一歩さんは酔いやすい
「ぅおぇぇぇぇ…」
オレは光に包まれて気を失っていた、気がする。
落下するような浮遊するような、とにかく重力を感じないのに動いている感覚が気持ち悪くて吐きそうになって、グロッキーな感じになって気を失ったのだ。
気分が台無しだ。
いや、気分は悪かったのだから最初から台無しだったのだが、異世界に行くのはもっと華々しい感じというか、煌びやかな感じではないのだろうか?
ちなみにオレは、アニメ派だから小説でディティールが書いてあっても最初から読んでいない。
いやそんなことはどうでもよくて!
「おぉ!これが異世界!」
オレが倒れたところは、町から少し離れた草原のようだ。
距離的には、十五分くらい?とにかくそんなに離れていないところに町が見える。
「うーむ、町が壁に囲われているってことは、やっぱり魔物とか出るのかな?」
オレはキョロキョロと周りを見るが、とりあえず見える範囲にはなにもなさそうだ。
「しかし落とすなら街の中に落としてくれよ…」
そう言いながら、何気なく自分の手を見る。
「ん?」
見慣れた手なのだが、なんとなく艶があるような…
自分の顔を触ってみる。
「あれ…これはもしかして!」
仕事でボロ雑巾のようにズタボロのカサカサになっていたはずのオレの肌が、プルプルのすべすべになっている。
間違いないぞ、これは確実に若返っている!
「うひょぉ、やったぜ!」
オレは鏡を見たくて仕方がなかったが、とりあえず街に着くまではお預けだ。
「いやいや、待てよ」
目、鼻、口の位置と輪郭を確かめてみる。ついでに体型も確認する。
「うーん、多分変わってないな」
どうやらイケメンに転生したとかではなく、自分のまま単純に若返ったようだ。
どうせなら、という欲もあるにはあるが、とりあえずはOKだ。異世界に連れてこられたのと引き換えに若返ったのなら、コスパとしてはいい…んだろうか。
「まぁいいや。よし!とりあえず向かってみよう!」
「いったぁ〜」
ん?
聞き覚えのある声、これはついさっき初対面、いや初対声でオレの尊厳を踏み潰そうとした、自称おっちょこちょいの堕天使ではないだろうか。
おそるおそる振り返ると、やっぱりというか案の定というか、とにかく喜ばしいことではないことは間違いない光景がそこにあった。
「ちょっと、なんで私がこんな目にあわないといけないのよ!中村さんでしたっけ?!どうするつもりなのよ!」
と捲し立てた後
「ふえぇ〜ん、ガミ様ごめんなさい〜、今度はちゃんとやりますからもどしてぐださいぃぃ」
自分の感情を隠さずに変化する様は「素直」というのが最上級の表現だろうか。しかしそれ以外になると「見た目の割に子供」「イタイ子」「目を合わせたらいけない人」「アホ」というマイナスの表現しか出てこない。
うん、この堕天使は放って行こう
「あ!ちょっと待ちなさいよ!私みたいな可愛い天使を放っていくなんて悪魔以外いないわよ!なに、それともあなた悪魔なわけ?」
「やかましい!人違いで異世界に無理矢理連れてこさせられてなんで悪魔呼ばわりされないといかんのだ!」
「あー!そういうこと言う?あんただってちょっと乗り気でしかもコスパ王とか自発的に職業選んだなじゃないの!だいたいあんな職業でどうやって私天使に戻ればいいのよぉぉぉ」
こちらに非がない状態でそれはそれは自己都合な理由で泣かれる身としては「困る」という以外に上手い表現が浮かばないのだが、女の子が泣いているのに放って行くというのはやはりいかがなものかとか、道徳的というか良識的というか、フェミニストではないオレでも流石に平気な顔はしていられない。
「あ、いや、堕天使さんの立場からするとまぁ気の毒だよね。しかしその…そう、そもそもどうして堕天使になったの?」
「ぎくり」
あ、何かやったんですね。
「ま、まぁそれはいいじゃないですか。そうね。旅は道連れって言いますし、あなたの能力に期待はできないけど、とりあえずあそこの街まで行きましょう」
なんなのだ、「 」の中にワンセンテンス人の神経を逆撫でするような言葉を入れないと気が済まないのかこの堕天使は。やっぱりこいつは置いて一人で行こうかと思ったところ…
グルルル…
え?
なんだろう、ものすごい重低音が響いたぞ。
自分の腹の音かと思いたかったが、明らかに違う。まるで動物園で聞いたライオンが威嚇するときに使う唸り声のような音だ。
そしてここが動物園と違うのは…
おそるおそるその声の方に視線を向けると、さっきまではいなかったはずの熊のような魔物が目を光らせてこちらを見ていた。