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プロローグ

「…わかりました、来月は目標を達成するためにしっかり計画を立てて進めます」


ズームが切れる。


やっと終わった。

テレワークを導入してから突如始まった上司との月一面談は、オレにとって苦痛でしかなかった。

今着手している仕事の進捗状況、今月の成果、来月の目標…これらを上司に報告し、今後に活かすという取り組みというのだが、要は、今まで出社して仕事しているフリはできたが、自宅勤務になって会社も「こいつちゃんと仕事してんの?」ということで成果を差し出せ、さもないと給料を減らすぞ、と言って来ているのだ。


それ自体は会社として、雇っている人間に対し成果物を求めるのは至極当然のことであり、真っ当なことだ。

反論などあるわけもないしする気もない。


だが。


「やーる気でねー」


普通はこういうのでモチベーションが上がったりするのだろうか?

だとしたら自分は天邪鬼なのだろうか。否、それはわかっている。ケツを叩かれなければやらないくせに、催促されるとやる気がなくなる。まるで勉強しろと親から言われると「やる気無くした」とか言ってる中学生だ。

仕事は真面目にやっているつもりだ。中には自宅で仕事できるのをいいことに、彼女とイチャイチャしながらやってる奴もいるらしい。俺はそんなことしない。いないからと言われればぐうの音も出ないのだが…

しかしテレワークだからといって彼氏彼女といちゃつくなんてことができる奴は総じて要領がいい。

一方俺はというと、三十路を超えてもこれと言った甲斐性もなく、かといって新卒のようなフレッシュさもなくなり、仕事に慣れて来たはいいがこれといって特別な能力がついた気配もない。


「目標なんかねーよー」


家には一人。

悪態をつこうが弱音を吐こうがこれも自由である。

それなのにこの言葉を口にすることすら罪悪感や恐れがある。

何を恐れているのか。

それは、言葉が具現化して「やる気が出ない」→「仕事が手につかなくなる」→「成果が出せなくなる」→「自分の居場所がなくなる」ということを恐れているのだ。


面談は嫌いだ。


だが会社はこれを継続するだろう。なぜって、俺は多分この面談で決まったことをこなすために仕事をする。

そして少しでも形になれば、上司は「面談の成果だ」となるだろう。

モチベーションなど関係ないのだ。


否、モチベーションを高く持って、且つ成果を出す奴、これが最高だろう。

そういう奴がきっと出世する。


だから、俺は多分出世できない。


「いいさ、それでも生活さえできれば」


多くは望まない。平和ないい時代に生まれたと思えば、ゆるゆると生活して穏やかに死ねればそれで。


「本当に?」

「あぁ、本当だ…あれ?」


俺は周りを見回す。

いやいや、確かに最近外に出る機会は減った。放っておけば三日くらい家に閉じこもりっきりということも多い。

だが別に病んでるわけじゃない、と思っている。


「気のせい?」

「違うわよ!」


やっぱりだ。何かがいる。しかも外側からではない。俺の頭の中から声が聞こえる。

そしてその声は俺に話しかけて来ている。


「あの…誰でしょう?気持ち悪いんで出てってもらってもいいですか」

「ちょ、気持ち悪いとはなによ!せっかくうまい話を持って来た天使に対して気持ち悪いとはなによ!」


人の頭の中に侵入し、勝手に話しかけた感想を正直に伝えるとキレる。

不法侵入ではないか、と思ったが人の頭の中に勝手に入ってはいけないという法律などあっただろうか。その辺は自信がないので言わない。しかしそんなことがまかり通る世の中ではまずいだろう。


しかしうまい話っていうのはなんだろうか?


「あなた今、うまい話を聞きたいと思ったわね。ふふん、私があなたのものになって甲斐甲斐しくお世話でもすると思ったのかしら。残念だったわね、それだけは無理ってもんよ」


…だめだ、やっぱり疲れているらしい。仕事の愚痴なんか言ってごめんよ。現実を受け入れるにはまずは睡眠が不可欠だ。少し昼寝でもしてリフレッシュさせよう。


「あー!あなた今寝ようとしてるわね!そうはさせないんだから!私あと三分しかあなたに話しかけられないのよ!ちょっと、聞いてる!聞いてますかー?おーい、返事くらいしろ、このどうt」


「だー!おい!黙って聞いてりゃなんだお前!今何言おうとした!なんで姿を見せないような奴にそこまでいわれにゃならんのだ!」


しかし…ん?


