると、佐伯くんと花宮さんの他に、姿は見えないが誰かがいるような気配が後ろからしていた。
もしかして...
「ゆーちゃん、最後の班員の1人、確保できたぜ!」
「柊真優です。よろしくね!」
どうやら僕の予想は的中していたようだった...
***
「そんじゃ班員も揃ったしもう一回自己紹介でもするか。俺は佐伯恭也だ、よろしくな!」
「花宮椿よ、よろしくお願いするわね」
「柊真優です、誘ってくれてありがとうみんなっ。よろしくね!」
「和泉優太です!よ、よろしくお願いします!」
自己紹介が終わって今は雑談タイムとなっており、佐伯くんが花宮さんと付き合っていることを柊さんに伝えたり、柊さんの趣味なんかを聞いていたりする。
しかし改めて思うのが、やっぱり姿は見えない!
ぼんやりと柊さんの居るところやどこを向いて話しているのかは分かるが、僕はどこに目線を合わせればいいんだろう!?
でも、見えないおかげで...ということもあるが、最初こそ初対面ということで緊張はしたものの、今は柊さんとそれなりに自然と会話ができているように思う。
もし見えていたら学校一の美少女ということもあり、恐らく目も合わせられずに会話もぎこちなかっただろうから、この時だけは姿が見えないことに感謝をしたい。
「そう言えば、柊をこの班に誘ったきっかけはゆーちゃんなんだぜ」
「ちょっ、佐伯くんってば!」
「そうなの、和泉くん?」
「おう、なんでも柊が困っているように見えたんだと。俺にはいつも通りに見えたけどな。そーだよな、ゆーちゃん?」
「う、うん。僕の勘違いなのは分かっているんだけど、柊さんが助けを求めているような感じがして...もし誰かと班を組む予定があったならごめんなさい!もちろん、僕が班に居るのが嫌なら全然言ってください!僕は移動するので!で、でも、もし柊さんさえよければ佐伯くんと花宮さんとは同じ班になってくれると嬉しいです!その、もう1人はまた探してもらわないといけないので申し訳ないですが...」
「何言ってんだよゆーちゃん!俺も椿もゆーちゃんと一緒の班になりたくてゆーちゃんを誘ったんだぜ?それにゆーちゃんだけじゃなくて俺も椿も柊とは初めて話すし、俺のことや椿のことが嫌な場合だってあるだろ?だからゆーちゃんが班のことで気にする必要はないって。柊もゆーちゃんが居てもいいよな?」
「佐伯くんの言う通りだよ。私は和泉くんと一緒の班になれて嬉しいよっ!もちろん佐伯くんや花宮さんとも同じになれて嬉しい!むしろ3人の中に入ってきちゃったのは私の方だしね、和泉くんを邪険に扱うなんてことはもってのほかだよっ。だから、私をみんなの班に誘ってくれてありがとねっ和泉くん!」
「う、うんっ!こちらこそ柊さん!」
柊さんとは初めて話をしたが、とても話しやすくて良い人だった。
最初は話したことがないのはもちろんのこと、姿が見えないこともあり、どうなるのか不安に思っていた部分もあったが、姿が見えていなくてもコミュニケーションができることが分かって、柊さんに対する僕の今の不安はなくなった。
校外学習の予定を4人で決めていくにつれて、普段はこういうイベントごとが苦手な僕も段々と楽しみになってきた。
当日は沢山楽しめたら良いなぁと思っている。
ちなみに柊さんを班に誘ってきた佐伯くんに対して、「勝手にやりすぎよ」と花宮さんがヘッドロックを繰り出し、佐伯くんが苦しんでいたことには手を合わせておいた。
その後ろで更に多くの視線を集めていたことに、僕は気付いていなかった___。
***
班決めから一週間後、今僕は校外学習に参加している。
ちょうど午前中のウォークラリーが終了し、今から昼食のカレーライスの調理に取り掛かるところだ。
佐伯くんと花宮さんが火おこしと炊飯、道具準備を担当し、僕と柊さんがカレー調理を担当することになっている。
僕と柊さんと花宮さんは料理ができるが、佐伯くんは「料理なんてほとんどしたことねえ...」ということだったので、料理ができる僕と柊さんがカレー調理を担当し、花宮さんは佐伯くんがサボらないかの監視役もするということで、2人が火おこしなどの担当となった。
柊さんとは班が一緒になってから、班での話し合いの他にも挨拶程度ではあるが話す機会が増え、今はカレーに入れる野菜を切りながら午前中のウォークラリーについて2人で話している。
しかし、軽快なリズムを鳴らしながら包丁がひとりでに動いて野菜を切っているように見える現状は、魔法使いが魔法で道具を動かし調理を進めているように思えて、異世界ファンタジーみたいだと内心ワクワクしているのは内緒の話。
そうして2人で会話をしているところに「柊、ちょっといいか」と、ある男子が声を掛けてきた。
「昼の時間が終わったら、噴水前のベンチまで来てくんねえか?話したいことがあんだけど」
「え、えと、うん。分かったよ」
「それじゃあ待ってるぜ」
「...」
柊さんに話しかけてきた男子は僕よりも背が高く、髪を短く切りそろえ、体ががっしりとした運動部っぽい感じの人だった。
少し緊張感を漂わせながら柊さんを誘っていたが、雰囲気からして恐らく告白の呼び出しだろう。
柊さんが何人もの男子から告白をされていることは噂でも知っていたが、呼び出しの場面に立ち会ったことは当然今までなかったため、僕は「噂は本当だったんだ」と思った。
僕が初めての展開に固まっていたところ、「えへへ、和泉くんもびっくりしちゃった?」と柊さんが話しかけてきた。
「えと、僕も聞いちゃってよかったんですかね?多分ですけど、その、告白の呼び出しですよね?」
「う、うん...彼は去年同じクラスだったバスケ部の江藤くんって言うんだけどね、実はほとんど話したことないんだ」
「あ、そうなんですね。ということはお返事の答えとしては...」
「うん、和泉くんが想像している答えを返そうと思ってるの」
「そうですか...」
「好意をね、持ってもらえるのは嬉しいんだっ。でもね、今回のようにほとんど知らない人、中には名前すら知らない人もいて、ちょっと怖かったりもするの。だけど、勇気を出して自分の想いを口に出してくれる以上、私も好意を受け止めて精一杯お返事を返そうと思って...その人に真摯に向き合うことだけしか私にはできないもん...って、周りの人からしたら何を贅沢な!って嫌味に聞こえちゃうよね、嫌な話しちゃってごめんねっ!和泉くん」
「嫌な話なんてことないです!僕には大勢の人から好意を伝えられるなんて経験はないので、完全には柊さんの気持ちを理解することはできないけど、それが贅沢な悩みだと非難したりは絶対にしないし、柊さんがそのことについて悩むことも間違いじゃないと僕は思います。柊さんは悩みながらも一人一人に真摯に向き合っているんですよね?それは本当にすごいことだと思うんです。結果はどうであれ、相手の気持ちを精一杯理解しようとして、相手に寄り添いながら返事を返すなんてこと普通はできないと思います。柊さんはとっても優しいんですね。僕は昔から『優しい人になりなさい』と言われているけど、何度も相手に寄り添いながら言葉を選んだり、行動を起こすなんてできないので本当に尊敬します。だから柊さんはもっと自分のことを誇って良いと思います。それに、もっと自分の心に正直になって良いとも思います。怖かった、緊張した、なんてことがあれば周りに一杯話せば良いと思いますし、話し始めてまだ一週間しか経っていない僕が言うのもあれなんですが、僕も話や愚痴くらいならいつでも聞きますよ!え、えと、つまり柊さんは何も気に病む必要はないと言いたかったんだと思います!あの、部外者が何か色々と変なこと言っちゃってごめんなさい!」
「ふふっ、もぅなんで和泉くんが謝ってるの~。じゃあ何か悩むことがあったら和泉くんを頼らせてもらってもいいかな?」
「もちろんです!男に二言はありませんので!」
「...ありがとう///」
「ん?何か言いましたか?」
「えへへっ、なんでもないよ~。それじゃカレー作り再開しよっか!」
「そうですね!」
***
昼食後は自由時間となっているため、班のメンバーと行動する必要はなく、生徒たちはクラス関係なくそれぞれのグループなどに分かれて活動を行っている。
今回の校外学習の場所はかなり広い野原の場所があり、ボールを使って遊んでいるグループもあれば、鬼ごっこをしているグループ、集まって談笑をしているグループもある。
そして僕は佐伯くん、花宮さんと野原の一角に集まり、何故かウーノ(カードゲーム)をしている。
それぞれから負けたくないという闘気(花宮さんからは殺気が漂っているようにも見える)がオーラとなって溢れているのか、自由時間の最初に佐伯くんや花宮さん目当てで近づいてきた人たちは何かに怯えていなくなり、僕たちの周りには誰も人がいない状況となっている。
ちなみに柊さんは先週から自由時間のお誘いを各所から受け続けていたので、江藤くんの呼び出しも含めて他の人たちとの用事で今はここにいない。
しかし、どうして僕たちはこんなにも真剣になりながらウーノをしているのかというと、校外学習が終わってバスが学校に到着してからの放課後、僕と佐伯くん、花宮さん、柊さんの4人で、ファミレスでお疲れさま会をすることになっており、そこでこのウーノの敗者はみんなにドリンクバーを奢らないといけないのだ。
勝負は3回先に負けた人が奢ることになっており、この勝負を企画したのは佐伯くんだ。
勝負事が実は意外と好きな花宮さんも参加を表明し、僕も楽しそうだからと参加を決め、今に至っている。
ちなみに柊さんはこの勝負のことを知らないため、ドリンクバーは確定している。
果たして、誰が奢ることになってしまうのだろうかッ!
___放課後のファミレスで行われたお疲れさま会は今日の話などで盛り上がり、僕はもっと佐伯くんや花宮さん、そして柊さんと仲良くなれたような気がした。
中でも花宮さんが「ストレートで3連敗した人が奢ってくれるドリンクほど美味しいものはないわね」と言ったセリフは忘れられないだろう。
僕はやや覇気がなくなって財布を持ったまま固まっている佐伯くんを見ながら、心の中で手を合わせておいた。
佐伯くん、ドリンクバーありがとう...
