第4話 喫茶店で始まる王様ゲーム
からん。
ドアベル付きのファミレスのような喫茶店に入った俺たち。
休日のお昼時だというのに人が全然入っていない。
少しだけ我が町の商店街の行く末が心配になるが、今はそれどころではない。
偽の彼女だとばれそうな「罰」が王様から命じられる可能性があることに、気付いてしまったからだ。
「ご自由にどうぞ~」と言い、そそくさと退場したウェイトレスを横目に俺は夏乃さんにアイコンタクトをした。
ちらりちらりと夏乃さんをガンミする。
しかし、夏乃さんは微笑むだけで俺の意図に全く気付いてくれない。
しびれを切らした俺は夏乃さんにウインクすることにした。
慣れない眼光の操作に戸惑いつつも、ぴくりと右目を閉じる。
すると夏乃さんはハッとした表情をして、両手で丸を作った。
これが俗にいうハイコンテクストだ。
言語を使用しなくても相手の言いたいことを察する文化。
俺は自分の生まれた国に感謝しつつ、ホッと一息つくと白奈が耳うちしてきた。
「あのさ晴幸くん。カッコつけようとしてたでしょ! でも今の顔は、顔面痙攣症患者のようで気持ち悪かったよ。あんな顔をしても平気なのは私くらいだよ」
さり気なくディスってくる白奈は、いっそ清々しさすら感じる。
俺は白奈のどうでもいいアドバイスを無視して通路を進むと、白奈は不満そうに頬を膨らまて小言を言った。
「ざーこざーこ晴幸のざーこ……。一生彼女なんてできなくてよかったのに」
「さり気なく呼び捨て!?」
すると日本ドラマのようなオーバーリアクションで口を開けた。
「別に好きになったわけじゃなくて、その、その、なんていうか彼女できたの一生の運使ったなって」
意味の分からないお言葉ありがとうございマス!
夏乃さんとのコンビネーションで彼女マウントしてやる。
俺は心に決めた。
そうとも知らずに白奈は喫茶店の一番奥にある角の机を指差した。
「他のお客さんに迷惑かかりそうだし、ここにしよ」
ニンマリと笑った白奈。
意外とこういうところはしっかりとしている。
老夫婦が遠くのカウンターにいるだけの繁盛していない喫茶店ではあるので意味はないけれど。
俺たちは最果ての角のテーブルに座り、白奈のスマホを見た。
装飾がないシンプルなフルーツフォンは、ギャルっぽくないともいえる。
そんなディスプレイには、『王様ゲーム』の文字。
背景は中世ヨーロッパ風の城があり、それぞれのアバターが木の棒を持っている。
「攻撃対象を選べるの! 木の棒で攻撃対象を攻撃する。最後に勝ち残った人が王様!」
白奈を王様にしたくない俺にとっては、好都合だ。
バレない程度に夏乃さんと協力して白奈をやっつければいい。
夏乃さんをチラリとみる。
『まかせてください♡』
そう言っているような気がしたので、俺は頷く。
1回目の王様ゲーム。
当然俺は白奈のアバターを攻撃対象にする。
しかし、ディスプレイには驚愕の事実が映し出された。
夏乃さん、白奈のアバターはなんと俺のアバターを攻撃して成功。
そして最終的に白奈のアバターは、夏乃さんのアバターを倒していた。
どうしてこうなった。
勝ち誇った白奈はニンマリと笑いながら俺を見る。
「白奈ってかわいい?」
白奈はディスプレイに表示されている選択肢をタップしながら、子憎たらしい笑みを浮かべた。
「もちろん嘘はつかないでよね。楽しくなくなっちゃうから!」
グヌヌヌ。
俺が嘘をつけないことを知っているからこその余裕だった。
「幼馴染として、学校内でも最高にかわいい部類に入る、と個人的には、そう……思わなくもない……」
なんだろう、敗北した女騎士の気分だ。
最高級のアーマーを剥がされて、丸裸にされた気分。
夏乃さんは夏乃さんで、ションボリしてごめんなさいと頭を下げているし。
まぁ気を取り直して2回目だ。
2回目の王様ゲーム。
意図を理解してくれた夏乃さんが白奈を攻撃するもミス。
続く俺の攻撃もミスで結局、白奈が再び勝った。
「ニヒヒヒ」
うざい声で笑った白奈は、『白奈にキスをする』を選択した。
「お前……!」
「私が王様なのだ! 頭が高いぞ晴幸!」
俺がキスするはずがないと考えたうえでの行動だ。
ていうか、うぜえ……
俺は首をブンブンと振る。
「無理無理できるわけないだろ!」
「どうして?」
「そりゃー彼女がいるし」
「ふーん、それだけ……?」
なんで悲しそうな顔してんだよ!
