侵入
それからさらに2週間後。
商人ギルドと通信貿易ギルドは、会議室に集まっていた。
参加しているのはドロテア、カトリーヌ、ニーナ、レジナルドの4人だ。
固く焼かれたクッキーを口に放り込みつつ、レジナルドが喋る。
「さて、メイソン侯爵に集められた訳だが。どんな話になると思う?」
カトリーヌは、上品に紅茶を口に運ぶ。
「まあ、順当に考えたら、スカイラー関連……。止めを刺すための方策が立ったってところかしら?何にせよ、期待して待っていましょう」
待つほどのことも無く、メイソン侯爵が到着する。
彼の帽子からは水が滴っている。外は雨が降っているようだ。
ギルドメンバーに濡れた帽子やコートを預からせながら、レジナルドは歓迎の意を表した。
「どうも、メイソン侯爵……。お待ちしておりました。
それで、本日我々を集められたのは、どのような意図がおありなので?」
メイソン侯爵は、礼を言って、椅子に腰かける。
「ああ、どうもありがとう……。そうですね、何から話しましょうか……。
まず、『第三者委員会』の働きは目覚ましい、と、国王や他の上級貴族から褒められています。
実際にスカイラー家の不正を暴き、汚れた金を回収して、国へ納めていることが認められたのですね。……それと、その中から多少、自分たちの懐に入れているのはバレてはいません。
そんなわけで、スカイラー家の企業の不正を糺してきたのですが、ここに来てさらに議題が立ち上がりました。
余りにも根底から腐っていた企業に対し、継続的に監査、監督する必要があると判断されたのです」
ここでメイソン侯爵は言葉を切り、淹れられた紅茶に口をつけた。
レジナルドが、きょとんとして答える。
「えーっと……。それがどうかしたんですか?」
考えていたドロテアは、思いついたことを口に出してみた。
「……その、監査・監督するという役割を、私たちが持てたとしたら。
スカイラー家の財産を、内側から食い尽くすことができるかも。
……そういうことですか?」
メイソン侯爵は、愉快そうに笑う。
「ええ。そうです。まさしく私が考えていたのはそこです。
不正蓄財については奪うことができましたが、奴の正規の資産についても、莫大なものがあります。
このままでは、釈放されたスカイラーは、結局悠々自適な生活を送ることとなるでしょう。
……それは、私にとっても、貴方がたにとっても望ましくないはずだ。どうせならば、奴を徹底的に痛めつけてやるべきでしょう。
幸いなことに、スカイラー家の監査・監督を行うべき、という議題は自然に上がってきたものです。これを受けたところで、不自然ではないでしょう。
無論、この役目についても、全力で我がメイソン家が受け持つように工作します。隠れ蓑の団体も用意しましょう。
商人ギルドの皆様には、この監査・監督業務を受け持って頂き―――、助言、指導を行うふりをしながら、スカイラー家の企業を、乗っ取るなり倒産させるなりして、内側から破壊してほしいのです」
それを聞いたカトリーヌは、皮肉な笑みを浮かべる。
「とんでもない事をさせようっていうんですね……。
危険ではありませんか?裏金を奪うだけならまだしも、一応は表の顔もある企業を解体させようなんて……。
企みがバレたら、私たちは商人の世界から追放されるかもしれません」
その懸念に、メイソン侯爵はもっともだと頷く。
「ええ。その心配は分かります。ですが、ここまで来れば私も同罪です。最後まで共に泥を被りましょう。バックアップの手間は惜しみません。
……それに、スカイラー家の息の根を止めるのは、我々にとっての悲願でしょう?今が好機なのです。どうか、決断をしてください」
腕を組んで考え込むカトリーヌに、ドロテアは囁いた。
「カトリーヌ。私は……、やってみたい。
危険な賭けになるかもしれないけど、中央都市の上級貴族が味方に付くことなんて、今後あるかどうか分からない。
今を逃したら、スカイラーは力を取り戻して、ひょっとして逆襲をしてくるかもしれないし……。どうかな?」
ドロテアに、カトリーヌが囁き返す。
「そうね。ドロテアには、お父さんの仇っていう目的もあるし……。
やってみましょうか。今までのところ、上手くやれている。分の悪い賭けじゃないわね」
カトリーヌは、メイソン侯爵へ向き直ると、宣言した。
「分かりました。その話……、お受けします。スカイラーの最期を、共に見届けましょう」
「いや、ありがたい!よくぞ決断して頂きました……」
メイソン侯爵は破顔して手を叩く。
こほん、と咳払いをして落ち着くと、レジナルドにも頼みごとをする。
「と、いう訳です。我々は、今後、本格的にスカイラー家の資産を奪いに行くこととします。
なれば、他の貴族や市民団体が、野良犬のように、腐肉の匂いを嗅ぎつけてやって来るかもしれません。
その際に、注意を逸らすような新聞記事を、適宜撒いていって頂きたいのです」
レジナルドは、素直に頷いた。
「ああ、構いませんよ。我々だけ安全地帯からで、なんだか申し訳ありませんな」
「いえいえ。これも、通信貿易ギルドさんでしか出来ない役割ですから……。
さて……。では、私は、話をつけてくるとします。細かい話は、また、後程」
メイソン侯爵は、暖炉の近くで乾かされた帽子とコートを羽織り、まだ雨が降る外へ、足早に出ていった。
ドロテアは、黙ったまま、窓から鈍色の空を見上げる。
まだ雨は上がりそうになかったが―――、雲の切れ目から、僅かに光が漏れていることに気付いた。