***
いつも通りの日常が続く中、5月の半ばとなり、今週から花咲高校では一学期の中間テストに向けたテスト週間となっている。
毎回の授業の予習と復習は欠かさず行っているため、全体的な内容は頭に入っている。
残りの細かいところの理解を深めるために、要点確認をしようと放課後も僕は図書室に残って勉強をしている。
最初は佐伯くんに「一緒に勉強しようぜ、ゆーちゃん!」と誘われたが、花宮さんに佐伯くんが強制連行されたため、1人での勉強となっている。
花宮さん曰く、「うちのバカは普段の授業でノートを取らないから、もし和泉くんがノートを貸してしまうと、和泉くん自身の勉強に支障が出てしまうかもしれないわ。だから、和泉くんは気にせず自分の勉強に集中してちょうだい。その代わり、私が責任をもって恭也のことを監視しておくわ」ということらしい。
その後に「でも、夏休みの課題とかは一緒に勉強してあげてくれると助かるわ。和泉くんと勉強したがっていたのは事実だから。もちろん私も参加させてくれると嬉しいわ」と、佐伯くんのことを想ってフォローもこっそりしているところから、花宮さんの佐伯くんに対する思いやりが伝わり、僕は笑顔で了承をしておいた。
そんなこんなで5日連続となる放課後の図書室に到着し扉を開けると、僕はある席を見て固まった。
なぜなら、クラスのとある席のようにシャーペンだけが動いてノートに文字を刻んでいっているからだ。
それに加え、この図書室はテスト期間中でも勉強場所として利用する生徒は何故か僕以外誰もおらず、密かに僕だけの部屋だと思っていたので、誰かがいるということにも僕は驚いた。
そうして扉の前で固まっていると、僕が入って来たことに気付いたのか、シャーペンの動きが止まり、席から「あっ、和泉くんっ!」と僕を呼ぶ明るい声が聞こえてきた。
僕は呼ばれてしまったため、声のした席の方___柊さんのもとへ近づいていった。
「柊さん、こんにちは。お勉強の邪魔しちゃいましたか?」
「ふふっ、こんにちは和泉くんっ。邪魔になんてなってないよぉ~ちょうど区切りの良いところだったしねっ。和泉くんも放課後にお勉強?」
「えと、そうですね。図書室で勉強しようと思って...邪魔にならないようにするので僕もこの部屋で勉強しても良いですか?」
「もちろんだよ~。あっでもその前に少し一緒にお話ししない?」
「もちろん構いませんよ」
「じゃあ、席が遠いのも話しづらいし、私の席の前に座ってもらっても良いかなっ?」
柊さんからの提案で、柊さんの対面に位置する席に腰を下ろした後、僕たちは会話を始めた。
校外学習の後から、柊さんとは以前よりも話す機会が増え、堂々と休み時間に2人で話すということはないが、移動教室の移動時や、佐伯くん・花宮さんを交えてのちょっとした会話はほぼ毎日している。
ここ最近は朝の登校時に「おはよう和泉くんっ!」と柊さんから毎日挨拶をしてくれており、僕の中での柊さんの良い人レベルがぐんぐんと上がっている。
今もいつものように主に学校の話題、今回はテストのことなどについて会話をしているが、僕はどうして4日間僕以外誰もいないかった図書室に柊さんが居るのか、どこでこの図書室が勉強できる穴場なのかを知ったかが純粋に気になったため聞いてみると、「え、ええとね、放課後に勉強ができる場所はないかな~っと思って歩いてたら偶々図書室が解放されていることを知ったのっ、だからほんとに偶然見つけてって感じで...あの、その!和泉くんの後を追って知ったってわけじゃ、うん、ないよ!」といつもの柊さんらしくない早口での返答だったが、そういう日もあるだろうと特に気にすることなく僕は「そうだったんですね。この図書室はテスト週間が始まってから利用してるけど、柊さん以外に来た人はいない穴場で、静かだし勉強もしやすいですよね」と返した。
そうして会話を楽しんだ後、僕たちは勉強を開始した。
勉強を再開するとお互いがノートにペンを走らせる音だけが耳に聞こえ、柊さんが見えないとはいえ前に座っているということもあり、僕は少しばかりの緊張感をもって普段より集中して勉強に取り組めた。
時間が経つのは早く、気付けば帰る時間に近づいていたため、勉強道具を片付け始めると、柊さんも片づけを始めた。
「柊さんも今日やるべきところは終えて、後は帰宅ですか?」
「うんっ、電車の時間が近いし、今日はこの辺で帰ろうかなって」
「柊さんも電車通学なんですね。僕も電車通学で○○駅が最寄り駅なんですよ」
「そうなんだっ!私は□□駅が最寄り駅だから和泉くんの最寄り駅から二駅先だね」
「...今まで同じ方向に向かう電車に行きも帰りも乗っていたのに全く気付かなかったです」
「そ、そうだね...えへへっ。そ、それよりも!あの、和泉くんが嫌じゃなければなんだけどね、このまま一緒に帰っても良いかな!?」
「え!?僕とですか!?」
後は帰るだけだと考えていた矢先、柊さんが爆弾発言をしたため、一瞬僕の頭はどういう意味か分からなかった。
しかし、柊さんの言葉の意味を理解していくにつれ、僕はとんでもない提案をされていることに気が付いた。
柊さんは【花高の天使】と呼ばれるほど学校で有名な人物であり、その影響力はすさまじい。
そして、そんな学校一の人気者が誰かと一緒に帰っているのを目撃した、しかもその一緒に帰っていたのが男子だったとなれば、学校内はこのニュースで持ち切りとなるのは間違いないだろう。
最近、柊さん(と佐伯くんと花宮さん)と話すようになってからというもの、周りからのあまり好ましくない視線を多く受けているのは事実だ。
いじめのような被害を直接受けているわけではないので、現状を維持したままとなっているが、もし柊さんと一緒に帰ったともなれば、何か厄介事に巻き込まれてしまうかもしれないため、実のところ一緒に帰るところを見られたくはないと思っている。
どうにかして柊さんを傷付けず断る方法がないかと考えている自分自身がいる一方で、胸の内側のある部分では柊さんと帰りたい・もっと話したいと思っている自分自身がいるのだ。
僕が相反する自分の気持ちに戸惑い、返答を出せずにいると柊さんから「だめ、かな...?」とどこか悲しげな声が聞こえてきて、校外学習の班決めの時のように、姿は見えないのに柊さんからは悲しい雰囲気が感じられた。
その雰囲気を感じた瞬間、僕の頭の中で柊さんに対する言葉は決まった。
どんな理由であれ、柊さんから一緒に帰ろうと勇気を出して提案してくれたのだ、その善意を無下にするのは人として良くないだろうし、何より柊さんを悲しませたくはないと僕は思った。
「よしっ、それじゃあ一緒に帰りましょうか柊さん」
「...っ!うんっ!」
こうして荷物をまとめて図書室を2人で後にしたが、その時の柊さんからはどこか嬉しそうな雰囲気が感じられた気がした___。
遅くまで図書室に残っていたこともあり、他の生徒に見られることなく学校を出て、何事もなく電車に乗ることができた。
電車が発信すると「そういえば...」と柊さんが話題を振ってきた。
「和泉くんは勉強が得意な方なの?」
「んーどうなんですかね、いつもテストは20番台なので得意ってほどじゃないですが苦手でもないって感じです。柊さんは勉強が得意だと風の噂で聞いたことありますが、今日の図書室や普段の授業を見る感じかなり勉強は得意そうですよね」
「私も得意ってわけじゃないけど、いつもテストはギリギリ一桁台って感じだよっ」
「すごいですね!僕じゃテストで一桁台の順位に入ることはできないので、勉強できるのが羨ましいです。僕は英語が苦手でどうしても英語で点数がガタっと下がってしまうんですよね」
「そうなんだねっ。私も数学が少し苦手で何とかしたいと思ってるんだぁ」
「苦手だから勉強しよう!というスイッチが中々入らないので、何か勉強をしないといけないようなきっかけやご褒美とかがあれば点数は上がるかもしれないですけどね、あははっ」
「そうだっ!それじゃあ、こういうのはどうかなっ!私は数学、和泉くんは英語の点数に不安がある。だけど、その教科の点数が上がれば順位も上がる。だからその点数を上げるためのご褒美として、それぞれのテストの総合点数・学年順位が上がったら和泉くんは私に、私は和泉くんにできる範囲でしてほしいことをお願いできる権を獲得できるっていうのはどうかな!?」
柊さんから提案されたご褒美の内容を聞いて、僕は一緒に帰ることを提案された時と同様に固まってしまった。
柊さんは自分が言っていることの危険性に気付いていないようだ。
普通、女子が男子にそのような魅力的な提案をしたら、ろくでもないお願いをされる可能性が高いように思える。
ましてや柊さんは【花高の天使】と呼ばれるほど人気がすさまじい。
僕は柊さんの姿が見えないので、その、なんていうか、健全じゃないお願いをすることはないが、もし柊さんが他の男子ともそのような提案をしたら良くないことが起こるかもしれない。
そのため柊さんにそのことを正直に伝えようと僕は口を開いた。
「柊さんの提案は魅力的ですが、もっと柊さんは男子を警戒した方が良いと思います。男子が女子にしてほしいことをお願いできるなんていう条件を出されたら、良くないことが起こるかもしれません。それに柊さんは学校の有名人なんですから、もっと慎重になった方が良いですよ?」
「っ!?あ、あの、えと...」
僕が注意を促すと柊さんは声からも分かるように動揺し始めた。
恐らくそのような危険性を考慮に入れずに提案をしてきたのだろう。
これで柊さんも分かってくれただろうと思っていると柊さんが「じゃ、じゃあ、和泉くんも私にその、良くないお願いをしちゃうかもしれないってこと?」と、恥ずかしがりながら聞いてきた。
「僕はそんな人を傷付けるようなお願いはしないですよ?」
「じゃあ、このお願い権をご褒美にする案に問題はないから、このままでどうかなぁ?」
柊さんの中で僕は人畜無害判定をされているのか、どうやらこの提案は継続中らしい。
僕が嘘を付いていて、柊さんに被害が及んだらどうするのだろうか?
もちろん、誓って僕は柊さんを傷付けるようなことはしないが。
しかし、そのような危険性を含んでいる反面、柊さんの提案に賛成している自分がいるのも事実だ。
今も胸の奥がドキドキし、柊さんへのお願い権がご褒美として貰えると考えると、胸が熱くなって何故か勉強のやる気も出てきている。
この感情に戸惑いながらも「分かりました、だけどほかの男子にはこんな提案しちゃいけないですよ?」と伝え、柊さんの提案を飲むことにした。
そう答えると柊さんは「やった!じゃあ、いつもより勉強頑張らなくっちゃ!」と嬉しそうにしていた。
「...それに和泉くん以外の男子にはこんな提案しないよ」と聞こえたような気がしたが、僕の気のせいだろう。
そうして僕の最寄り駅が来る間、二人でテストのことについて話しながら、束の間の下校時間を楽しんだ___。
「失礼します」
「あっ和泉くん!こっちだよっ!」
今日はテストが終わって一週間経った日の放課後で、柊さんとは図書室で待ち合わせをしていた。
というのも、今日の朝にテストの総合得点と順位が書かれた紙が配布され、昼休みの廊下で放課後に図書室で結果報告会をしようと約束をしていたからだ。
柊さんの前に座った僕はいつもよりも緊張した面持ちをしているだろう。
柊さんからも緊張感が感じられ、2人だけの図書室には独特な静けさが漂っている。
そうしてお互いの準備が整ったタイミングで、僕たちは結果報告を始めた。
「では僕の方から...なんと英語の点数が普段よりも20点近く上がって、総合順位も10番に上がりました!」
「わあ!おめでとうっ!私も数学でしっかり点数が取れて初めて学年3位になりました!えへへっ!」
「え!すごいですね!おめでとうございます柊さん!」
お互いにテストの結果はいつもより格段に良いものとなり、2人で喜びを分かち合った。
柊さんからは話し声だけでも嬉しさが感じられ、僕はそんな柊さんの様子に胸が暖かくなった。
「ということはお互いにノルマを達成したから、ご褒美の権利が獲得できたってことだよねっ!」
「そういうことになりますね。では、僕にできることであれば何でも柊さんの言うことを聞こうと思うので、柊さんは何かしてほしいことはありますか?」
「じゃ、じゃあっ!早速なんだけど権利を使っても良いかな!?」
「もちろん良いですよ」
「それじゃあ...わ、私とLIME交換してくれませんか!?」
「...え?そんなことで良いんですか?分かりました、じゃあ交換しましょうか!」
柊さんからのお願いは少しばかり拍子抜けするものであり、本当にそんなことで良いのかと思わず聞き返してしまった。
ちなみにLIMEとはメッセージ機能の付いたSNSで、僕は家族の他には佐伯くんと花宮さんしかLIME追加をしていない。
そんなLIMEの交換を僕なんかとして嬉しいのだろうかと思ったが、柊さん本人はカバンの中からスマホを取り出し、QRコード画面を開いて今か今かと追加するのを待ってくれているし、何よりあの柊さんとLIME交換ができることに嬉しさがこみ上げてきて、むしろ僕のご褒美にもなってないか?と思ったくらいだ。
LIME交換が終わると、柊さんからは今日一番の嬉しそうな「ありがとうっ!」という声が聞こえてきた。
その後、柊さんから「もし和泉くんが迷惑じゃなければなんだけど、早速今日の夜にLIMEで連絡しても良いかな?」と聞かれ、僕は「もちろんです!」と嬉しさでニヤける顔を抑えながら返事を返した。
この日から柊さんとのLIMEでのやり取りが始まることになるのだった。
少しして、僕は佐伯くんとの約束が、柊さんも予定があるということなので図書室で解散となったが、僕のお願いについては保留にさせてもらった。
柊さん曰く「何か思い付いた時にでも私に言ってね!」とのことだった。
どんなお願いにしようかなと柄にもなく心をウキウキさせながら、暑さが増してきた日中の空に目を向け、佐伯くんの家に足を進めたのだった___。
***
Mayu〈和泉くんこんばんは!改めてよろしくね!〉
和泉優太〈柊さんこんばんは!こちらこそよろしくお願いします!〉
Mayu〈今日はお願い聞いてくれてありがとね!和泉くんとLIMEできて私は嬉しいです!〉
和泉優太〈僕の方こそ、柊さんとLIMEができるなんて思っていなかったので、とても嬉しいですよ!〉
Mayu〈(照れながら喜んでいるくまさんのスタンプ)〉〈明日からもLIME送っても良いかな?和泉くんの邪魔にはならないようにするので!〉
和泉優太〈もちろんです!いっぱい会話ができるように僕も頑張りますね!〉〈(リアルな魚がグッドポーズをしているスタンプ)〉
Mayu〈もぉ何なのそのスタンプ 笑〉
和泉優太〈面白いかなと思ってLIMEをダウンロードした日に買ったリアル魚シリーズのスタンプです!〉〈(リアルな魚がドヤ顔をしているスタンプ)〉
Mayu〈和泉くんってとってもおもしろいよね!私も買っちゃおうかな 笑〉
和泉優太〈ぜひ?使ってみてください!〉
Mayu〈了解しました!笑〉〈それじゃあそろそろ時間だからまた明日学校でもよろしくね!〉
和泉優太〈こちらこそ!柊さんおやすみなさい〉
Mayu〈和泉くんもおやすみなさい!〉
***
夏の到来を思わせる暑さと、じめじめとした梅雨の影響をその身に感じながら、僕たちは7月最初の週に実施される花高体育祭に向けての準備活動を行っている。
柊さんとLIMEを交換したあの日から、更に柊さんとの距離が縮まり、今では柊さんも僕・佐伯くん・花宮さんのグループに加わり、昼休みは4人でご飯を食べたりしている。
柊さんとはあの日以降、一日も欠かすことなく夜にはLIMEで会話をしているほか、時間が合えば通学時の電車や学校までの道で話すことも多くなった。
今は4人で集まり、準備のことについて話し合っている。
というのも、僕たちは体育祭で使うクラスの旗(の元になる四角の布生地)と、クラスTシャツの受け取り・買い出し係になったため、今日の放課後にそれぞれ注文したお店に行って、受け取りをしに行かないといけないからだ。
話が進んでいく中で、僕と柊さんが旗の生地を、佐伯くんと花宮さんがクラスTシャツの受け取りをしにいくという割り振りになった。
何故この割り振りになったかと言うと、僕が柊さんとLIMEを毎日しているということを聞いた佐伯くんがニヤニヤとし始め、勢いそのままにこのような割り振りを行ったからだ。
この提案をした佐伯くんから謎の笑顔と「楽しんでこいよな!」という激励?を送られたが、花宮さんにチョップされていた。