って突っ込みは置いておいて、
「とにかく無理なものは無理」
「ふーん……美少女にキスするチャンスを逃すんだー」
「そりゃー彼女いるしな」
俺そう言うと白奈は残念そうに溜息をついた。
「じゃあ次でいいよ。仕方がなく本当に仕方がなく、晴幸くんが男らしくないから」
はい、無視。
3回目の王様ゲーム。
今度は計画通りに事が運び、夏乃さんが王様になった。
夏乃さんは「うーん……そうですねー」と唸った後に、俺の頭を撫でるを選択した。
本来の要望である彼女マウントからは程遠い選択だ。
「いいです晴幸くん。えらいえらい今日も一日生きててくれてありがとうございます」
くすぐったいくらいの甘々な言葉をかけてくる。
「棘のある言葉より癒しの言葉の方がいいですよね春幸くん」
夏乃さんの意図が全くわからない。
今日も生きてて偉いってなんだよ!
ここは地獄なのか!?
「そう言うのがいいんだ……」
ボソッと呟く白奈。
「そりゃまぁ、褒められて伸びない子なんていないからな。誰だって癒しが必要だろ。毎日こうしてくれるんだ夏乃さん」
なんて答えたが……夏乃さんそれは少しやりすぎ説あります。
からかうどころか、時代の最先端を行っていないか少々心配だ。
「驚きすぎて唇かんじゃったよ。最近はそういうのが流行ってるんだね……」
「あのさ白奈。毎日彼氏にざっこ―って言ってる方が驚天動地だけど」
何とかこの意味不明な彼氏彼女関係を誤魔化そうと試みた。
案の定、白奈は大きな目を見開いて目をキョロキョロさせ始める。
「だから彼氏には言ってないし! てか驚天動地ってなに? てか彼氏なんていないもん……」
最後の方はあまりにも小声過ぎて聞き取れなかったが全然いい。
少し挙動不審な白奈が気になるが、きっと俺たちの仲が良いイチャイチャを見てショックを受けたのだろう。
今、俺すごくきもちいい。
余韻に浸りながら予め注文していたジュースをぴゅるるると飲み込む。
「4回目行きましょうか」
夏乃さんの声だった。
「え、うん、そうだね」
白奈は元気がなかった。
小悪魔の覇気がなくなっているので、少しマウントし返し過ぎたのかもしれない。
だから俺は首を横に振った。
『もういいよ』のジェスチャーだ。
これ以上は少しやりすぎかもしれない。
かわいい彼女がいるんだ、とマウントすることは十分できた。
「あ! すみません。私急用ができてしまったようです」
意図を察した夏乃さんは腕時計を指差して申し訳なさそうに謝っていた。
「え? そうなの?」
「親に呼ばれてしまいまして」
「そっかーそれなら仕方がないね。でも晴幸に夏乃ちゃんはもったいないよ」
相変らずのディスだ。
さっきの発言は撤回できるよな……
俺は自分のバカさに恥じている間も白奈は続ける。
「全て平凡でしょ。取柄もないし。でも唯一あるとすれば優しいんだよね……」
どういう風の吹きまわしか分からないが、白奈は俺を褒めていた。
少しだけ恥ずかしそうにしている白奈。
「ええ、晴幸くんは優しいです。私もそこが好きなのです」
瞬間、柔らかい感触が右半身に。
夏乃さんだった。
夏乃さんは俺の右半身に絡みついている。
エクストラ料金は発生しますか?思わずそう呟きたくなっていると、白奈は顔を真っ赤にして目を閉じた。
「そう言うのは別の場所でやってよね!」
「なんだ白奈、ただのハグじゃないか。こんなの欧米では普通だろ?」
「ここは日本だから!」
「ははーん。その反応、そういうことかよ白奈」
今この瞬間に威勢の柔らかさに触れた俺と、異性に触れられない白奈とでは圧倒的な差がある。
隙をみせたからこうなるんだ。
まさか彼氏マウントしていた白奈が、男性経験全くなしの初心な少女だとは。
レンタル彼女を借りて良かったと心底思う。
もしレンタル彼女を借りなければ、白奈にずっとからかわれていた。
でも、今日からは違う。
俺は圧倒的なアドバンテージを得たんだ。
王者の貫禄。
俺は夏乃さんの腕に逆に絡みついた。
白奈の顔が沸騰したように真っ赤に染まる。
「夏乃さん今日はありがとう。今この瞬間のお礼はまた今度でいいですか」
さり気なくエクストラ料金が発生するかどうかを聞くと、夏乃さんは首を横に振った。
「陰の応援がしたかったので」
意味の分からないことを言って夏乃さんは立ち上がる。
「それとあんまりおいたしちゃダメですよ♡」
人差し指をクロスした夏乃さんは、去っていった。
そしてとても魅力的だった。
そうとても。
「夏乃さん凄い綺麗でかわいい人だった」
「だろ?」
「うん、晴幸くんの彼女には全く見えない」
相変らずのディス。
俺はニヒヒヒとなぜか嬉しそうに笑っている白奈にこういうのだった。
「白奈、お前実は処女で彼氏なんていないだろ」
そして、桃のように顔を染め上げた白奈は、目をキョロキョロさせてこう言うのだった。
「え! そ、そ、そ、そそんなわけないでしょ!?」
バレバレな嘘を隠そうとする白奈の本音がいつ聞けるか楽しみだ。
だからこれから俺は白奈に悪戯を続けていこうと思う。
完結にならない不具合が出たので再掲載。
今回はどうなっているか分かりませんが、一応完結しました。
人気が出れば続きを書くかもしれません。最後まで読んでいただきありがとうございました。