第1話 彼女いないのざっこー♡
「晴幸くんさ~、彼女欲しくないの?」
桜舞う通学路でなぜか隣を歩く、一応幼馴染の楓原白奈はニヤニヤと口をゆがめた。
一応と言ったのには理由があり、僕とこいつは別に全然仲が良くないからだ。
ただ偶然隣の家に住んでるだけの、本当に偶然の関係。
だから遊ぶこともないし、話すことも滅多にない。
ただこうやって時々、楓原白奈は俺をからかってくる。
「なんだよ、お前には関係ないだろ。というか、一緒に帰ると彼氏に迷惑かかるんじゃないのか。この間だって、彼氏が~って言ってたじゃん」
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃん。だって晴幸だし」
挙動不審に目をキョロキョロさせた白奈は、めちゃくちゃ噛んでいた。
どう考えても怪しい。実は彼氏なんていないんじゃないか、と考えたくもなる挙動不審に、僕は勝機だと思い、ニヤリと口角を上げざるを得なかった。
「実は、彼氏いないんだろ??」
すると白奈は大きな声でそれを否定した。
「います~! いるに決まってんじゃん! もう高校2年生なんだからね!」
自信満々に宣言する白奈を見て、俺はこの話題への興味が0になった。
彼女がいない俺と、彼氏がいる白奈。
これ以上続けたら、流石の僕でもメンタルが崩壊してしまう。
白奈が自慢げに髪をパサリと肩からおろしながら、ニヤニヤと口角を上げながら顔を傾けてくるので、俺は無視をして近くにあった電柱に視線を逸らした。
見事な電柱だ。
これはアンティークだな。
古びた柱だからか、ほんの少しだけ曲がっているように思える。
「もしかして、もしかして嫉妬してる?」
肩をポンポンと叩かれた反動で、僕は電柱を睨みつけてしまった。
いや肩をポンと叩かれたからではない。
白奈の不快な言葉が俺の耳に入ってきたからだ。
「なんで嫉妬するんだよ! 第一お前と俺は幼馴染と言っても家が近いくらいだろ、接点なんてないんだから嫉妬するわけないだろ」
「じゃあドキドキしてるとか?」
ニヒヒヒとにやけながら、楽しそうに質問する白奈を見て、イラっとした。
「なぜそうなる」
「だって、学年一可愛いと言われている白奈ちゃんが隣にいるんだもん」
「はぁ!?」
意味が分からない僕は、白奈の真意を確かめようと凝視する。
「な、なに!?」
「目を逸らすな。これはゲームだ」
「ゲーム……??」
「そうゲーム。目を離すってことはドキドキするってことだろ、つまり好きってことだろ」
俺がそう言うと白奈は、「あー」と言いながら頷いた。
「その勝負乗った!」
馬鹿である。
一応幼馴染なので白奈の扱い方はなれている。
白奈は意外と負けず嫌いなところがあって、勝負事が大好きだ。
徒競走から帰り支度のスピード勝負まで、なんでもするのがこいつだ。
そう、これはただの逃亡作戦だ。
俺は白奈を見ながら徐々に距離を取ろうとした。
しかし白奈はそんな俺の目を凝視しながら、またしてもニヤリと笑った。
「あのさ、晴幸くん。その手は、もう古い! 中学時代に一度やったことがあったでしょ!!」
「そ、そうだったか?」
俺は覚えていないのでそう言うと、白奈は頷く。
「さあ、復讐の時間だ!!」
ヴァンパイアのような長い犬歯をむき出しにして笑った白奈の姿は、本当におとぎ話上の悪役に見えた。
俺はごくりと邪魔な唾を飲み込むと、
「晴幸くん。彼女いないのざっこー♡! もしかして、女の子からモテない!?」
「お前……お前……俺をいたぶりたいのか?」
「え? ちょ、まって! なんでそんなに真剣になるの!! 違うって」
慌てふてめいている白奈は、余裕そうに手を振っている。
僕は心底悔しかった。
僕は心底くやしい。
彼女!? はぁなにそれ?
そんなもんいるか!!