しかし、クラスの用事であるとは言え、柊さんと学校以外に放課後どこかに行くのは初めてだったりするので、少し嬉しいと思っている自分がいる。
隣に座っている柊さんの方を向くと「それじゃあ今日はよろしくねっ和泉くん!」と、柊さんからも楽しそうな雰囲気が感じられたので、佐伯くんのニヤニヤ顔を無視して「よろしくお願いします!」と柊さんに笑顔で返しておいた。
...佐伯くんはまた花宮さんにチョップされていた。
「ありがとうございました~」
僕と柊さんは花校の最寄り駅から更に二駅先にある駅で降りて、駅から10分ほどの場所にある布屋さんに行き、注文していたクラス旗の布を受け取ったところだ。
明日この布にクラスの美術部の人たちを中心に作業係の人たちが色を塗っていき、当日はそれをクラステントに掲げて自分のクラスをアピールすることになっている。
花高の体育祭ではクラスの競技得点と合わせて、クラス旗の出来栄えも評価対象に加わるため、毎年かなりレベルの高い作品がそれぞれのクラスのテントを彩っている。
布を受け取った僕たちは、後は帰るだけとなっているのだが、柊さんは駅近くにある大きなゲームセンターの前を通過する時に足を止め、小さな声で「...ゲームセンターかぁ、いいなぁ」と呟いた気がした。
本当に小さな声だったので実際はどのように言ったのかは分からないが、僕もこのまま真っ直ぐ帰るんじゃなくて、もう少し柊さんと一緒に居たいという気持ちがどこからか湧き出てきたため、僕は「柊さんが嫌じゃなければ、もし良かったら少しだけゲームセンターで遊んでいきませんか?」と柊さんに申し出た。
断られたら断られたで気にせずこのまま電車に乗って帰ろう、いやちょっとは気にするけどさ...と、不安感から頭の中でいらないことを考えていたが、その心配はどうやら杞憂だったようだ。
店内に入ると色々なアーケードやクレーンゲームなどが置いてあり、クレーンゲームの景品を見つつ柊さんと話しながら店内を見て回っている。
見て回っているだけなので「柊さんは何かプレイしたりはしないんですか?」と聞いてみると、「見てるのがとっても楽しいんだっ!えへへ」と返ってきた。
しかし、そういう僕もあーだこーだ言いながら柊さんとゲームセンターを歩いている時間をとても楽しいと感じていた。
クレーンゲームを見ていると、柊さんが「あっ!あのくまさんのぬいぐるみとっても可愛いねっ!」と楽しそうな声を出した。
柊さんは可愛いくまやねこの動物スタンプをLIMEで使うことが多いため、もしかしたら可愛い動物が好きなのかもしれない。
「確かに可愛いですね、あのくまさんのぬいぐるみ」
「そうなんだよね~。でも、クレーンゲームは苦手で取ることはできないだろうから、見るだけなんだけどね、えへへ」
「なるほど。それじゃあ僕が挑戦してもいいですか?」
「え!?和泉くんがクレーンゲームに挑戦するの!?」
柊さんはクレーンゲームが得意ではないため、プレイはしないということだったが、声から少し残念に思っている感じがしたので、その雰囲気を感じた僕が取るべき行動は一つしかないだろう。
どうでも良い情報ではあるが、僕はクレーンゲームが昔から何故か得意で、以前ゲームセンターで景品を取り過ぎた結果、店員さんから「早く帰ってくれ」という圧を感じさせる怖い笑顔を向けられた。
僕の見立てが正しければ、5回ほどトライすればこのくまさんのぬいぐるみは落ちるはずだ。
僕がプレイする様子を後ろから柊さんは見ていて、僕は良いところを見せたいなと普段は感じない感情を抱きながらプレイに臨んだ。
挑戦すること5回目、少しずつ前に動かしていたくまさんのぬいぐるみが無事に落ちたことを確認した僕は、内心でガッツポーズを決めた。
そうすると「すごいねっ和泉くん!まさか本当に取っちゃうなんて!」と僕以上に興奮冷め止まぬ柊さんが僕の手を取って、上下にブンブンと振り始めた。
この時、僕は初めて柊さんの手の感触を知ったのだが、自分の手とは全然違う、本当にスベスベで柔らかい手で、加えて手の小ささからも女の子ということを強く意識させられ、僕は顔を熱くさせた。
姿や手は見えないので、僕の目には自分の手が何かによって強制的に上げ下げされているようにしか見えないが、見えていなくても柊さんに触れることはできるという新情報を手に入れたのだった。
少しして柊さんは自分がしていることに気付いたのか、「ご、ごめんねっ!嬉しくなっちゃってつい...」と恥ずかしそうに手を戻していった。
柊さんの手の温もりがなくなったことを残念だと思った自分がいたが、どうしてそう思ったのかは分からなかったので、特に考えないようにした。
そうして景品を取り出し口から取り出すと、僕は柊さんにくまさんのぬいぐるみを向けた。
「はい、これをどうぞ柊さん」
「ん?これは和泉くんが取ったものでしょ?」
「そうですね、僕が取ったものですが柊さんにプレゼントしようと思います」
「...えっ!?あ、ありがたいけど和泉くんがお金を出して取ったものだから受け取れないよっ!」
「えーと、もし仮に僕がこのぬいぐるみを持つとして、僕にこんな可愛いぬいぐるみは似合わないだろうし、それに、あの、柊さんが欲しがるかなぁ~と思って取ったものなので、もし嫌じゃなかったら受け取ってほしいです!」
「そ、そうだったんだっ///あ、ありがとう和泉くん!!私このくまさんのぬいぐるみ大切にするねっ!!」
柊さんのために取ったと言った時は顔から火が出そうなほど恥ずかしくて緊張したが、柊さんから本当に嬉しそうな声が聞けたので、僕の胸は達成感やら満足感などで暖かくなった。
その後は少し店内を見た後、帰りの電車の時間が近くなったので、2人で駅に向かって電車に乗ったが、ゲームセンターから僕が自分の最寄り駅で降りるまで、柊さんはくまさんのぬいぐるみを抱えており(僕にはくまさんだけが宙に浮いて見えていたので、途中自分が話しているのは柊さんなのかくまさんなのか分からなくなったりもしていた)、プレゼントを気に入ってくれているような気がして、僕はとても嬉しかった。
そうしていつもLIMEをしている時間に柊さんから改めて〈くまさんのぬいぐるみ本当にありがとう!!!!!宝物にするね!!!!!〉とメッセージが届き、僕はニヤけた顔を抑えることができなかった。
また、柊さんのLIMEのアイコンを見てみると、僕がプレゼントしたくまさんのぬいぐるみの写真にアイコンが変わっており、僕は思わず「柊さん、可愛すぎです...」と柊さんの行動に胸を高鳴らせたのだった___。
***
今日は花咲高校の体育祭当日であり、現在は午前の部の競技が終了したところだ。
僕たちの5組は1組に次いで2位という位置におり、もしかしたら学年優勝があるかもしれないと、クラステントでは盛り上がりを見せている。
午後の部は部活動対抗リレーや体育祭の最後を飾る学年対抗リレーなどがあり、僕は運が悪くも学年対抗リレーの参加者になってしまった。
どうして運が悪いかと言うと、花高の学年対抗リレーには変わったルールがあり、それがリレーのメンバーは体育祭当日のくじ引きで決めるというものだ。
クラスにいる陸上部を除いた生徒が男子用・女子用のくじを引き、それぞれ10人の当たりを引いたメンバーでリレーを走らないといけない。
走順は女子・男子・女子・男子...と交互にするよう決まっているが、事前のリレー練習はないため、どのクラスが毎年勝つのか分からないという期待感から、体育祭の最後に相応しい盛り上がりを見せている。
そして僕は見事にその当たりくじを引き当て、リレーのメンバーになってしまったのだ。
唯一救いとなったのが、柊さん・佐伯くん・花宮さんもまたリレーのメンバーになっていたということだろう。
午前中の100m走では、佐伯くんと花宮さんが男子の部・女子の部で陸上部も驚愕の一位を取ったことで5組は2位になっているということもあり、2人がリレーのメンバーになったことは、リレーの勝利に向けてかなりのアドバンテージになっている。
リレーの順番はアンカーが佐伯くんで、その前が花宮さんという安定の布陣となっており、柊さんは最初の方、僕は真ん中の方に順番が指定されている。
できれば走りたくないなと頭の中で考えながら、僕はいつものメンバーと昼食を食べるため、クラステントに荷物を取りに戻った。
昼食を食べ終わって柊さんが席を外してからしばらく経ち、トイレにでも行こうかなと思って1人で体育館の表側にあるトイレに行くと行列ができていたため、裏側を通って佐伯くんたちの元に戻ろうとすると、体育館裏の陰になった辺りから柊さんの声が聞こえてきた。
こっそりと覗いてみると、柊さんと1人の男子がそこにおり、恐らくだが柊さんに詰め寄って話をしていた。
「なぁ柊、体育祭の最後にある学年対抗リレーで俺がアンカーをする1組が勝ったら、俺の女になってくれよ」
「えと、私はその...」
「なぁいいだろ?お前のために一位取ってやるからよぉ」
「い、いや、でも...」
「それじゃあ俺が一位を取ったら体育祭終わりにまたここに来てくれよなぁ、へっ」
「...」
その男は柊さんに話したいことを伝えるだけ伝えた後、その場を去って行った。
僕は何故だか無性に柊さんが心配になり、「柊さん!」と声を掛けながらその場に出ていった。
「あ、和泉くん。もしかして今の聞いちゃってたかな?」
「ごめんなさい。トイレに行こうとしたら声が聞こえてきてそれで...」
「えへへ、なんだか大変なことになっちゃった」
柊さんに声を掛けると、普段通りに振舞っているようだが、声や雰囲気からどこか不安がっているような感覚が僕には感じられた。
「あの、柊さん。もしかして僕に迷惑をかけないようにしていませんか?」
「えっ?そ、そんなこと...ないよ?」
「校外学習の時に僕は言いましたよね、柊さんはとても優しい人です。だけど、自分を誤魔化してまで優しくなろうとしなくて良いんです。正直に自分の心を伝えてくれたらいいんですよ、僕で良ければいつでも柊さんの話聞きますから」
「...うんっ、ありがとう和泉くん。あのね、私さっきの告白とっても怖かったの。一方的に話が進められていく状況にどうすれば良いか分からなくて...」
「とても怖かったでしょうね、柊さんはよく我慢したと思います」
「告白をしてきた大山くんは去年同じクラスだった野球部の人で、一時期執拗にお誘いされていた時もあったんだ。去年のクラス対抗リレーでもアンカーをしていたほど足が速い人だから、このままだと本当に大山くんのクラスが1位を取って、強引に話が進むかもしれなくて...和泉くん、私はどうしたら良いのかなぁ...」
柊さんは少し声を震わしながらも自分の気持ちを正直に話してくれた。
佐伯くんや花宮さん以外に友だちはおろか、話せる人もいないクラスの端っこにいる僕なんかと楽しく話してくれて、毎日LIMEも送ってくれ、僕の渡したくまさんのぬいぐるみを宝物だと言ってくれた僕の大切な人が、怖くてどうすれば良いかと困っている。
困っている人を助けられる人になろうと誓った僕が柊さんに返す言葉はもう決まっている___。
「柊さん、僕が大山くんよりも先にリレーで1位を取ります」
「え?それはどういう...」
「大山くんは自分がリレーで1位になったら...と言っていました。それなら、大山くんよりも先にゴールをしてしまえばこの話はなかったことになります」
「確かにそうだけど...」
「それに、僕は柊さんが困っているところなんて見たくないんです」
「...っ!?」
「だから柊さん、僕を信じてくれませんか?」
「...うん、分かった、和泉くんを信じるっ!」
「ありがとうございます、それじゃあテントの方に戻りましょうか」
テントに戻ると、昼食を取っていた場所から佐伯くんたちも戻ってきており、僕は佐伯くんに少し着いてきてほしいとお願いして、テントから少し離れた場所に移動した。
「佐伯くん、これからお願いしたいことがあるんだけど良いかな」
「おういいぜ!俺は何をすれば良いんだ?」
「えっ、僕はまだ何も言ってないのにお願いを聞いてくれるの?もしかしたら無茶なお願いかもしれないのに」
「ん?ダチが助けて欲しいってお願いしてきたんだから、聞き入れるのなんて当たり前だろ?」
「佐伯くん...本当にありがとう!」
「良いってことよ!そんで、俺は何をしたら良いんだ?」
「実は佐伯くんにクラス対抗リレーのアンカーを変わって欲しいんだ」
「それは別にいいけどよ、どうしてゆーちゃんがアンカーを走るんだ?」
「それは...ごめん、今は伝えられないんだ」
「なるほどな、何となく分かったぜ。ゆーちゃんのことだ、どうせ誰かが困っていたから助けたいってところだろ?」
「...うっ、そんなに分かりやすいかな?」
「へへっ、まあな。リレーが終わったら話してくれんだろ?」
「うん、佐伯くんには絶対話すと約束するよ」
「よしっ、なら俺は深くは聞かねえよ。それで?確かリレーの順番を書いた紙は朝に提出したからそれも変えないといけないよな?」
「僕はこの話が終わったらちょうど放送室に行ってリレーの走順を書き換えてこようと思ってるんだ。ただ、書き換えをさせてくれるかは分かんないけどね」
「ならよ、その書き換えのやつ俺に任せてもらっても良いか、ゆーちゃん?」
「でも!佐伯くんにそこまで迷惑を掛ける訳には...」
「何言ってんだゆーちゃん。俺たちはもう一蓮托生だろ?それに、不本意だけど学校で顔も利くしよ、俺が言えば何とかなるだろうぜ、へへっ。それに良い機会だし、俺の方でもっと面白くなるようにリレーの順番変えてくるぜ!」
「あははっ!それじゃあ佐伯くんにお願いしても良いかな?」
「任せとけ!」
そうして時間は過ぎ、2年生による学年対抗リレーが始まろうとしている。
僕は佐伯くんとの会話の後、人のいない駐車場前に行って、何年かぶりに本格的なアップを始めた。
今でも軽いランニングは続けているものの、前のように全力疾走するようなことはしていなかったので、久々のアップに体がついてくるか少し懸念していたが、思っていたよりも体は動くため、当時のように走ることができそうだ。
そうして、リレーが始まるまでの間、しっかりとアップを済ませた僕は、リレーの出場ゲートに足を向けた。
現在リレーの待機ゲートでは、佐伯くんから走順の変更がクラスのメンバーに伝えられている。
直前での変更に何か言ってくるメンバーがいるかもと予想していたが、佐伯くんが変更を決定したということもあり、みんなは素直に従っていた。
流石花高のスクールカーストの最上位にいるイケメン、影響力が凄いの一言である。
そして新しい走順に並び変わってみると、他のメンバーの走順はほとんど変わっていないが、アンカーまでの順番が花宮さん→佐伯くん→柊さん→僕というように変わっており、佐伯くんを見てみると、いつか見たニヤニヤ顔で僕のことを見ていた。
僕がアンカーになったことを知ったメンバーからは「どうして和泉なんかがアンカーになってんだよ」と反対意見が出てきたが、佐伯くんが「俺の考えた走順に文句でもあんのかよ?」と言った途端、僕を非難する声は止み、意義を唱えるメンバーはいなくなった。
そうして「選手の入場です!」という放送部の声が聞こえてきたため、僕たちはリレーの場所に移動を始めた___。
___リレーのスタートを知らせるピストルの乾いた音が鳴り響いた瞬間、第一走者の人たちが一斉に飛び出し、僕の負けられない戦いが始まったのだった。
***
リレーはいよいよ終盤を迎えようとしているが、僕たち5組の順位は7位で、逆転が厳しい順位に位置している。
走り終わって座っているクラスのメンバーからは、1位はもう無理だなという諦めが感じられるが、僕はまだまだこれからだと思っている。
今走っていた走者から花宮さんにバトンが移った後、5組の快進撃が始まった。
花宮さんは午前の部の100m走でも見せた快足を発揮し、7位から5位まで順位を伸ばして佐伯くんにバトンを繋げた。
佐伯くんもまた、花宮さんと同様ものすごい速さで前との距離を詰めていき、次の柊さんには3位まで伸ばした順位でバトンを繋いだ。
花宮さんが順位を上げだした時から徐々に会場の熱量が増していき、佐伯くんが柊さんにバトンを繋いだ時には「もしかして5組ワンチャンあるんじゃ...」という声も聞こえてきた。
そして何と言っても我らが【花高の天使】が登場したことで、会場のボルテージはマックスに達しようとしていた。
佐伯くんからバトンを受け取った柊さんは、噂には聞いていたがやはり運動もできるというのは事実らしく、かなりのスピードで前の走者に迫っている。
僕にはバトンが動いているようにしか見えないのが難点だが...
