故郷へ戻る
商人ギルドは、攻勢の手を緩めない。
第三者委員会として、スカイラーが持っていた企業の悪事を暴きまくった商人ギルドは、延長線上として、その企業を監査、監督する権利を得た。
当然、メイソン侯爵の助力があってこそだが……。
それからは、企業を立ち直らせるふりをして、スカイラーに繋がりがある重役連中を一掃した。
彼らが残っていると、何かと邪魔される恐れがある。また、スカイラーが出所した際に、不正の手引きをしないとも限らない。不穏分子は早めに消しておいた方が良い。
彼らに対し背任や汚職の罪を着せ、懲戒解雇の処分を下す。
人事形態をまっさらにした後は、メイソン侯爵や、商人ギルドの息がかかった人材を送り込んだ。
これで実質、企業の乗っ取りを行ったことになる。
また、業務の効率化や集約という名目で、土地や設備を次々に売り払って現金化した。
その金を人件費や新規事業の資金として処理する。多少高めに設定されたそれは、リベートとして、メイソン侯爵、商人ギルド、通信貿易ギルドの懐へと入ることとなった。
こうして、スカイラーの持っていた企業は、その全てが潰えることとなった。
当然、他人名義で持っていた企業もあったが、何せ、今は国家が後ろ盾についているのだ。
堂々と登記簿を確認し、偽名や雇用情報、親戚関係まですべてさかのぼり、関連のある企業は全てを支配する事ができた。
……これで、奴が釈放されたとしても、もはや頼るところはどこにも無くなったのだ。
それと並行し、隠し口座の捜索も行われていた。
通信貿易ギルドの力を借り、隣国の銀行にまで交渉を行う。
スカイラーは、偽名を使う際、いくつかの印章を使い分けているようだった。
なので、その全ての印影を銀行の窓口に見せ、これを使う者がいれば、即座に通報してもらうよう頼んだ。
……その結果、スカイラーは通報され見つかったという事だ。
辺境の地への流罪が確定したそうだが、馬車で連れてゆかれる前に、最期の足掻きをしたらしい。
敵ながら、その執念深さには驚かされる。
だが……、これで、希望のすべてが打ち砕かれたはずだ。
もう、奴も年だ。再起する気も起こらないだろう。
スカイラーの流刑が執行されたのち、メイソン侯爵は、ウォルバーについての陳情を行ってくれた。
すなわち、スカイラーによって、不正な養子縁組が組まれ、関係の無い者が統治を行っていること。そして、彼らが税務署と手を組み、不正三昧を行ってきたこと。
それを聞いた国王は、慌てて指令を下した。
急ぎ、正当な後継者を探し、正常な状態に戻すこと。不正を行った統治貴族に、しかるべき罰を与えること―――。
この指令により、前統治貴族であったクラナハ伯爵の令嬢である、ドロテアが正当な統治貴族として認められることとなった。
叙任書が届いたとき、カトリーヌとニーナは、我が事のように喜んでくれた。
カトリーヌは、宿屋の食堂を借り切って、ささやかながらも、祝宴の席を設けてくれた。
彼女自ら腕を振るい、美味しい料理を仕上げてくれる。
”ダンジョン村”設立当初からドロテアを知る古参メンバーも集まり、賑やかな一夜となった。彼らもまた、ドロテアの叙任を喜んでくれた。
もちろん、統治貴族と近づくことで、商人ギルドの影響力が強くなる、という打算的な面もあるにはあるだろうが。それ以上に、個人的に喜んでくれているように感じたのだ。
楽しい夜はあっという間に過ぎ、翌日となる。
中央都市での仕事に一区切りがついたと判断したカトリーヌは、ウォルバーに戻ることにした。
一部の人員は中央都市へ残し、スカイラーから奪った事業の運営に当たらせることにする。
……ドロテアの叙任もあるのだ。それも手伝ってやらねばならない。
どちらかというとそちらが本音だが、ウォルバーに残してきた”ダンジョン村”がどうなっているのか気になるのも事実だ。
ウォルバーに戻る前に、通信貿易ギルドのレジナルドと、メイソン侯爵へ挨拶を済ませておくことにする。
彼らは、皆一様に別れを惜しんだ。
レジナルドは、
「いやあ、スカイラー侯爵関連では、派手に稼がせて貰ったな……。我がギルドの知名度も上がったし、万々歳だ。また、何かあったら教えてくれよ。
そっちの商人ギルドについても、広告やら何やら打ちたいのなら、大負けに負けとくぜ。
……元気でな」
メイソン侯爵は、
「お疲れさまです。あなたたちのお陰で、中央都市のパワーバランスは大幅に変化しました……。
これで、良い方へと進んでゆくでしょう。また、近いうちにお会いすることもあると思います。
どうぞ、お元気で」
メイソン侯爵の元からは、去り際に、さりげなく献金の事を伝えられた。
協力する気持ちだとは言ってはいたが、金を納めろという事に他ならない。
とは言え、メイソン侯爵には世話になったし、常識的な金額だったので、献金を支払うことに異論はない。むしろ、上級貴族との繋がりができたと思えば、喜んで払いたいくらいだ。
頭を下げ、メイソン侯爵の応接室から去る。
ドロテアたち商人ギルド一行は、のんびりとウォルバーへの道を帰り始めた。
……打倒スカイラー侯爵のために、中央都市へと向かっていたのとは正反対の、穏やかでゆっくりとした足取りだ。
帰りの馬車の中、ドロテアとニーナは、お喋りに興じていた。
不安が解消された今、他愛もないことを話すのが、とても楽しい。
カトリーヌは、そんな二人を、目を細めて眺めている。
しばらく喋り通しだったのだが、馬車の静かな振動に、次第に眠気がやってきた。
それでも、目をこすって堪えていたのだが。
自分でも気づかないうちに、眠ってしまう。
その寝顔はあどけない。ふと見ると、ニーナも同じように眠っている。
カトリーヌは微笑むと、彼女らの頭を優しく撫でる。
―――故郷、ウォルバーが近づいてきた。