いるわけないだろ!! なんせまだ強盗に脅迫されている美少女と出会っていないからな。
「ねぇ、怒ってる……? 嘘だよ嘘嘘!」
手をブンブンと横に振って嘘アピールしている一応幼馴染の白奈。
そんな彼女を見ていると、ときどき嘘をつきたくなる。
「いるよ」
「え? 今なんて……」
「だからいるよ!! 清楚で可愛い彼女がいる。ドブにはまっている女の子を助けたんだ。そしたらその子俺に惚れてさ、付き合うことになったんだ」
「ドブ……? ドブってあのよくマンガとか出てくる?」
「え、ああ、そう」
しまった。
『最近はどこもドブが塞がれているからいいが、俺が子供の頃はドブに足を突っ込んでたんだぞ』と、親父が嘆いていたんだった。
つまり、あいているドブなんてないということだ。
俺は、金属でできた網目状の物体と、コンクリートで固められた物体をどこまでも目で追った。
「夏休みに祖母ちゃん家に行ったときさ、ほら田舎だからドブがあって、偶然清楚な女の子と出会ってしまったんだなこれが」
「ふ、ふーん。そ、そうなんだ。な、夏休みね。てことはもうすぐ1年?」
感づかれたのか、白奈のニヤニヤ顔は崩れていた。
しかし感づかれたとしてもどうでもいい。
今まで俺をからかっていた白奈に恋人でマウントが取れるんだ。
もちろん最後には嘘だと伝えるが、もう少しだけからかってもいいだろう。
「土日に遊ぶことになってるんだ」
「へ、へぇー、意外とやることやってたんだね」
「まぁそりゃー白奈の彼氏歴には敵わないだろうし、まだ、せくもしてないけど」
「せ、せ、セク!?!?!?!?」
「はぁーなに驚いてんだ。そんなことで」
「そんなこと!?!?!?!? まだ高校生だよ!?」
「なんだ、学年一かわいい白奈様はまだ未経験か」
俺がそう言うと白奈は顔を赤くしながら、目をキョロキョロと動かした。
「そんなこと言うなんて! 女の子なのに! セクなんて……」
「え、いや、たしかにそうだけど」
もしかして、モテる白奈からしてもセクは行き過ぎた行為だったのかもしれない。
白奈の顔は真っ赤に染まっていた。
その表情を見てそろそろ嘘だとバレる時だなと考えた俺は、ばらすために深呼吸をすると、
「ねえ、ちょっと会ってみたい的な?」
「え!?!?!?」
「会ってみたい」
「な、な、なんで!!」
「清楚で可愛い女の子なんでしょ、ほ、ほら本当かどうか確かめてやろうかと思って」
下をペロッと出した白奈は、続ける。
「嘘かどうか確かめる必要あるじゃん!?」
「一応聞いておきたい……嘘だったらどうなるんだ?」
すると一応幼馴染の白奈は今まで見てきた中で一番邪悪な笑みを浮かべた。
「幼馴染とはいえ容赦しない、地獄のような日々が待っていると思って! 例えば学校で彼女いると言いふらしたり」
それを聞いた瞬間には、俺は頷いていた。
「分かってるよ、嘘なんかじゃない。敬語で喋ってくれる可愛い女の子なんだよな。土日に紹介するよ、なぜあまり話さないお前に紹介せなならんのか知らんけどさ」
息を吐くように嘘が出た。
「へ、へぇー……そこまで言うんだ。相当かわいいんだね」
「え? あ、ああ。ほら清楚系アイドル声優の雨宮夏乃みたいな」
「そこで声優を出されても分からないんだけど! オタクにしか分からない話したら、可愛い彼女に振られるよ?」
「ま、まぁ、全部含めて好きらしいから」
そういうと白奈は、まるで怒っているかのようにぷっくりと両頬を膨らませた。
「私の方が知ってるし」
「いやそれは当たり前だろ。仲良くなかったとはいえ、幼稚園からの付き合いだからな。必然的にお互いのことを知ることになる」
「その返し、オタク臭い」
といつものように辛辣な言葉を返してきた白奈は、続ける。
「まぁ寛大な白奈ちゃんは、幼馴染にオタクみたいなこと言われても許してあげるけど」
「すごい自信だな……」
「だって客観的に見ても私って超かわいいと思わない!?」
僕は白奈のドヤ顔を見て、再び帰路の旅に戻ることにした。
「ちょっと! なんで無視するの?」
袖をガッと掴まれた俺は、これ以上進むことができず、やむを得ず答えることにした。
「なんでって、どう返したらいいんだよ。俺は彼女持ちだし」
もちろん大嘘だ。もうどうにでもなれって感じだ。
ここまできたら徹底的にからかおう。
土日には、もったいないけどレンタル彼女でも借りればいい。
そして数週間後には別れた設定にすればいいんだ。
「幼馴染だしノーカンでしょ?」
「そうだな」
再び僕は相手にすることなく、歩き出す。
「そういえば最近私、彼氏と海に行ったんだよね」
「へー」
「そしたらさ、彼氏いない間にナンパされちゃって」
「へー」
「『君、僕の血を吸ってくれないか』ってナンパされたの。君の白い肌に、その長い犬歯、そして柔らかい表情にすらっと伸びた手足、完璧だって」
「へー」
なんかここだけ生々しいな。
「それでね、あーやっぱり私ってかわいいだなーって」
「それで?」
「え? いやなんでもないけど、晴幸くん幸せ者だよねって」
「は? なんで」
「だってこんなに可愛い幼馴染がいるんだよ?」
「はぁ……」
「めちゃくちゃだるそうに言うの止めて」
「いや実際だるいんだが。いいか、俺は彼女がいるんだ。例え超絶かわいい一応幼馴染がいたとしても、俺は彼女しか見えないからな」
ヨッシャ言ってやったぞ!!
彼女マウントってやつは、偉大だな。
「そう言われてもね。俺、彼女いるし。彼女しか勝たんし」
「私の方が絶対に可愛いく尽くすのに」
「……は?」
「まぁ、晴幸君には絶対にしないけどね」
どや顔でニヤニヤと笑いながら宣言するとは子憎たらしい。
「まぁとにかく俺は彼女がいるんで、これからは弄り禁止な(いないけど)」
「それは無理……ぴょーん!」
すると突然ウサギの耳を模す。
俺は呆れて溜息が出た。
「あのさ、楓原。俺を虐めるより彼氏を虐める方が有意義だとは思わないか?」
「うわぁー何その言い方……たまに変な言い回しするよね」
「例えばさ、彼氏に向かって、キスできないなんてざっこー♡ほらほら、って手足を縛って言えばいい」
「少しは人の話を聞いて!」
「放課後の二人っきりで下校するときも、私の隣にいれて嬉しいとかさ」
「もうそれ以上は言わないで!」
言いそうな言葉をピックアップしただけなのに、白奈の頬はなぜかほんのり赤く染まっていた。
「まぁとにかくだな。もう家についたから。また明日学校でな」
「土日楽しみにしてるから! 嘘ついたら一日中学校で粘着してやるんだからね」
恐ろしい笑みを見せる白奈を見て、恐怖で心臓がドキドキになった。
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