そして、柊さんが1位とギリギリ僅差の2位にまで順位を上げて、アンカーの待つラインまで近づいてきたのを確認した僕は、徐々に速度を上げていきながら、柊さんからのバトンを受け取った。
バトンを受け取る瞬間、柊さんから「和泉くん!!頑張れっ!!」と言葉をもらった僕は、確かな胸の高揚を感じながら、トップスピードで駆け出していった。
そこからは無心で走った。
その時の僕はこれまでで一番の集中状態であったと思う。
周りの音も聞こえない自分だけの世界が目の前に広がっているように錯覚し、まるで自分の背中に羽が生えて今にでも空を飛べそうなほど心も体も軽く、気付けば前に大山くんの姿はなくて、僕はぶっちぎりの一位で真っ白なゴールテープを切ったのだった___。
ゴールテープを切った後、呼吸を整えながら周りを見渡してみると、今日の体育祭の中で最高潮と言っても良いほどの歓声が上がり、「なんと!まさかの2年5組が逆転の勝利を収めました!」と放送部の人が言っているのが聞こえてきて、僕にも遅れて一位を取れたんだという実感が湧き始めてきた。
そうして余韻に浸っていると、「ゆーちゃんやったな!」「お見事だったわ和泉くん」と佐伯くん・花宮さんが僕に近づいてきて、2人の後ろには柊さんもいるような気がする。
いや、姿は見えなくても確かに柊さんが居るということが僕には感じられた。
「柊さん、僕やりましたよ!」
「うんっ!!ありがとう和泉くん!!」
こうして大山くんの目論見は打ち砕かれたのであった。
リレーが終わり退場ゲートを4人でくぐって歩いていると、3人から質問が飛んできた。
「それにしてもよ、ゆーちゃん...足速すぎねえか!?」
「ええ、私も和泉くんが陸上を得意なことは知らなかったから、かなりびっくりしたわ」
「和泉くんは中学校で陸上をしていたの?」
「あははっ、えと、中学校じゃなくて小学校の時に、陸上のジュニアチームに入ってたんですよ。一応小学6年の最後の大会では全国2位でしたね」
「「「全国2位!?」」」
「ゆーちゃんめちゃくちゃすげえじゃねえか!そりゃあんなに速いわけだ」
「そんなことないよ、それに小学校までしか陸上はしてないし、今は陸上部の人に比べたら全然だよ」
「どうして和泉くんは陸上を辞めちゃったのか聞いても良いかな?」
「もちろんです、と言ってもそんな大した理由じゃないですけどね。小6の全国決勝で僕の前を走っていた1位の人を見て、『どれだけ頑張っても勝つことはできないだろうな』と自分の限界を感じてしまいまして。努力だけではたどり着けないと思わせるほどの圧倒的な才能の差に情けなくも心がぽっきり折れちゃったんですよね、あははっ。その日から決勝での出来事が走るたびにフラッシュバックして、僕は全力で走ることをやめました。でも、僕は今日、佐伯くんと花宮さん、そして柊さんの走る姿を見て、あの陸上に全力で取り組んでいた時のように胸が熱くなって、僕の中で重りとなっていた走ることに対する劣等感に対して、僕は向き合うことができました。なので3人には本当にありがとうの気持ちで一杯です!」
「そうだったんだね。でもでもっ!感謝したいのは私の方だよっ!だから改めてありがとう和泉くん!!」
「そーだぜゆーちゃん。それに、ゆーちゃんの新しい一面を知れて俺も嬉しいぜ!」
「私たちは友人として当たり前のことをしたまでよ、だからこれからも何かあったら私たちを頼って欲しいわ和泉くん」
「ありがとうみんな!」
クラステントに行くと、今回のリレーの功労者である柊さん、佐伯くん、花宮さんのもとにクラスメイトが集まり、「すごかった!」「めちゃくちゃ良かった」などと声を掛けている。
クラスでの僕の立ち位置は、基本的には教室に1人でいるスクールカースト最底辺であり、加えて仲が良い人以外には距離を置く佐伯くんや花宮さんといった、みんなが話したくても話せない2人や、柊さんと何故か会話をしているということもあって、更にクラスから浮いており(一部からは嫌な視線)、案の定話しかけてくるような人はいないかと苦笑していると、「和泉、お前足速かったんだな」「1位おめでとう」と何人かのクラスメイトが話しかけてきてくれ、僕は笑顔で感謝を伝えておいた。
閉会式では、リレーの順位ポイントが大きな加点となり、2年5組が学年総合優勝に輝いたのだった___。
体育祭が終わった後、クラスでは優勝おめでとうの打ち上げをしようということになったが、佐伯くんと花宮さんはその誘いを一蹴、柊さんも用事があるからと参加を辞退し、そもそも僕は(リレー後に話しかけられたものの)そこまでクラスメイトと仲が深いというわけでもないので呼ばれず、僕たち4人はバラバラに学校外へ出た後、決めておいた集合場所に再度集まり、校外学習の後にも行ったファミレスで4人だけの打ち上げを始めた。
「今回はみんな頑張ったから恭也が全員分のドリンクバーを奢ってくれるそうよ2人とも」と花宮さんが言った時に、佐伯くんは「あ、あの、椿さん?俺何も言ってないんですけど...」と涙目になっていたが、なんだかんだ優しい佐伯くんは今回も奢ってくれた。
打ち上げで、今日のリレーの事の発端になった出来事について佐伯くんと花宮さんに話しをすると、2人から「潰す」や「二度と調子に乗らないようにしてやるか」などと物騒な言葉が聞こえてきた気がしなくもないが、2人は満面の笑みを浮かべながら「「二人は気にしなくてもいいぜ(いいのよ)」」とロボットみたいに平坦な声で言っていたので、僕と柊さんは何も知らないふりをしておくことにした。
その話から何やら急に佐伯くんがニヤニヤしだして、「ということはやっぱりゆーちゃんは柊を助けるためにリレーの順番を変えようとしたんだな、へー」と何かが分かっているかのように言った。
どうして佐伯くんがニヤニヤしているのか分からないので花宮さんに止めてもらおうとしたら、花宮さんも珍しくニヤニヤと笑みを浮かべ始め、「和泉くんも罪な男ね」と変な言いがかりをつけてきたのだった。
柊さんの方を見ると、「あ、あの!えと、その...」と声からも慌てていることが分かり、そんな学校一の人気者が普段は見せない姿を見せてしまうほどあたふたしている様子を見て、僕たち3人は笑みを浮かべた。
打ち上げが終わった後、僕は自分の部屋で改めて今日起こったことを振り返っていた。
どうして僕はいつもだったら絶対にしないような行動をしたのだろうか。
それは柊さんに悲しんでほしくないと僕は思ったからだ。
じゃあ、どうして僕はそう思ったのか...
...実は答えはもうほとんど出ている。
ただそれを口に出してしまうと、今の関係に変化が起こるのは確実だ。
それに僕はクラスの陰キャで柊さんは学校一の美少女、到底釣り合っていないし、周りからの目を見ても明らかだ。
それに僕は学校やLIMEで会話するこの関係が案外気に入っている。
まぁ、一歩踏み出すことへの言い訳にしているだけかもしれないが。
しかし、思い返せば思い返すほど、柊さんが僕に正直な気持ちを打ち明けてくれたこと、信じていると言ってくれたこと、ファミレスで楽しそうに笑っていたところなど、姿は見えない筈なのに脳裏に焼き付いているのは柊さんのことばかりだ。
柊さんのことを考えるだけで胸が高鳴るし、今も今日はLIMEしてくれるのかなとドキドキが体を支配している。
その思いが伝わったのかどうかは分からないが、柊さんからLIMEが届いた。
内容は今日のことや打ち上げのことなどを綴ったものだった。
僕も自分のある種のトラウマに立ち向かうことができたことを改めて柊さんに感謝という形で伝えたりしていると、LIMEのやり取りを終える時間となったので〈柊さん、今日はお疲れさまです!おやすみなさい〉と送信すると、
Mayu〈和泉くんもお疲れさま!おやすみなさい!それと...今日の和泉くん、学校で一番カッコよかったよ!!〉
と返ってきて、柊さんとのLIMEのやり取りは終わった。
柊さんからのLIMEを見た僕は、間違いなく顏を真っ赤にさせていただろう。
それと同時に、今まで感じたことがないほどの嬉しさが込み上げてきて、僕の口角は自然と上がっていった。
そして、僕の中でせき止められていた感情の波が一気に押し寄せ、僕は「これはやっぱりそういうことなのだろうな」と心地良い胸の高揚にその身を委ねることにした。
___どうやら僕は柊さんのことが好きなようだ。
***
体育祭も無事に終わり、今週からは期末試験のテスト週間となっている。
今回も前回の中間テストのように図書室で勉強をしようと考えていたところ、昼休みの時に柊さんから「テスト期間は一緒に図書室で勉強しませんか!?」とお願いされたので、僕は迷うことなくその返事に即答した。
そうして2人で勉強やお喋りをしていた間に、気付いたら下校する時間となったので、2人で今回のテストの重要な部分などを話しながら下校した。
柊さんへの恋心を自覚してから初めての登校だったが、今日の一日を通して更に柊さんへの想いが増した気がする。
このままだと毎日想いが更新されていって、何気ない瞬間に想いが溢れ出してしまいそうだ思い始めていたが、僕の楽しい時間は簡単に終わってしまうのだった...
次の日、3時間目の移動教室から自分のクラスへ戻っている際に、廊下から柊さんと1人の男子の楽しそうな会話が聞こえてきた。
その男子は学校にいる誰もが知っているほど有名な男子で、柊さんとは対照的に【花高の王子】と呼ばれている。
名前は三浦綺羅斗くんと言って、すらっとした身長に、明るい茶色に染めた髪を流行りのマッシュヘアにして、その中性的な甘いマスクで花高の女子たちを魅了している。
佐伯くんもイケメンとして女子たちから人気があるが、最近は花宮さんと付き合っていることが事実として認識され始めていることや、本人が知り合い以外近づくなオーラを出しているということもあり、学校一の男子と言えば三浦くんの名前が上がるだろう。
そんな三浦くんと柊さんが話しているのを遠くから見ている人は僕以外にもいて、「うちの学校の天使と王子が話してるのは絵になるなぁ」「めちゃくちゃお似合いだよね」「もしかしてもう付き合ってたりして」との声が多く聞こえてくる。
実際そう感じさせてしまうほど、2人の声は弾み、柊さんの姿は見えないから分からないが、三浦くんは女子が黄色い歓声を上げてもおかしくはないほどの柔和な笑みを浮かべている。
僕はその状況を見て、何か心の奥底からモヤっとしたものが上がってくるのを感じた。
そうして僕が自分の初めての感情に戸惑っているうちに2人の会話が終わり、2人はそれぞれのクラスへ戻っていったが、別れ際三浦くんが「また一緒に遊びに行こうね」と柊さんに言っているのを聞いてしまった。
僕にはその言葉が耳から離れなかった。
2人は以前に一緒に遊びに行くほど仲が良くて、関係も見た感じ良好、それに柊さんに彼氏がいるのか聞いたことはないので定かではないが、周りが言うにはお似合いの美男美女カップルらしい。
もしかして柊さんは三浦くんとお付き合いをしているのではないだろうか?
僕は今見ていた状況を頭で理解しようとしていくにつれ、自分のモヤっとする胸の痛みが何なのかが分かった。
僕は2人が話すのを見て、醜くも嫉妬をしていたようだ。
そして、この疑問は最悪な形で解決するのだった。
昼休みになり、先ほどの光景が頭から離れず、柊さんと普段通りに会話ができるか不安になったので、一旦気持ちを落ち着かせようと1人でトイレに向かっていると、後ろから意外な人物に声を掛けられた。
「ねぇ、君が和泉くんだよね?僕と少し話さないかい」
声を掛けてきた三浦くんは、2人だけで話がしたいということで、2人で体育館裏まで移動した。
三浦くんは僕に何を話す気なんだろうと考えていると、三浦くんが口を開いた。
「和泉くん、ここに呼んだのは他でもない、柊のことについてなんだ」
「...っ!?」
「君は最近柊と仲が良いらしいね。クラスで一緒に話したりご飯を食べていたりするようじゃないか。それに昨日、たまたま学校を出るのが遅くなったら、君と柊が2人で帰っているところを見てしまってね...単刀直入に言おう和泉くん、柊に関わるのはやめてくれないかな?」
「ど、どういう意味ですか?」
「意味も何もそのままさ。君が柊といるのが目障りなんだ。君は自分の姿を鏡で見たことはあるかい?ぼさっとした印象を受ける伸びた髪に、野暮ったいメガネ、身長は平均くらい、運動はそこそこできるようだけど、全体的な印象としては下の下、クラスの端っこに居るのがお似合いだよね。そんな君と柊は釣り合ってないんだ」
「確かに僕は三浦くんが言うような身なりをしてますが、柊さんが僕の容姿について何か言ったことはありません!」
「君は本当に柊が君のことを悪く言ってないって思っているのかい?」
「...えっ?」
「いつも柊が言ってるよ、『和泉くんに良いところは何もない』ってね。それに君個人が目的で柊が君に話しをしているわけがないだろう?可哀そうだけど僕は優しいからね、教えてあげるよ。君は佐伯くんと花宮さんと話すために渋々話してもらっているだけのモブに過ぎないんだ。もう少しすれば君は必要じゃなくなって、柊に捨てられるだろうね」
「ど、どうして...」
「ん?」
「どうして三浦くんにそんなことが分かるんですか!?」
「はははっ、どうして分かるかって?そんなの簡単さ。柊には秘密だって言われてるけどまぁ良いか。それは【僕と柊が付き合っているから】だよ?」
「...そ、そんな」
「彼女の不満を聞くのは彼氏として当たり前だろう?これで分かったかい和泉くん、君は僕たちの関係に邪魔なんだ。だから金輪際柊とは関わらないでくれ、それじゃあね」
「...」
三浦くんから信じられないような話を聞かされ、僕はその場に蹲った。
三浦くんの言ったことが嘘だと思いたい反面、今日の2人の親しげな様子や周囲の評価を合わせると現実味があるように感じられる。
三浦くんの話によると、柊さんは僕のことを佐伯くんや花宮さんに取り入るための道具くらいにしか思ってないらしい。
毎日一緒に話して、一緒にお昼ご飯を食べて、夜にLIMEをしているのも、全て2人に僕と仲が良いことを示して取り入るための演技だったということなのだろうか。
そんなことを考えていると、ひどく自分がみじめに思えてきた。
僕は利用されているとも気付かずに、馬鹿みたいに勘違いをして行動を起こし、そんな柊さんに好意を持ってしまっている。
当の本人は三浦くんと付き合っているというのに...
