急成長、そして暗雲
現地へ行き、視察を終えた商人ギルドは、改めて将来性ありと判断した。
そして、本格的に”ダンジョン村”の建設に着手し始める。
先頭で指揮を執るカトリーヌについて、ドロテアはノウハウを学びながら手伝うこととなる。
素直にいう事を聞き、前向きに取り組むドロテアに、カトリーヌは気前よく仕事を教えた。
とは言え、どこまで順調にゆくのかは不透明なため、始めは様子見程度に、一棟の複合商業施設を立てた。
宿屋や道具屋などが一所に集まったものだ。規模としては小さいが、手始めとしてはこんなものだろう。
商人ギルドは、その竣工を待って、まずはウォルバー内の冒険者ギルドへ声を掛けた。
価値のある遺物が、近くの迷宮にあったということで、始めは半信半疑だった冒険者ギルドだったが、実際に潜ってみると、ドロテアが見つけたような金貨や彫刻の類がいくつも確認された。
この事実が広まると、俄かにウォルバー辺境の迷宮は注目を浴びだす。
迷宮へと訪れる冒険者は、徐々にその数を増やしていった。
その期を逃すまいと、ダンジョンの近くに商業施設を次々と立ててゆく。
すなわち、遺物や素材の買い取り店舗、質屋、飲食店、娯楽施設や治療施設などだ。
迷宮に潜る前に景気づけと称し暴飲暴食をする者がいれば、迷宮で得た宝物や素材を売り払い、娯楽施設で豪遊する者もいる。
……また、迷宮は適度に危険で、潜った冒険者には死者や重傷者も出ていた。しかし、これは悪いことではない。
商人ギルドは、遺品回収業者達と手を組み、死体から装備をはぎ取り、少し整備して店頭に並べた。これも、重要な収入源となる。
それに使われる商店の全てが、商人ギルドの所有物なのだ。
”ダンジョン村”の叩きだす利益は、うなぎ上りに上がってゆく。
―――”ダンジョン村”の経営が順調になって喜んでいたドロテアとカトリーヌだったが、そこに一筋の闇が差そうとしていた。
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ウォルバーの現・統治者である貴族、ウェイン伯爵は、税務部門から上げられた報告に目を通していた。
痩せぎすで長身の男だ。目は落ち窪み、陰鬱な印象を与える。
読んでいた報告書を、デスクの上に放り投げる。
「……なんだ?一部の辺境で、やたら税収が上がっているが」
「ええ。それなんですが、商人ギルド共が、何か新しい事業を始めたらしく、それが軌道に乗っているということらしいです」
ウェイン伯爵に揉み手で報告をしているのは、税務職員長のピーターだ。
脂ぎった顔の中年で、腹は大きく突き出ている。室内は暑くはないが、額に湧き出る汗を常にハンカチでぬぐっている。
「ウェイン伯爵の領地で、派手に儲けているわけですから、これはご報告が必要かと……」
卑屈に笑うピーターに、ウェイン伯爵は頷いた。
「当然だ。一部の資本家のみに富が集中する事態は、全くもって望ましくない……。
正義のために、一度話し合いが必要なようだな」
もっともらしく話すウェイン伯爵に、調子を合わせてピーターは揉み手を激しくする。
「ええ、ええ。全く以ってその通りです。……いつ乗り込みますか?」
「ふむ。分かった以上、さっさと糺されねばなるまい。……明日出発するぞ。腹心の税務職員を集めておけ」
「承知いたしました。では、準備を行いますので、私はこれで……」
米つきバッタのように頭を下げながら、ピーターはウェイン伯爵の部屋を後にする。
執務室の扉が閉じられ、ピーターが立ち去ったのを見届けて、ティーカップに口をつける。
濃い目に入れられた紅茶を啜る。
……ウェイン伯爵は、もともとこの土地に土着していた貴族ではない。
ほんの10年ほど前、さる騒動のどさくさに紛れ、この土地を手に入れたに過ぎない。
この土地を手に入れるまでは、中級貴族のボンクラ4男坊に過ぎなかったのだ。
従って、ウェイン自体はこの土地にさほど影響力を持っていない。
しかし、せっかく一国一城の主となったのだ、とウェインは思う。
カネとはそれ即ち力だ。
大金を手に入れ、俺を馬鹿にしていた兄弟や、上級貴族を見返してやりたいと考えている。
そのために、学生時代の悪友である、ピーターを税務部門のトップに据えた。
収賄や公共工事、備品の発注において、リベートやキックバックを受けたりしていたのだが、所詮田舎だけあって、どうにも額が少なかった。
……だが、このウォルバーのさらに辺境で、商人ギルドが儲かる事業を始めたらしい。
金の匂いを嗅ぎつけたウェインはほくそ笑む。
商人ギルドだが何だか知らないが、精々俺に献金をすればいい。
なぜなら俺こそが、ここ、ウォルバーの貴族、……支配者なのだから。