あと三分?


そうか、つまりあと三分黙っておけばこの声は自然になくなると言うことか


「ぎく」


ぎく、じゃねぇよ。


なんなのだ。バカなのか。大体この手のものだったら女神とかなんだろうが頭の弱い感じは見ていて痛々しい。

やっぱり残りの時間黙っていようか。


「ぶっぶー、私は女神なんかじゃないわよ。ちょっとしたおっちょこちょいで堕天させられた天使よ」

「あー、堕天使さんっすね。お疲れ様です」

「いや!ちょっとそうやって私を空気みたいな存在であしらわないで!お願い!あなたを異世界に連れて行くかどうかで私の堕天が解かれるかどうかかかってるのよ!」

「え?異世界?」

「そうよ!こんなクソつまらない世界にいるよりも絶対面白い世界よ。どう?行きたくなったでしょう?」


時間がないからと言って雑な押し売りを受け入れるほどお人好しだと思うなよこの堕天使。


「しかも今ならお好きな職業に就くことができる特典付き!ほら、見なさいよ!」


そう言うと、俺の頭の中になにやら職業が書かれたリストがいきなり映像化された。


「これは…」


気持ち悪い感覚だ。VRを装着していないのに目の前は現実世界よりも内側の世界の方が濃厚になる。


「すごいでしょう?さ、なんにする?」


軽い。軽すぎる。しかし職業のリストには興味が出てしまって思わず文字を追ってしまう。

 

 ・最初からレベルマックスの勇者

 ・最初から大魔法や禁呪などあらゆる魔法が使える賢者

 ・傷を負う前に回復するから絶対に怪我をしない回復術師

 ・最強であるが故に誰も手を出さないから静かに暮らせる幻獣ドラゴン

 ・何者にも縛られない実力者、風来坊

 ・資産運用の鬼。絶対に金に困らない商人

 ・万物を欲望のままに手に入れることができる魔王


その他、宮廷音楽家、世紀の大発見が約束されている科学者、歴史に名を残すことが確定されている政治家など

、説明書きの煩い職業がずらりと並んでいる。


「うーん」

「どう?人気なのはやっぱり勇者と賢者ですね。私的には商人なんかもおすすめですよ。戦わなくていいし金に困らないし」

中途半端な事務感を出してこの堕天使はこのまま押し切るつもりだ。


しかし…


確かにこの世界に未練があるかと言うと、そんなにない。

両親は既に他界し、彼女もいない、誰かを食わせているという責任もなければ別に縛られるものは特にないのだ。


だが勇者はだめだ。仲間を集めて、まとめて、そして世界平和のために戦うのだ。責任が重いし面倒なことが多すぎる。

賢者はちょっと憧れるが、人生の大半を魔法に奪われそうだ。転生しても性格が変わるわけでないなら、そんなにガリガリ勉強するのも億劫だ。

怪我をしないだけの回復術師なんて論外だし、ドラゴンと風来坊って、全然違うはずなのにこうしてみると若干かぶってないか?


「うーん」

「ちょっとぉ!時間がないんですけどぉ!早くしてくれないと困るんですけどぉ!」

「うるさい!やっぱりやめ…」


といいかけたところで、リストの一番下にあった職業が目に留まる。


「人生におけるあらゆる収支がプラスになるコスパ王…?」


「あーそれね。全然人気ない職業よ。ド派手な魔法や能力があるわけでもないし、大して強くもないわよ」

「どんな能力?」

「えっと、わかりやすく言うと、確か運がいいのと、買い物上手って感じかしら。ね?やっぱり勇者とかの方がいいでしょう?」

「じゃぁ。このコスパ王で」

「そうよね。はいはい、コスパお…え?本当に?」

「うん」

「いやいや、村上さんそれは…」

「は?村上?」

「え?村上セイジさんですよね?」

「いや、中村一歩ですけど」

「へ?いや、あれ?」


姿は見えないがなにやら焦って紙をペラペラと捲るような音が聞こえる。そして

「あー!」と堕天使が高い声でそう叫ぶと、あたり一面が光に包まれる。

直感だが、オレの希望が承認されたようだ。


「いや。ちょっと神様、これは手違いで!ごめんなさい、急いで向かいますからぁぁぁ!」


堕天使の願いも虚しく、オレは異世界へ転生した。

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