僕はそんな自分に笑うことしかできなくなった。
そんな事実を知ってもなお、僕は柊さんに対する怒りなどは全くなく、むしろ今まで柊さんと仲良くしていたことが申し訳なく感じてきた。
僕は制服のポケットからスマホを取り出し、LIMEを開いて、柊さんのアカウントをブロックした。
ブロックすれば、柊さんにわざわざ僕に連絡するという手間を掛けさせなくて良くなるし、連絡することができないと分かれば、わざわざ僕に気を使ってLIMEのアイコンをくまさんのぬいぐるみにしていなくても良くなるだろう。
そうして僕は徐に空を見上げると、空は灰色になり始め、肌にぽつぽつと雨が降り始めてきたのだった。
校舎に戻った僕はのろのろと階段を上がっていると、踊り場で「和泉、ツラ貸せよ」と本日2度目の呼び出しを受けた。
話しかけてきたのは、同じクラスでいつも僕に嫌な視線を送ってきていた陽キャグループの男子3人と、別のクラスの男子2人の5人だった。
そして、グループのリーダーらしき男子がいきなり僕の胸倉を掴んできた。
「な、なにをするんですか!?」
「なにをするんですかじゃねえよ。お前、最近調子に乗り過ぎなんだよ」
「ど、どういうことですか?」
「普段から佐伯や花宮、それに柊と話してるのも気に入らねえが、体育祭でも調子に乗りやがったよな?俺らがリレーに出てさえすれば、楽勝に勝ってもっと盛り上がったのにな」
「あれは僕が走ったから勝ったんじゃなくて、みんなが頑張ったから1位になれただけであって...」
「その自分じゃなくてみんなを立てて話してますーって感じが既に嫌いなんだわ。どうせそうやって良いやつアピールして佐伯たちにも取り入ったんだろ?そうでなきゃお前みたいなダサい奴があの3人のグループに入ってるなんて信じられねえしな」
「そんな...佐伯くんとはちゃんと仲良くなるきっかけがあったし、それに、2人にも仲良くなるために取り入ったりなんかはしてない!」
「ふんっ!どうせ佐伯たちはお前のことなんかなんとも思ってねえよ。どうしてお前みたいな根暗な奴といるメリットなんて何もないのに3人がお前に話しているか分かるか?お前の反応を見て遊んでんだよ。そうじゃなきゃ、俺たちでも話せない佐伯や花宮たちが会話なんてしてくれる訳ねえだろ。だからお前は早く自分のいるべき場所に戻ったほうが良いぜ?どう考えても3人の足引っ張ってんだからよ」
そうして5人は笑い声を上げながら、僕の元を離れていった。
そんな三浦くんと5人の話を聞いた僕は、踊り場で1人立ち尽くしながら、自分の心がぽっきりと音を立てて折れていくのを感じた。
内容はどうであれ、三浦くんと5人の意見は一致しており、僕が佐伯くん・花宮さん・柊さんと関わることが悪いことであり、3人の邪魔になっているということだった。
2回も直接言葉にされたことで、僕に何か反論をするような気力が湧いてくるはずもなく、逆にこの意見に自分でも納得を示してしまっていた。
毎日意識しないようにはしていたが、嫌な視線や小言を言われていることは知っていたし、僕自身も本当に3人と同じグループに居て良いのだろうかと、常に心の隅には罪悪感に似た感情が渦巻いていて、今回のことで心がもう疲れ果ててしまったようだ。
そうしていると目から涙が一筋無意識に流れてきた。
自分があまりにも愚かであったことを自覚していると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、僕はどんな顔で教室に戻ろうかと言い訳を考え始めた。
そうして教室に戻ると案の定3人が話しかけてきてくれたが、僕は要領を得ない言い訳でその場を誤魔化し、目も合わせずに次の授業の準備を始めた。
放課後になるとすぐに僕は教室を飛び出し、足早に校舎から外に出た。
そういえば柊さんに「放課後の図書室勉強はもう無理にやらなくても良いんですよ」と言うのを忘れてしまったが、僕が言おうが言わまいが柊さんにとってはどうでも良いことだろうし、むしろ話しかけて時間を取らせる方が申し訳ないなと思い、そのまま電車に乗って帰宅をした。
教室を出る時に「あっ、和泉くん!ちょっと待って!」と柊さんの僕を呼び止めるような声が聞こえた気もするが、どうせ今でも柊さんに好意を持ってしまっている僕の幻聴だろう。
___その日から僕は柊さん・佐伯くん・花宮さんを避けるようになった。
***
次の日の朝、僕はいつもより一本早い時間の電車に乗り学校へ向かった。
というのも、柊さんはいつも僕が乗っている時間の電車に乗っているからだ。
少しでも接触を避けるためには電車の時間をずらすしかないと思い、今日からこの時間で登校をすることにした。
そうして人もまばらにしかいない学校に到着し、僕はホームルームの時間を潰せる場所を探し始めた。
ホームルームが始まるギリギリにクラスに入った僕は、3人にいつもの挨拶を掛けることなく自分の席について教科書を開いた。
そんな僕を見てくる視線がいくつかあったが、僕は教科書の内容に集中した。
毎回の授業終わりに3人が話しかけようと近づいてくるが、トイレに行くからだなんだと理由を付けて毎回の休憩時間はクラスを離れるようにした。
昼休みも4時間目の授業が終わったらすぐに席を離れ、今朝見つけた屋上前の階段まで移動し、1人でご飯を食べた。
1人でご飯を食べることは一年前だと普通のことだったので前の状態に戻っただけだと自分に言い聞かせたが、久しぶりに食べる1人ぼっちの昼ご飯は、何故か味が薄く感じた。
そのような生活を続け始めてから今日で4日目となった朝、いつものように早い時間の電車で学校の最寄り駅に着き、改札を通ると「和泉くんっ!」と僕の名前を呼ぶ声がした。
どうしてこの時間に居るんだ...と思いながらも、反応を返さないということができるはずもなく、僕は柊さんのもとへ移動したのだった。
今僕たちは以前に佐伯くんの財布を探すときに立ち寄った公園のベンチに座っている。
ここまでの道中で会話はなく、重たい雰囲気だけが漂っている。
ベンチに座って少し経つと、柊さんが口を開いた。
「急に呼び止めちゃってごめんなさい。でも和泉くんにどうしても聞きたいことがあるの」
「なんでしょうか柊さん」
「和泉くん、火曜日から私や佐伯くん、花宮さんのことを避けてる...よね?」
「そ、そんなことありませんよ。勉強についていくのに必死でいつもより話す時間が取れてないだけですよ、あははっ」
「嘘...だよね?この前和泉くんは前回の中間よりも良い点数が取れるように体育祭の準備期間から予習に取り組んでるって言ってたもん。最近いつも乗ってる電車よりも早い時間に乗っているのって私と出会わないためだよね?それにLIMEにメッセージを送っても返信がないから、もしかして私がなにか和泉くんの気に障るようなことしちゃったのかな?」
「...柊さんは何も気に障るようなことはしてませんよ?」
「じゃあどうして!?どうして和泉くんは私たちから距離を取ろうとするの!?どうして私の目を見て話してくれないの!?」
柊さんとはもう3ヶ月ほど同じクラスにいるが、ここまで柊さんが感情を露わにした声を出すのを聞いたのは初めてだ。
僕が柊さんと一緒に居てもメリットなんてありもしないだろうに。
それに柊さんは何も悪くない。
むしろ色々と邪魔をしているのは僕の方だ。
「柊さんたちと一緒に居ると、柊さんたちの評判に傷が付くということに僕は気付いたんです。3人は学校でも人気者で、対する僕は何の取柄もないただのお邪魔虫です。そんな奴が一緒に居るのなんてあまりに釣り合ってないですよね」
「...そ、そんなことないっ!和泉くんには良いところが...」
「正直に話して頂いても良いですよ、柊さん。いつも僕に良いところがないと話しているのは知っているので。実際それは事実なので柊さんのことを悪く言うつもりは全くありませんけどね、あははっ」
「...え?一体どういうことなの?」
この時の僕の心は深いどろどろとした闇のように真っ黒で、頭で何かを思考することができないほど麻痺をしていたのだろう。
そんな僕の口が止まるはずもないのだった。
「三浦くんから聞いたんです。いつも柊さんが嫌々僕と会話してるって。それは佐伯くんと花宮さんと近づくために必要なことだからって」
「そ、そんなことない!」
「それに三浦くんはまだ周りに秘密にしていると言ってましたが、【柊さんと三浦くんってお付き合いしてるんですよね?】」
「えっ...?どうなって...」
「前に廊下で2人が話しているのを見たのですが、とても仲が良さそうで、周りも【お似合いだって言ってましたよ】」
「わ、私、三浦くんと付き合ってなんか...!」
「そうしたら三浦くんに柊さんの邪魔をするのはやめてくれと言われまして。確かにそうですよね、2人は付き合っているのに僕は柊さんの気持ちも考えずに放課後も帰りも一緒に居て、三浦くんとの時間を潰していたんですから。三浦くんが怒るのも当然です。柊さん、今まで邪魔ばかりして本当にごめんなさい。夜のLIMEもめんどくさかったですよね?もう連絡はしないのでブロックして僕のアカウントは消してくださいね」
「...え、えっ?」
「これからは二度と柊さんに近づかないようにするので安心してください。後2人の関係も黙っておくので心配無用です。それじゃあ僕はそろそろ行きますね」
「あっ、ま、待って和泉くんっ!」
「三浦くんと末永くお幸せに...」
そうして僕は柊さんに背を向けて、逃げるように走ってその場を離れた。
後ろから柊さんの「まっ、待って...」というか細い声が聞こえてくるが、僕は無我夢中で走った。
僕は自分が邪魔者であることを伝えた、柊さんは何も悪くなくて自分が悪いということも伝えた、そして三浦くんとの仲を応援することも伝えた...
