末路
スカイラーは、一目散に目的地へと移動する。
ちんたら歩いていては兵士に追いつかれるかもしれないし、あまりにも足早だと、巡回兵に訝しまれる。
平常心を装い、無心で歩いた。
まず向かう目的地は、他人名義で開いた幽霊会社だ。
会社とは言え、実際は小さな事務所が一部屋あるだけだ。
税金対策のために設立し、適当な事務作業だけ行わせていただけなので、大きな事業所は必要なかった。
そして、そこに、財産の一部を隠したのだ。
この事務所には、腹心の部下を1名、配置していたはずだが……。
自分が収監されて、丸一年以上、交流は途絶えている。
彼は、まだ居るだろうか?微かな不安を覚えつつ、目的地へ向かう。
その建物は、目立たない場所に、こじんまりと建っていた。
よかった。建物自体は残っていた……。
スカイラーは胸を撫で下ろすが、それでも用心深く建物に近づく。
……建物に掲げられている看板を見たスカイラーは、ぎょっとする。
―――社名が違う。
スカイラーは、そのまま素知らぬ顔をして建物を通り過ぎる。
横目で、窓から室内を確認したが……、内装なども、スカイラーが居た時のものとは異なっていた。
自分がいない間に、倒産したのか?夜逃げしたのか?あるいは……。
舌打ちをする。
何にせよ、素性の分からない会社の中にのこのこと入ってゆくわけにはいかない。
急がないと、兵士共に連れ戻されてしまう。
幽霊会社から金を引き出すのは諦め、次の目的地へ向かう事とした。
なに、焦ることはない。まだ他に隠し場所は残っているのだ。
内心湧き上がる不安を押し殺し、歩を進める。
続いては隠れ家に隠した資産だ。これも、他人名義で手に入れたものだが―――。
やはりというか、その隠れ家も、スカイラーが所有していた頃から姿を変えていた。
外壁は塗り替えられ、屋敷の中には、見覚えのない人々が働いている。
どうやら、倉庫として使用されているようだ。
さすがに、これはおかしい。
少し調べたくらいでは、スカイラーの持ち家だとは分からないように細工を施していたのだ。
それなのに、隠れ家の屋敷が勝手に第三者の手に渡っている……。
そこらのチンピラができる仕事ではない。事態は、想像以上に悪いのかもしれない。
……まだだ、まだ希望は残っている。
自然に額に脂汗が浮く。それを無視し、銀行の元へ向かう。
この国の支店ではあるが、母体は隣国の経営である銀行だ。
ここならば、まだ監視の目は緩いはずだ。
重厚な石造りの門を抜ける。
室内は、日差しが遮られて涼しい。屋外を歩き詰めで、くたびれた体が休まる。
懐から出したハンカチで、額の汗をぬぐう。
一息つくと、窓口の受付嬢の元へ向かった。
「あー、こほん。私はゲルサム・ブルックだ。預けていた金を引き出したいんだがね」
スカイラーは、口座を作った際の偽名を告げた。
受付嬢は、微笑んでそれに答える。
「ブルックさんですね。承知しました。では、預金証書の提出をお願いします」
「ああ。ここにある……」
スカイラーは、腰につけた小袋からそれを取り出す。
預金証書の本人証明として、印章を押印する。
「ありがとうございます。では、お預かりいたします」
押印された証書を受け取った受付嬢は、カウンターの後ろへ引っ込んだ。
そこで、印章の整合を確認するのだ。
手持ち無沙汰になったスカイラーは、銀行の中を観察した。
隣国が経営しているだけあって、様々な国籍の客がいる。
この国では珍しい亜人の姿も見受けられた。
……それにしても、対応が遅い。
普段はもう少し、早かったはずだが?
疑問に感じ、カウンターの奥を覗き込んでみる。
すると―――。
スカイラーの押した印章を囲み、数人が話し合っていることに気付く。
恰好から見るに、支店長クラスの行員も話の輪にいるようだ。
……通常の預金者の対応で、こうなるはずがない。
スカイラーの脳裏に、警戒信号が灯る。
なんてことだ。ここにも手が回っていたのか……?
だが、ここで逃げ出せば、いよいよ後が無くなってしまう。
何かの間違い、単に手続きが遅れている可能性に賭け、座して待つことにする。
落ち着かない、ジリジリした時が過ぎる。
どれほど待っただろうか。
銀行の門の方が、僅かに騒がしくなる。5人の兵士がこちらへやってきた。
……やはり、通報されたのか。
項垂れるスカイラーに向けて、中央の兵士は平板な声を放つ。
「……スカイラー侯爵。悪足掻きはよして頂きたいですね。
何か言い逃れをされるなら、有印私文書偽造罪が追加されますが、いかがなさいますか?」
「いや。もう、いい。疲れた……」
スカイラーは両手を上げた。
これで万策尽きた。もう足掻いても仕方ない。
腕を掴まれ、強引に立たされる。
もう、反抗する気力も残っていなかった。
腰縄をつけられ、銀行の外へと引き立てられる。
そして、馬車に詰め込まれ、今後の一生を、辺境の地で、死んだように過ごすことになるのだろう。
馬車の発着場に着くまでに、広場を通ることになる。
広場では、子供たちが遊んでいた。
その母親とおぼしき一団が、噂話に花を咲かせていた。露店を開いている商人が、子供に菓子を売っている。
子供は母にそれをねだり、母は渋りながらも、笑顔で菓子を買い与えるのだ。
スカイラーは、その光景を見た瞬間、わけもなく激高した。
「畜生っ!俺は……、俺は……!」
感情が昂る。体が震える。叫ぼうと、口を開く。
……しかし、最後まで、言葉が続くことはなかった。
兵士に抑え込まれ、馬車に強制的に乗せられる。
兵士は、無言で御者へ合図を出す。頷いた御者は、静かに馬車を走らせる。
動き出した馬車は、二度と中央都市へ戻ることはない。
都市の広場は、何事もなかったように、平和な光景が続いていた。