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足掻き

 スカイラーは、眩しい外の光に目を顰めた。



 朝の日差しの中で、人々は日常を謳歌している。


 商人たちは店を開き、主婦たちが井戸端会議に花を咲かせ、狩人たちが足早に狩場へ向かう。


 それは、何の変哲もない日常だ。



 久々に見る中央都市の風景は、ひどく新鮮に見えた。



 ようやく、拘置から釈放されるのだ。


 判決が下るまで一年以上かかってしまった。


 拘置とは言えど、スカイラーは侯爵で、上級貴族だった。一般の犯罪者と同じような牢獄に入れられていたわけではない。


 不自由の無いよう、使用人付きの屋敷に閉じこめられていたのだ。



 不自由が無い―――、と言えばそうだが、それと自由であることは異なる。


 愛人の元へ行くこともできなければ、愛蔵のワインを嗜むこともできない。


 使用人も、こちらとは会話しないよう徹底されているのか、黙って仕事をこなすのみだった。



 当然、家族も面会に来ることはなかった。


 普段からあまり会うことも無かったのだ。犯罪者として吊るし上げを食らっている現状、わざわざ足を運ぼうとも思わかったのだろう。



 スカイラー自身は、それについて特に思うところは無い。


 妻だった女性とは政略結婚であり、特に愛情といったものは無かった。


 子供に関しても、才気立ったものはおらず、従って目に掛けることも無かった。


 矢面に立てて、操り人形にしてやろう、程度は思っていたのだが。


 こうなってしまった以上、もうどうでもいい。



 スカイラーは、家族に対する興味を完全に失っていた。


 大切なのは、これからどうするか……、だ。



 すっかり白くなってしまった髪を掻く。


 人相はやつれて、変わってしまっている。よく知った者でないと、とっさにスカイラーだとは分からないだろう。


 だが、これは逆に好都合だ。今からしようとしている事を思えば、目立たない方が良い。



 後ろにいた兵士が、軽く咳払いをする。


 突っ立ったまま動かないスカイラーを急かしているつもりなのだろう。



 スカイラーは、その兵士に向けて言う。


「まあ、そう急かすな。ここの光景も見納めなんだろう?……少しは感傷に浸らせてくれ」



 ……そう、スカイラーに下された判決は、貴族特権の剥奪、手掛けている事業からの追放、及び辺境の地への流罪だ。


 その土地は国境を接し、マズトンという亜人も住む都市が隣にあるようだ。


 一応、居住地は与えられるようだが、そんなところに身一つで放り込まれたら、早晩死ぬ未来しか見えない。



 スカイラーは、その判決にただ黙って従おうとは思っていなかった。


 とりあえずこの場を離れ、体勢を立て直すのだ。



 わざとらしくポケットを叩くと、渋い顔をした。


「ん……。屋敷に忘れ物をしてしまったようだ。取りに戻ってくる」


 屋敷に戻ろうと踵を返したスカイラーを、兵士が慌てて制止する。


「ちょ、ちょっと待ってください。我々が取りに向かいます。何を忘れられたのですか?」



「大事なお守りだ。小さなものだ。お前らでは見つけられんだろう」


 スカイラーは、不機嫌な顔をしてみせる。


 顔はやつれたが、上級貴族としての迫力はまだ残っていた。―――むしろ、凄みが増した感すらある。


 睨み付けられた兵士は、すごすごと意見を翻す。


「わ、分かりました……。荷物を取ってみえたら、すぐこちらへお戻りください」



 鷹揚に頷いたスカイラーは、拘置されていた屋敷に向かって、ゆっくりと歩き出す。


 控えていた兵士たちが、屋敷の裏口と正門へ回ったことを、目の隅で確認した。



 当然ながら、王国兵士たちは、スカイラーを逃さずに流罪とすることを使命としている。


 屋敷の出入り口はすべて封鎖するだろう。



 それに構わず、スカイラーは屋敷へと戻る。


 屋敷の扉を開け、中に入ると、素早く周りを見回し、使用人などがいないことを確かめる。


 すると、地下へと続く階段を駆け下りた。



 誰も居ないことを祈りながら駆け抜ける。


 すると、目的地に着くまでに、誰ともすれ違わずに済んだ。



 そして、目星をつけていた鉄格子の窓へと近づく。


 それは、地下室の上部に誂えられた明かり取りの窓ではあったが……。建付けが歪んでおり、少し動かしただけで外れるようになっていたのだ。


 それを見つけたのは、する事がなく、屋敷内を意味もなくうろついていた時だった。


 この窓を見つけた時は、喜びで飛び上がったものだ。



 椅子を持ってきて、その窓をそっと外すと床に置く。


 大きさは、ちょうど人一人が這って通り抜けられる程度だ。


 この窓は、正門からも裏門からも離れた庭に繋がっている。



 窓に身を乗り出し、慎重に周囲を確認する。


 人の気配は無かった。



 数回深呼吸をすると、思い切って窓の外へ這い出る。


 椅子の上に立ち、両腕の力で思いっきり体を引っ張り上げた。


 老いが来ている体には堪えたが、火事場の馬鹿力で抜け出すことができた。



 荒い息で左右を見渡す。


 兵士たちに気付かれてはいないようだ。



 スカイラーは、自らの幸運を悪霊の神に感謝した。



 そのまま姿勢を低くして走る。屋敷の敷地から抜け出すことに成功した。


 スカイラーは、無事に脱出できたことで興奮していた。



 あとは、捕まる前に隠した財産を取りに行き、体勢を立て直すのだ。


 そうだ、俺ならできる。


 俺は、ここから再起するんだ。



 そして、俺を嵌めた商人ギルドや通信貿易ギルドの奴ら……。


 殺しそこなった令嬢・ドロテアに、逆襲してやる。




 ……奴らを、まとめて始末してやる!!




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― 新着の感想 ―
[良い点] マズトンって前作に出てきた町ですね。 いい町だと思います(笑) [一言] スカイラー「マズトンは嫌だ、マズトンは嫌だ、マズトンは嫌だ…」
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