伝えるべきことは伝えて関わりを絶つことを自分から切り出したのにどうしてだろう、柊さんに背を向けて走る僕の目からは、涙が溢れて止まらなかった___。
___その日、柊さんは学校を休んだ。
その日の昼休み、屋上前の階段でご飯を済ませた後、教室に戻ろうとすると、「和泉くん、少しいいかしら」と花宮さんに呼び止められた。
「どうかしましたか花宮さん」
「和泉くん、単刀直入に聞くわ、私たちに何か隠してるわよね」
「そ、そんなことないですよ?」
「いえ、あなたは意図的に私や恭也、それに柊さんを避けているわ」
「もし...もしそうだとしても、僕なんかが居なくても何も問題はないですよね?」
「そんなことは絶対にないわ。だけど、私が今そんなことを言ったところで意味はないでしょうね。だから、私は待つわ。和泉くんが自分の口からその胸の奥に隠しているものを言うまで待ち続ける」
「どうしてそこまで僕なんかに...」
「決まっているじゃない、私たちは友人でしょ?友人が困っているのを助けるのは当たり前よ。だから和泉くんが本当に私たちを友人だと思ってくれるまで私は待つわ。恭也のことなら任せておいて。私が和泉くんに近づかないようにしっかりと手綱を握っておくわ」
僕は色々と思うことがあるものの、花宮さんの優しさに今は甘えることにし、「...ありがとうございます花宮さん」とだけ伝えて、その場を後にした。
僕と話している間、花宮さんは笑みを浮かべながら優しい口調で話しかけてくれていて、僕には5人が言ってたように花宮さんたちが僕の反応を見て遊んでいるようにはやっぱり思えなかった。
しかし、僕が釣り合っておらず、花宮さんたちの邪魔になっているのは自分の目から見ても明らかなため、花宮さんに胸の内を伝えることはできなかった。
僕は一体どうすれば良いんだ、と自問自答しているうちに、今日の授業は終わりを告げたのだった___。
そうして休日を挟んだ後、期末テストが始まり、特に何も起こることなくテストは終わって、現在は一学期の終了と夏休みの到来を知らせる終業式が終わったところだ。
テストの日から柊さんはいつも通り学校に来ていたが、周りの生徒たちによると柊さんの元気がないように見えるということだった。
今も教室で柊さんに話しかけている人たちがいるが、柊さんの口から出る返答はどこかぎこちない気がする。
しかし、僕が気にしても柊さんに迷惑が掛かるだけなので、僕は窓の外を見つめることに集中した。
成績表が渡され、担任の「夏休みだからって遊んでばっかりいないで勉強しろよー」という声を合図に、いよいよ放課後を迎えたクラスは、これからの予定や夏休みへの期待で騒がしくなっていた。
教室では今から1学期お疲れさま会の開催をしようと、特に参加してほしいであろう柊さん・佐伯くん・花宮さんにそれぞれクラスメイトが声を掛けているが、柊さんは体調が悪いからと欠席、花宮さんは興味ないと一蹴、佐伯くんは「ゆーちゃんがいねえのに行く訳ねえだろ」と誘いを突っぱねていた。
僕はその騒ぎに乗じて教室を出たところだったので、教室から小さく佐伯くんたちの声が廊下に聞こえていただけだったが、僕の胸はなぜか苦しくなって、僕は足早に学校の外に出て、夏休みに何かを期待することもなく帰路についた。
こうして、胸に苦しさを感じたまま僕の夏休みは始まったのだった___。
***
夏休みが始まって一週間と少しの時間が過ぎたが、僕に何か予定があるわけもなく、朝起きて夏休みの課題を消化するだけの一日を過ごしている。
終業式のあった日から、僕の頭の中は柊さん・佐伯くん・花宮さんのことで一杯だった。
夏休みに入って、実際に会っていないということもあり、僕には3人を避けていたことに対する罪悪感や、本当に三浦くんや5人が言っていたことは正しかったのだろうかと冷静に考え始める余裕が生まれ始めていた。
柊さんに関わりを絶つように伝えた後、柊さんが学校を休んだり、その後も元気がないように周りから見えていたのは、もしかしたら僕が原因なのではないだろうか、何度も声を掛けようとしてくれていた佐伯くんとの友情は本当に偽物だったのだろうか、花宮さんは僕のことを信じてくれていたのに、僕はどうして信じ返すことができなかったのか。
僕は一体どうしたら良いのだろう。
何度も答えに手を伸ばそうとするも、解決方法は見出せず、まるで先の見えない暗闇に閉じ込められているかのような閉塞感を感じている。
そうして今日もいつものように何も変化のない虚無な時間を過ごし、気付けば夜も遅い時間になっていた。
最近はこのまま少し本を読んで切りの良いところで寝るのだが、今日は久々に気分転換がてらゲームをやることにした。
そのゲームは僕が3人から距離を置く前は、佐伯くんと花宮さんと一緒にプレイしていたゲームで、もしかすると2人もプレイしているかもしれないが、2人とは普段ならもう少し早い時間にゲームをしていたので、ゲームの時間が被ることはないだろうと僕は都合良く考えていた。
しかし、僕の予想は見事に外れることになった___。
僕がゲームを始めるとすぐに佐伯くんと花宮さんのパーティーから招待が届き、ここ最近になって避けていたことに引け目を感じ始めていた僕は、招待を受け入れ、2人のパーティーに参加することになった。
パーティーに参加すると、そこから2人の話し声がボイスチャットとして聞こえてきて、どうやら明日の花火大会について話しているようだった。
明日の8月1日は、花高方面の場所でこの辺では最大規模の夏祭りが開催される。
そうして僕が参加したことに気付いた2人は、いつものように僕に話しかけてきた。
まるで僕が2人を避けていた時間がなかったかのように優しく話しかけてくれることに僕は困惑を隠せなくなり、思わず「どうして...2人は僕が避けていたのを分かってていつも通りに話してくれるんですか」と口に出してしまった。
すると佐伯くんは「そんなもんゆーちゃんが大事なダチだからに決まってんだろ」と返してきた。
いつも佐伯くんは僕のことを友だちだと口に出しして伝えてくれていた。
友だちになって欲しいと言われたあの日から、僕は佐伯くんから邪険に扱われたことなんてただの一度もなかった。
なのに、僕はそんな佐伯くんの信頼を仇で返すように避け続けている。
それも本人ではなく周りの人に伝えられた真偽が分からないような話でだ。
どちらの言葉を信じれば良いのか、そんなことは考えるまでもなく答えは出ていたのだ。
そうして僕は「2人に聞いて欲しいことがあるのですが聞いてもらえますか」と伝え、あの日のことを2人に隠すことなく伝え始めたのだった。
2人に全て話終えると、時折相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれていた2人からは、これまでに2人が見せたことのない怒りを感じさせる言葉が聞こえてきた。
「三浦の野郎、前からいけすかねえ奴だと思ってはいたが、ここまでのクソ野郎だとは思わなかったぜ」
「同感だわ。勝手に筋違いな嫉妬をして、ありもしない関係をでっち上げるほど気持ちの悪い性格だったなんてね」
「それにクラスのあの調子に乗ってる奴ら、いっぺん分からせてやんねえといけないようだな。椿、あのクソたちになんかあっても俺を止めんなよ。こんなに腹が立つのは久しぶりだぜ」
「はなから止める気なんてないから安心して頂戴。そいつらってどこの中学かしらね、私も久々にチームに連絡取ってみようかしら」
2人からは何やら物騒な声が聞こえてくるが、それが僕のために怒ってくれているということは分かり、僕はただただ嬉しかった。
「ゆーちゃんは俺たちと一緒に居ても釣り合ってないし、俺たちの邪魔になっていると感じたから俺たちを避けていたんだよな?」
「うん、僕の存在が浮いていることは周りの視線を見ても分かっていたから、自分が一緒に居ることに対する罪悪感があって...」
「はぁ~、ゆーちゃんは馬鹿だぜ、大馬鹿だよ」
「...っ!?」
「じゃあよゆーちゃん、そもそも誰が人と人の釣り合いなんて決めてるんだ?誰が一緒に居て良い人といちゃいけねえ人を決めてんだ?そんなもん答えは誰もいねえ、だ。強いて言えば、自分自身だけが人と人との価値をつくれるんだ」
「人と人の価値...」
「あぁ、俺はゆーちゃんのことを一番のダチだと思ってるし、ゆーちゃんも俺や椿のことを友だちだと思ってくれてるだろ?それじゃあダメなのか?俺らがお互いにダチだと認めている以上、部外者に何を言われても関係ねえ。まぁ、そもそも俺たちと一緒に居ること自体がゆーちゃんの負担になってるなら俺らの責任だけどよ、もし俺たちに気を使って罪悪感を感じてるならそんなの感じる必要なんてねえよ。そんなん感じるくらいなら『俺はお前らと違ってあいつらとは親友なんだ!』って胸を張って言ってくれた方が俺や椿は嬉しいぜ」
「佐伯くん...」
「そうよ和泉くん。私が体育祭で言ったことを覚えているかしら。『これからも何かあったら私たちを頼って欲しいわ』と言ったのは嘘じゃないわ。和泉くんが私たちに隠しておきたいことがあるなら私たちは無理には聞かない、でも、今回のように話してくれたら私たちは全力であなたの味方でいると誓うわ。それに私は少し怒ってもいるのよ?和泉くんは優しい人だからこそ、私たちを困らせないように一人で悩む道を選んだのかもしれないけれど、私たちのことを思うならむしろもっと私たちに相談して欲しかったわ。どんな内容であれ、お互いに助け合える関係というのが友情というものでしょう?」
「花宮さん...」
僕は佐伯くんと花宮さんからの言葉を聞いて、自然と涙が溢れてきた。
こんなにも僕のことを大切な友人として接してくれているのに、僕はなんて身勝手でひとりよがりな行動をしてしまったのだろう。
5人から言われた内容は頭の片隅に行き、今は佐伯くんと花宮さんに対する申し訳なさで胸が一杯だった。
だけど、このまま2人の優しさに甘えているだけでは駄目だ。
こんな僕を2人は友だちだと言ってくれているのだ、僕にできることと言えば、自分の思いを伝えることだけだ。
「佐伯くん、花宮さん、僕のことを友だちだと言ってくれてありがとう。僕はこんなにも素敵な友だちに恵まれていたのに、周りの言葉に流されて2人と距離を置こうとした弱い人間です。確かに2人と一緒に居る時に引け目を感じることはあったし、釣り合っていないと言われたときには邪魔をしないようにふるまうのが正解だとも思いました。でも、今はそうは思いません。僕は夏休みに入ってからもやっぱりこう思ってたんです、2人ともっと仲良くなりたい、2人と友だちで居たいって。だから僕はもう周りに縛られない。自分の価値は自分で決める!僕は自分が一緒に居たいと思った佐伯くんと花宮さんと、もっと一緒に居たいです!本当に今日までごめんなさい!タダで許してくれとは思ってません。でも、2人が良ければ、今日からまたこんな僕とも仲良くしてほしいです、お願いします!!」
「ふっ、ゆーちゃんとダチを続けるなんて当たり前だろ、それに俺たちは友人関係を解消してたってわけじゃないしな。改めて、よろしく頼むぜゆーちゃん!」
「和泉くんがいないと恭也も暗くなるし、ゲームも楽しくないし、私も寂しく感じていたわ。むしろ私の方こそこれからもよろしくお願いするわね和泉くん」
「うんっ!2人ともありがとう!」
その後、佐伯くんが「あっ、でもやっぱりタダで許すのもあれだしな~、ゆーちゃん、俺のこと名前で呼んでくれよ」とのお願いがあったので、僕は佐伯くんのことを『恭也くん』と呼ぶことにし、それを聞いていた花宮さんからも「恭也だけ名前呼びなのはずるいわね。私のことも椿で良いわよ、それに和泉くんは私と話すときは恭也の時とは違って敬語でしょう?それもどこか距離を感じていたの。だからもっと崩した感じで話してもらえると嬉しいわ」とのお願いがあったため、花宮さんのことも『椿さん』と呼ぶことにした。
「ちょっと話は戻るんだけどよ、ゆーちゃんの俺たちに釣り合ってる釣り合ってないの話しあっただろ?そんなこと言ったら俺と椿の方がゆーちゃんに釣り合ってねえよな?椿」
「ええ、確かにそうね」
「え!?ど、どういうことなの2人とも?」
「別に隠してたわけでもなかったんだけどよ、俺たち中学じゃいわゆる不良?ヤンキー?ってやつだったからよ、真面目で人想いな善人のゆーちゃんに俺たちは釣り合ってねえよなって話なわけよ」
「え!?恭也くんと椿さんが不良!?」
「おう、俺はこの辺の不良集団のリーダーだったし、椿もこの辺のレディースの総長だったんだぜ?」
「もちろん今はそんなことはしてないわよ和泉くん」
「そ、そうだったんだね!」
「ゆーちゃんはよ、この話を聞いても俺たちと仲良くしたいと思うか?」
「もちろん!確かに2人が不良だったことには驚いたけど、それで僕の中での2人の評価が下がることはないし、今はそうじゃないってことを考えると、2人には何かそうせざるを得ない訳があったんだよね?だから僕は仲良くしたくないなんて絶対に思わないよ!」
「へへっ、ありがとなゆーちゃん。やっぱりゆーちゃんとダチになれて俺は嬉しいぜ。それに、俺も椿も今ゆーちゃんが言ってくれたことをそっくりそのまま返すぜ。だから釣り合ってない云々の話は最初からなかったようなもんなんだよ」
そしてこの話の流れで、恭也くんや椿さんが中学時代の不良チームにまた集まってもらって、僕に余計なことを言った奴らを潰すと言い始めたので、僕はもう気にしてないから大丈夫だよとは伝えたものの、2人の声からは圧が感じられ、どうやら僕には止められそうもなく、僕は苦笑いを浮かべておいた。
その後は、明日の花火大会を一緒に見ようと誘われたので、僕は二つ返事で承諾し、集合場所などを決めていると、そろそろ時間的にお開きの頃合いとなった。
「じゃあ明日また連絡するわ、ゆーちゃん」
「うん!恭也くん、椿さん本当に今日はありがとう!」
「良いってことよ!それよりもゆーちゃん、もう一個やらなくちゃいけねえことがあるよな?」
「うん、分かってるよ恭也くん。僕はまだやらないといけないことが残ってるもんね」
「よしっ、分かってるなら俺からはもう何も口出ししないぜ。けど、なんかあったら頼りにしてくれよ、親友」
「うん、その時はもう迷わない...全力で頼らせてもらうね!」
「和泉くん、今回の一件で私たちと距離を開けるためにLIMEをブロックしてるわよね?」
「あ、あの、ごめんなさい!」
「ふふっ、良いのよ、もう過ぎた話なのだから。それなら私からの伝言よ、私たちとの会話が終わったらLIMEのブロックを解除して通知を確認して欲しいの。恐らくだけど、和泉くんが向き合わないといけないことへのきっかけになるはずよ」
「椿さんは何か知っているの?」
「ふふっ、女の勘ってやつよ」
「分かったよ、この後LIMEは確認しておくね」
「よしそれじゃあ明日に備えて寝るとするか!ゆーちゃんじゃあな!」
「おやすみなさい和泉くん」
「恭也くん、椿さん、おやすみ!」
そうして僕はゲームの電源を落とし、椿さんに言われたようにLIMEのブロックリストをもとに戻して、通知を確認してみると、恭也くんと椿さんからのメッセージと着信のほかに、もう一人からメッセージや着信が来ていた。
トーク画面を開くと、ほとんどがテスト期間から学校が夏休みに入るまでの期間のもので、どうして僕はこんな無視なんかしてしまったのだろうと後悔と罪悪感がこみ上げてきて胸が苦しくなった。
そして画面をスクロールすると、今日の日付で時間はちょうど30分前に届いていたメッセージがあり、そこにはこう書かれていた___。
Mayu〈和泉くん、もう一度だけお話がしたいです。明日の19時、花咲高校の校門前で待っています。〉
***
一夜明け、花火大会当日となり、電車に乗って恭也くんと椿さんと合流したのも束の間、僕は今恭也くんの家から花咲高校までの道のりを自転車で向かっていた。
昨日、柊さんからのLIMEに返信をした僕は、柊さんとの待ち合わせ場所となっている花高に向かう手段を2人に相談したところ、佐伯くんが家に置いてある自転車を貸してくれるということになり、ありがたく拝借させてもらうことにした。
そうして僕は目的に到着し、校門前に近づいていくと、「い、和泉くん...」と僕を呼ぶ声が聞こえたので、僕は柊さんのもとに歩みを進めた。
花高は夏休み期間で時刻は19時頃ということもあり、人は僕ら以外には誰もおらず、校門は閉まっていたが、以前に恭也くんから備品倉庫裏のフェンスから校内に入れるということを聞いていた僕は、フェンスの前に自転車を置き、二人でフェンスのところから校内に入って、中庭のベンチに腰を下ろした。
フェンスを通るときには悪いことをしているという自覚はあったが、柊さんが「悪いことしちゃってるのは分かっているけど、ちょっとドキドキして楽しいね?」と言っていたのを聞いて、自分も同じようにこの状況を少し楽しんでいた。
ベンチに座るまでぎこちなさはあるが会話は続いていたものの、座った途端に会話がなくなってしまった。
そうして無言の時間がしばらく続いた後、柊さんから話をし始めた。
「あの、今日は来てくれてありがとう和泉くん」
「僕の方こそ誘ってくれてありがとうございます柊さん」
「そ、それでね、今日呼んだのはね、えぇと...」
「はい、最後に公園で話した内容のことですよね?」
「う、うん...」
「それなら、同じような話の部分もあると思いますが、僕の話を聞いてもらっても良いですか?」
柊さんから了承の返事をもらったので、僕は昨日恭也くんや椿さんに話したように、三浦くんと5人に言われたことを包み隠さず柊さんに伝え始めた。
以前の僕ならこうして自分のことを伝えることはしなかっただろう。
だけど、僕は恭也くんと椿さんに自分のことを話すための勇気をもらった。
自分で抱え込んで距離を取るのではなく、一緒に悩み助け合うという選択肢があることを知った。
そうしてそれは、僕が校外学習や体育祭で柊さんに伝えていたことそのままであると気付き、僕は柊さんには正直に話すことの大切さを偉そうに伝えたくせに、自分がそもそもできていないじゃないかと昨日の夜に自分を戒めた。
___柊さんの前でもう、ひとりよがりな相手を傷付ける態度は取りたくない。
「...ということがあって、僕は柊さんのことを避けようと思いました。謝っても許されることだとは思っていません。だけど、それでも言わせてください、本当にごめんなさい!!」
「そんなことがあったんだね...でもどうして和泉くんは避けるっていうことをしようと思ったの?」
「それは、周りが僕の存在を3人のお邪魔虫って評価するのと同じように、僕も3人と一緒にいることに引け目を感じていたからです。3人は学校中の人気者、対する僕は何の取柄もないクラスの隅っこに居るような日陰者、そんな僕なんかが本当にこの3人と一緒に居て良いのかなって」
「前にも言ったけど和泉くんには良いところが一杯あるよっ!優しくて、いつも笑顔で、運動もできて...だから取柄がないなんてことは絶対ない!」
「ありがとうございます...でも周りが釣り合ってないと思っているのに気付いておきながら、僕は釣り合おうとする努力を何もしていなかった。恐らくそんな僕にも原因はあったんでしょうね」
「和泉くん...」
「でも、昨日大事な友だちから周りの評価なんて関係ない、自分の価値は自分で決めるものと教えてもらったので、今は胸を張って3人の隣に居ようと思っています」
「うん、和泉くんが私たちに釣り合ってないなんてこと、あるわけないし私たちが思うこともないよ。だってみんな和泉くんだから一緒に居たいって思ってるんだもん。和泉くんの代りは誰もいないよ」
僕は柊さんに自分の弱さを見せ、それでも柊さん・恭也くん・椿さんと一緒に居たいと思ったことを伝えた。
それは紛れもない僕の本心だ。
だけど、その思いとは別に柊さんに対する別の想いが僕の中で膨れ上がっている。
柊さんから距離を取った後も、僕の柊さんに対する想いが弱まっていくことはなく、昨日の夜もどんな形であれ、柊さんともう一度話せることに僕の胸は激しく高鳴っていた。
そうして僕はもう一つの柊さんを避けていた理由について話を続けた。
「僕が柊さんを避けていた理由はもう一つあって、それは公園でも話したように三浦くんが柊さんと付き合っていると聞いたからです。三浦くんと柊さんが話しているのを見た僕は、2人の仲が良好に思えて、三浦くんの言葉を信じてしまったんです...」
「私、三浦くんと付き合ってなんかないよっ!」
「僕は初めて話した三浦くんのことを疑わず、柊さんの話を最後まで聞かないで、三浦くんと柊さんの邪魔をするのは良くないと思い、柊さんから距離を取りました。あの日、勘違いじゃなければ僕のせいで学校を休んだんですよね?」
「う、うん...私は三浦くんどころか誰ともお付き合いなんてしていないのに、どういうことか分からなくて...それに和泉くんに『良いところはない』なんて言ったことも、思ったこともないのにどうしてこうなっちゃったんだろうって」
「本当にごめんなさい。あの時、頭の中で嘘だと思う一方で、周りの人たちが柊さんと三浦君がお似合いのカップルだって言っていたのが離れなくて。柊さんは僕のことを優しいと言ってくれてましたが、柊さんの方が優しくて、みんなに人気があって...そんな素敵な人の彼氏はそりゃあ三浦くんのようなイケメンで爽やかな人なんだろうなと僕も思ったんです。そう思い始めると三浦くんの話も現実のことのように思えてきてそれで...」
「す、素敵っ!?え、えぇと、確かに三浦くんは周りの女の子から人気があるけど、私を見る目が少し怖くて実は苦手なんだぁ」
「えっ、でも三浦くんにまた遊びに行こうと誘われていたということは、前にも遊んだことがあるということですよね?それに柊さんの声は、その、楽しそうに聞こえていたので仲が良いと思っていたのですが」
「三浦くんと遊んだと言っても、一年生の時の打ち上げで、男女グループ10人で遊びに行った一回だけだよ?その遊びも三浦くんからどうしてもと誘われて参加しただけだもん。三浦くんの誘いを断ったってなればクラスの女の子たちに目を付けられるかもしれなかったから渋々参加して、私はすぐに帰ったの。三浦くんとの会話が楽しそうに見えていたのも、周りから逆恨みされないように振る舞っていたからかな。女の子の中にも色々あって大変なんだ、えへへ」
「そ、そうだったんですね。ということは柊さんは三浦くんのことは...」
「うんっ、何とも思ってないよ!それに和泉くんに嘘を伝えたんだもん、むしろ私は怒ってるくらいだよっ!そ、それに、私には気になっている人がいるし...」
柊さんが三浦くんと付き合っておらず、何とも思っていないと言ったのを聞いた瞬間、僕の心には安堵感が広がった。
そして柊さんが現在誰とも付き合っていないということも分かり、僕の胸は急速にドキドキし始めた。
僕は柊さんが話の最中に気になっている人がいると言っていたことを聞き逃さず、柊さんにそのことを聞いてみようとしたところ、柊さんは慌てたように話を反らし、僕が個人的に触れてほしくなかったところの質問をしてきた。
「和泉くんは、その、私と三浦くんの関係が気になっていた...んだよね?」
「えと、その、そうですね、はい...」
「ど、どうしてそこまで気になったのかな!?」
「あの...笑わないでくれますか?」
「和泉くんのことを笑うなんて、私は絶対しないよっ!」
「実は、2人の関係を気にしていたのは、その...2人に嫉妬したからなんです」
「...っ!?」
「2人が仲良く話しているように見えた時や、周りの人たちが2人のことを良い雰囲気だと言っていたのを聞いて、何故か僕の胸は苦しくなって。それで僕は嫉妬をしているんだと思いました。2年生になって初めて柊さんと話し始めたから、1年生から柊さんと知り合いの三浦くんの方が話した期間は長いけど、僕も毎日会話して、LIMEもして、一緒に登下校もしたりしているのに...って、あははっ、気持ち悪いですよね僕」
「...えへへっ///和泉くんは、その、私が他の男の子と話してたことに嫉妬してくれたんだねっ!それに全然気持ち悪くなんてないよっ、むしろ意外な和泉くんの一面が見れて私は嬉しいよ!」
僕は自分の醜い部分を柊さんに晒したが、柊さんは僕が嫉妬をしたっていうことを知れて嬉しいと言った。
もうここまで来て、何も察することができないほど僕も鈍感ではない。
隣の柊さんの方を見ても、姿は相変わらず見えないので、どんな表情をしているのかは分からないが、何かを期待しているような雰囲気はしっかりと感じることができる。
柊さんと出会った時は、姿の見えない幽霊だと思った。
柊さんは自分の学校の天使とも言われるほど人気のある女の子で、当然関わることはないとも思った。
しかし、姿が見えないからこそ、柊さんが内面で感じている感情に気付くことができ、校外学習で話すようになってから、僕の毎日は楽しくて仕方なかった。
それは恭也くん、椿さんが居たのはもちろん、隣で楽しそうに話す柊さんが居てくれたから。
2人で話す他愛無い会話が好きだ、どんな人にも優しい性格が好きだ、天然なところがあって慌てちゃうことが実は多いのも好きだ。
姿が見えないなんてことは関係ない。
___そんな色んな良いところ持った、柊さんが僕は大好きなのだから。
僕は柊さんにこの想いを伝えるべく、柊さんの方に姿勢を向けた。
「柊さん、今日はあの日、僕が自分で勝手に思い込んで柊さんを傷付けてしまったのに、話を聞いてくれてありがとうございました」
「うぅん、全然問題ないよ!それに私は和泉くんに怒っているわけじゃないし、また前のように話してくれるってだけで嬉しいよっ!あっでも、避けられてた時は悲しかったなぁ...なんてねっ!」
「うっ...ごめんなさい。それと柊さんはやっぱり優しいですね。まぁ、そんな優しいところも合わせて柊さんのことが『好き』になった訳なんですが...」
「...えっ?」
「僕にとって柊さんは雲の上の存在だったんです。柊さんは学校で一番人気の女の子ですから。でも話していくうちに、柊さんの優しさに触れて、柊さんのことが頭から離れなくなりました。柊さんは勉強も運動もできて完璧な人間だと言われているけど、一緒に勉強をして、周りの期待に応えるために努力を人一倍している頑張り屋さんなのを知りました。明るくて社交的で、【花高の天使】と言われているのに、意外と天然で普通の女の子なことも知りました。柊さんのことを沢山知っていくにつれて、僕は柊さん、あなたのことが好きになりました。色々あったけど、僕はやっぱり柊さんの隣に居たい!釣り合う釣り合わないなんて関係ない!だって、大好きだから」
「私ね、男の人が怖かったの。自分のことを過大評価しているわけじゃないけど、学校で沢山の人に可愛いと言われているのは知っている。実はね、私中学校の時は地味で目立たない女の子だったの。でも高校に入学する時に自分の中で変わりたい!って思いがあって、色んなオシャレの勉強をして、いわゆる高校デビューってやつを果たしたの。思い切って新しい自分になってみたら、世界が輝いて見えて、私はそんな結果に満足していた。だけど、周囲の目、特に男の子の視線にどこか嫌な感じがあることに気付き始めて...入学して少し経ったら男の子から沢山告白されるようになったんだ。みんなが口を揃えて言うのが、一目ぼれをしたって理由だった。告白を重ねていくうちに私は気付いたの、男の子が私の外見にしか興味がないってことに。それから私は男の子との距離を開けるようになって、違和感のない振る舞いをするようになった。そして2年生になったある日、私は不思議な男の子に出会ったんだ。その人は、私が困っているように見えたからって理由で校外学習の班に私を誘ったそうなの。その男の子と班で集まった時に顔を合わせると、私を本当に心配しているような顔をしていて、そこに他の男の子たちのような嫌な感じは一切なかった。そして校外学習の日、私の話を真摯に聞いてくれたその人は、私にすごいと言ってくれて、いつでも話を聞いてくれるって言ってくれた。色々話していくうちに、その人がとっても優しくて、気の使える人で、他の男の子たちとは違うってことが分かってきて、私はその人に惹かれていったの。体育祭の時は、自分には何の関係もないのに、私のために全力でリレーを走ってくれて本当にカッコよかった。そして、私はその人が大好きになったのっ!避けられていると気付いた日には悲しくて泣いちゃったくらい私の頭の中はその人で一杯で、私もその人、うぅん、和泉くんとずっと一緒に居たいと思ってるっ!好き、大好き、私、和泉くんのことが大好きだよ!」
「柊さん...」
「だから、私を和泉くんの彼女にしてくれませんか?」
「こちらこそ、僕を柊さんの彼氏にしてください」
「うんっ...とっても嬉しいっ!」
そうして柊さんの方に目を向けていると、柊さんの目の辺りから涙が一滴零れ落ち、その涙に気を取られていると、僕は柊さんの姿が見えるようになっていた!
初めて見た柊さんは、噂で聞いていた通り、いやそれ以上の可愛い女の子で、街を歩けば誰でも見入ってしまうほどの整った容姿に、純白で穢れを知らないほど透き通った綺麗な肌、そして亜麻色の綺麗な髪をショートボブにしていて、僕はこんなに可愛い人は他に居るのだろうか、もしかしたら本当に天使なのかもしれないと思考が止まってしまい、こんなに可愛い人が自分の彼女になったということを思い出して、急に頬が熱くなっていき「僕の彼女が可愛すぎる...」と思わず声に出てしまった。
それを聞いた柊さんは「ふぇ!?か、可愛い!?」と可愛らしい声を上げて、モジモジと顔を真っ赤にして照れ始めた。
その姿ですら可愛すぎて僕の身は持ちそうになかったのに「でも、和泉くんから、か、可愛いって言われるのは、その、嬉しい...よ?えへへっ」と上目遣いの笑顔を見せられた僕は、あまりの尊さに一瞬意識を飛ばしてしまうのだった。
意識が戻ってきた後、柊さんのことを改めて見てみると、柊さんは白を基調とした花の柄が入った浴衣を身に付けており、髪も低い位置で二つ結び(ツインテール)にしていた。
「あ、あの!」
「は、はいっ!」
「柊さん、浴衣とっても、その、お似合いです!」
「あ、ありがとう和泉くん///」
「浴衣を着ているってことはもしかしてこの後に誰かと花火を見る約束をしてましたか?もしそうだったら話を長引かせちゃってごめんなさい!」
「うぅん!違うの!これは、今日少し遅い時間まで外出するから、家族に花火を見に行くって言っちゃって...だから外出する理由のために着てきたって感じなの」
「じゃあ、この後の予定は特に何もないってことですか?」
「後は帰るだけだよ?」
「その、柊さんが良ければなんですが、僕と一緒に花火見に行きませんか!?」
「えっ!?ほんと!?私も和泉くんと一緒に花火見たいなっ!!」
「それじゃあ、花火が見えるところまで移動しようと思うんですが、恭也くんと椿さんが祭りの会場よりも綺麗に花火が見える場所を知っているらしくて、2人の出身中学校まで来てほしいそうなんですが、そっちに向かっても良いですか?」
「私は問題ないよっ!だけど、今から乗って間に合う電車はあるかな?後30分くらいしか花火の時間までないよね?」
「そこでなんですが、もし柊さんが嫌じゃなければ、僕が恭也くんから借してもらった自転車を二人乗りしてその中学校に向かおうと思うんですが...その、どうでしょうか?もちろん僕が責任をもって安全運転で自転車を漕ぐので」
「えぇ!?私は大丈夫だけど、和泉くんは大丈夫なの!?距離も聞いた話だとそれなりにあるっぽいし、無理しちゃだめだよ!」
「花火を見たいって言ったのも、自転車での移動を提案したのも僕ですしね。それに、ちょっと柊さんにカッコいいところ見せようかなぁ~なんて、あははっ。ということで僕に任せてください!」
「は、はい...///」
僕たちは中庭のベンチから移動して自転車のところに戻ってきて、二人乗りの準備を始めた。
「警察の人に見つかる心配もあるっちゃありますが、今もなんだかんだ学校に不法侵入していた感じなので、もう心配事は割り切っちゃうことにします!」
「えへへっ、それじゃあ私たちは共犯だねっ和泉くん!」
「あははっ、そうですね!」
そうして僕たちの自転車での移動は始まった。
荷台に座っている柊さんは僕の腰に手を寄せており、体も僕の背中に預けているので、柊さんから柔らかい感触が伝わってくるが、僕は心を鬼にして自転車を漕ぐことに集中をした。
後ろに柊さんが乗った時に「私、重くないかなぁ...」と心配していたが、僕はむしろ柊さんが軽すぎることに驚いてしまい、「柊さんは天使のように軽いですよ!」と言ったところ、ポコポコと可愛らしい攻撃を背中に受けたのだった。
夏の蒸し暑い空気を肌で感じながら、最近の距離を取っていた分を取り返すかのように柊さんと背中越しに会話する自転車の時間は、自転車を漕いでいる疲れを忘れるくらい楽しいものだった___。
自転車を漕いで、目的地の中学校に近づくと、「おーい、ゆーちゃんこっちだ」と恭也くんの呼ぶ声が聞こえたので、僕たちは自転車を下り、恭也くんのもとに向かった。
「恭也くんに椿さんも待たせちゃってごめんね」
「花火もまだ始まってねえし、全然問題ねえよ。それよりも...その様子だと無事に仲直りできたみてえだな」
「そうね、2人で自転車に乗っていたのも見させてもらったわ」
「えっ!?2人とも見てたの!?」
「えぇ、とっても楽しそうでお似合いだったわよ?」
「お、お似合い...!?えへへっ」
「もう!椿さんからかわないでくださいよぉ!」
「ふふっ、ごめんなさいわね」
「おっ、ということは、2人はようやく付き合ったのか?」
「ようやくってどういうことなの恭也くん?」
「え?だってゆーちゃんも柊もお互いのことをいつも目で追ってるし、なにより2人で話してるときの雰囲気を見たら、近くにいる奴は誰だって気付くと思うぜ?なぁ椿」
「むしろどうしてまだ付き合ってないのかしらと思うくらいには、好意が見え見えだったわよ2人とも」
「そ、そんなに分かりやすかったなんて...」
「は、恥ずかしいよぉ...///」
「へへっ、まぁ良いじゃねえか!こうして仲直りして付き合い始めたんだからよ。それにしてもゆーちゃん、【花高の天使】を落とすなんてやっぱり俺の親友は只者じゃねえな!」
「そうね、和泉くんにはそれだけ人を惹きつける魅力があるってことかしらね」
「からかうのはやめてよ2人とも!あははっ」
恭也くんと椿さんに軽くいじられた後、花火を見る場所に移動しようということで、僕たちは中学校の中に入って行き、階段を上がって学校の屋上までやってきた。
学校に入れたことや、屋上の鍵が開いている理由を2人に聞いたが、2人は満面の笑みを浮かべるだけであり、僕と柊さんは苦笑してこれ以上深くは聞かないことにした。
「あれ?屋上にレジャーシートが引いてあるよ?恭也くん」
「あぁ、それは2人が来る前に俺と椿が置いておいたんだ。よしっ、それじゃあゆーちゃんと柊はここで花火を見るといい。俺と椿は下の階の教室から花火を見ることにするぜ」
「えっ?佐伯くんと花宮さんは一緒に花火を見ないの?」
「私たちは前もそこで花火を見ているし、何より柊さんは和泉くんと2人で見る初めての花火でしょう?2人の邪魔をするほど私たちは空気を読めないわけではないわ」
「邪魔だなんて...うぅん、ありがとう花宮さん!今度2人でお出かけでもどうかなっ!?」
「ふふっ、楽しみにしておくわね。それと私のことは名前で呼んでくれても構わないわ。私も真優って呼んでも良いかしら?」
「うんっ!よろしくね椿ちゃんっ!」
「つーことで俺らは下の階に行くぜ。花火が終わったら玄関で集合な」
「ありがとう恭也くん!」
そうして柊さんと2人になった僕は、とりあえずシートに座ろうと柊さんに提案し、2人でシートに腰を下ろした。
時間を見るともう少しで花火の打ち上げが始まりそうだ。
「えへへっ、椿ちゃんと佐伯くんのおかげだねっ」
「そうですね、2人に感謝しないと。柊さんと2人で花火が見れて僕は嬉しいです」
「私も嬉しいっ!」
「ところでなんですが...柊さんは中間テストの時のお願いを聞く権利のことを覚えてますか?」
「うんっ覚えてるよ?」
「じゃあ、その権利を今ここで使っても良いでしょうか?」
「それは全然大丈夫だけど、どんなお願いなのかな?」
「柊さんが嫌じゃなければなんですが...その、柊さんのことを名前で呼んでも良いですか?」
「...」
「も、もしかして嫌、でしたか?」
「そ、そんなことないよ!!むしろその逆で、和泉くんから名前で呼んでもらえるのが嬉しくて、口元が緩むのを抑えてたの!」
「か、可愛い...」
「ふぇ!?」
「あ、えぇと、では名前で呼ぶのはオッケーということで良いですか?」
「う、うんっ!」
「それじゃあ、その...ま、真優さん」
「...っ!?えへへっ」
「ど、どうかしましたか!?」
「あの、和泉くん!もう一度呼んでもらっても良いかな!?」
「は、はい。その...真優さん」
「えへへっ!私幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだよぉ~」
「...」
僕が名前を呼ぶと真優さんは頬に手を当てながら、嬉しそうに体を揺らし始めた。
やっぱり僕の彼女は本当に天使かもしれない。
そんな可愛らしい動きをしている真優さんから目が離せず、僕の顔は次第に熱くなっていった。
「あっ!今の和泉くんのお願いは中間テストの時のご褒美だよね?じゃあ、期末テストを頑張ったご褒美としてお互いにお願いできる権がもう一度使えるようにするのはどうかなっ!」
「そんな簡単に決めちゃって良いんですか?僕は全然構いませんが」
「ありがとうっ!それじゃあ私も和泉くんのことを名前で呼んでも良いかな?」
「もちろん良いですよ!」
「それじゃあ...ゆ、優太くん」
「...っ!なるほど、確かにこれは幸せな気持ちになっちゃいますね、あははっ」
「でしょ!!その分とっても恥ずかしいんだけどね、えへへっ」
「確かに、恥ずかしくて真優さんの顔が見れないです」
「ふふっ、それとね、もう一つだけわがままを聞いてもらっても良いかな?」
「お願いする権利なんてなくても真優さんのお願いなら何でも聞きますよ?」
「ありがとう優太くん!じゃあね、私と話すときも椿ちゃんや佐伯くんと話すときみたいに接してほしいんだ。敬語だと距離を感じちゃうし、それに、わ、私たちはお付き合いをしているので...」
「分かりまし...じゃなくて、分かったよ真優さん。これで良いかな?」
「うんっ!!お願い聞いてくれてありがとね優太くん!」
「じゃあこの流れで僕のお願いも聞いてもらって良いかな?」
「もちろんだよっ!」
「それじゃあ...ま、真優さんと手を繋ぎたいです」
「...っ///」
「だめ...かな?」
「うぅん、私も優太くんと手、繋ぎたいな...」
そうして真優さんはゆっくりと手を近づけてきて、僕は真優さんの手を優しく包み込むように繋ぎ始めた。
手を絡めた瞬間、真優さんはビクッと緊張した感じだったが、徐々に繋ぐ力も強くなり、僕たちはお互いの手の温もりを感じていた。
真優さんの手は小さくてスベスベで、今にも壊れてしまいそうな繊細なガラス細工を手に取っているように僕は感じた。
僕はこれから先、この温かくて小さな手を絶対に離したりしないと心に決めた。
そうして手を繋いでいると、ドーン!という大きな音と共に、美しい夏の花が夜空一面に咲き始めた。
恭也くんと椿さんがおすすめしてくれた場所ということもあり、花火が視界一面に広がって、その一瞬一瞬の輝きに僕たちは引き込まれた。
隣で真優さんの「わぁ、綺麗...」という声が聞こえたので、僕は真優さんの方を見ると、それに気づいたのか真優さんも僕の方に向き、「今日はありがとう優太くん。私、今とっても幸せだよ」という言葉と共に、本当に幸せなんだと分かるほどの笑みを真優さんは浮かべていた。
僕にはその笑みが今日の花火よりも世界で一番綺麗で、美しく、そして輝いているように見えた___。
花火を見終わった僕と真優さんが集合場所の玄関前に行くと、恭也くんと椿さんが待っていて、真優さんと椿さんが会話をし始めたので、僕は恭也くんに今日の感謝を告げた。
「恭也くん、今日は本当に色々とありがとう!」
「おうよ!それより、柊との仲は深まったか」
「おかげさまで、距離もぐっと近づいたと思うよ」
「へへっ、なら良かったぜ!俺も椿も2人のことを応援してるからよ、また困ったことが何でも言ってくれよな、力になるぜ」
「じゃあ早速なんだけど、恭也くんにお願いしたいことがあるんだけど、良いかな?」
「もちろん!それで、ゆーちゃんの頼み事ってのは何なんだ?」
「実は...」
「ははっ!それは良いな!それなら後で椿にも協力してもらうように言っとくぜ。善は急げだ、明日早速取り掛かるか!」
「うんっ!よろしく頼むよ恭也くん!」
「親友のためだ、俺に任せとけっ!」
そうして、恭也くんに自転車を返した後、僕と真優さんは電車で帰るため2人とは中学校で解散をし、真優さんと他愛無い会話をしながら帰りの時間も楽しんだ。
電車に乗っている時に真優さんから一緒にお出掛けしたいとの可愛らしいお願いがあったので、僕は明後日の正午に真優さんと出掛ける約束をした。
今日は本当に色々なことがあり、布団に入るとすぐに睡魔が襲ってきて、僕はゆっくりと目を閉じた。
目を閉じると、花火の時に見た真優さんの笑顔を思い出し、やっぱり大好きだなぁと自分の胸が暖かくなるのを感じながら、僕は心地良い感覚のまま意識を手放したのだった___。
***
今日は真優さんとのお出掛けの日であり、僕は集合時間の一時間前に真優さんの最寄り駅に到着した。
今日はここで集合した後、花高とは逆方面の電車に乗って大きなショッピングモールに行くことになっている。
緊張や楽しみで、はやる気持ちを抑えられず、一時間も前に集合場所に着いてしまったが、このまま近くで時間を潰そうかなと思っていると、目の前に真優さんがいるのを僕は見つけた。
どうして一時間前にいるのだろうとは思ったが、それは本人に聞けば分かるだろうと思い、僕は真優さんに声を掛けた。
「真優さん!」
「この声は優太くん?って、えっ!?」
「真優さん、どうかしたの?」
「あ、え、えと、その、優太くん...なんだよね?」
「あっ、もしかして髪を切ったから分からなかったのかな、あははっ」
花火大会の日の最後、僕は恭也くんにイメージを変えたいと伝え、昨日は恭也くんと椿さんに協力してもらって、恭也くん行きつけの美容室に行って髪を切ってもらったり、2人に服を見てもらったりした。
眼鏡もやめてコンタクトにし、髪を切った自分の姿を見ると、僕は自分が自分でないように思えるほど自身の印象が変わったように感じた。
恭也くんと椿さんは僕の変わった姿を絶賛してくれて、「前は髪が長くて眼鏡もしてたから分からなかったけど、ゆーちゃんが三浦なんて霞んじまうくらいのイケメンだったなんてな、みんなその姿を見たらびっくりするだろうな!」「本当に私もびっくりしたわ...今の和泉くんは誰が見ても振り返るほどのイケメンね。これはむしろ真優の方がこれから大変になりそうね...」と2人は僕に言っていた。
椿さんの言っていたことの一部はどういう意味か分からなかったが、お世辞であれ2人が僕の変身は完璧だと太鼓判を出してくれたのは嬉しかった。
そうして僕は昨日の変身した姿で真優さんの前に現れたのだが、真優さんは顔を真っ赤にさせて固まってしまった。
「僕の髪とかどこか変だったかな?」
「...カッコいぃ///」
「えっ!?あ、あの、その、ありがとう真優さん、あははっ」
「...はぅ。笑顔もカッコよすぎるよぉ///」
「あははっ。真優さんの彼氏になったけど、僕はまだ周りに認められている訳じゃない。でも、僕は真優さんと一緒に居たいから、みんなに釣り合っていると思ってもらえるように、自分に自信をつけるところから始めようと思って、まずはイメチェンしてみたんだ」
「優太くん...」
「だから、これからもっと真優さんの自慢の彼氏になれるように努力していくから、僕のこと、いつも隣で見ていてくれる?」
「うんっ!!...それに、優太くんの隣は誰にも渡さないんだからっ」
「真優さん、今何か言ってたかな?」
「うぅん!なんでもないよっ!えへへっ」
「それと、真優さん、今日の服とっても似合ってて可愛い...です」
「...っ!!あ、ありがとう///嬉しいっ!!」
そうして僕たちは予定の電車が来るまで、駅近くの喫茶店で過ごそうということになり、手を繋いで喫茶店に向かった。
道中にどうして一時間前に来ていたのかを真優さんに聞いたところ、「優太くんとのお出掛けが楽しみで、その、早く家を出ちゃったんだぁ、えへへっ」とのことで、僕と同じように真優さんも今日を楽しみにしてくれていたんだと分かり、僕は自然と笑顔になっていた。
僕が笑顔で「僕も全く同じ理由で早く着いちゃったんだ、でも、真優さんと一時間も早く会うことができて嬉しいなぁ」と本心を伝えると、真優さんの顔と耳は真っ赤になった。そんな姿も可愛いなぁと真優さんを見つめていると、真優さんが「優太くん、大好き...///」と顔を赤くしながら僕に言ってきたことで、僕の顔も熱くなっていき、「僕も大好きだよ、真優さん」と何とか恥ずかしさを抑えて僕は返したのだった___。
僕たちは目的の喫茶店に到着し、注文をし終わった後、お互いを見つめながら会話のない静かな時間を過ごしている。
普通はこんな無言の時間が続くと気まずくなってしまうのに、真優さんとだとそんな時間もすごく心地良くて、真優さんもそれを感じているのか僕に柔らかい笑顔を向けている。
僕は今日、真優さんに話したいことがある。
それを言えば他の人だと聞く耳を持たないかもしれないが、真優さんならちゃんと聞いてくれるという確信が僕にはあるのだ。
その現象は僕と真優さんが話すきっかけをくれた不思議な現象だ。
どうしてそのように見えていたのか、理由は結局分からず仕舞いだが、僕はそんな不思議な体験に感謝していた。
話の切り出し方はもう決めている。
注文していたものが届いたタイミングで、僕は真優さんに話し始めた。
「真優さん、僕の身に起こった不思議な話を聞いてもらっても良いかな?」
「うんっ!私に聞かせて欲しいな!」
それは僕と真優さんの不思議な出会いのお話___。
「僕のクラスには、世界で一番可愛くて優しい幽霊がいたんだ___」