第三者委員会
それから先は、目が回るほど忙しく、怒涛の展開となった。
まず裁判所は、スカイラー家の資産を調査する第三者委員会のメンバーを決めることとした。
目ぼしい組織・団体から、第三者委員会に相応しい者を選定する―――。
そして、ウォルバー商人ギルドは、無事その一員に加わることができた。
当然、直接参加できたわけではない。これはメイソン侯爵の力添えがあったからこそだ。
中央都市での出来事に、地方都市であるウォルバーの商人ギルドが首を突っ込むのはあまりにも不自然だ。
なので、表向きは、ランチョ法律事務所が選ばれたこととなった。これはメイソン侯爵が別名義で持っているものだ。
幸運にも、ランチョ法律事務所には実績と信頼があったため、第三者委員会に選ばれることができた。メイソン侯爵の必死の働きかけも功を奏した。
さて、第三者委員会の委員としては、ランチョ法律事務所の所長並びに所員が名を連ねるが……。
実際にスカイラー家の調査を行うのは、ウォルバー商人ギルドだ。
だが、報告書には、ランチョ法律事務所が調査を行ったと記載する。
こうすることで、ウォルバー商人ギルドは、まるで幽霊のように、バレずに行動することができるようになるという訳だ。
その話を聞いたカトリーヌは、すぐさまウォルバーから人員を掻き集める。
現地は副マスターであるザラヴィスに任せ、有能な者は根こそぎ中央都市へ回した。
いつまでも通信貿易ギルドへ間借りしているわけにもいかないので、方々の宿屋に分散して滞在する。
この話が決まった翌日から、早速行動を開始する。
堂々とスカイラー侯爵保有の企業や屋敷に押し入り、関係者からの聞き取りを行い、書類を閲覧する。
カトリーヌが呼び出したのは、商人ギルドでも腕利きの精鋭揃いだ。
聞き取り結果や残された帳簿から、次々と裏金を見つけて回収する。
逮捕される直前、相当量を持ち出して隠したようだが、あまりにも膨大な資産だったので、全てを隠すことは出来なかったのだろう。まだたくさん金は残っていた。
当たり前のように、表帳簿で利益を誤魔化している。
自分は上級貴族で、手入れもないと油断していたのだろう。尋常ではない金額の脱税だった。
―――だからこそ、そこからちょろまかす隙がある。
見つけた裏金から、多少は国へ報告して納めるが……、半分程度は懐に収め、メイソン侯爵、通信貿易ギルド、そして商人ギルドで等分することにする。
どうせ、正確な脱税額など、スカイラー本人か、調査している商人ギルド以外、知りようが無いのだ。
奴に雇われていた税理士には分かるかもしれないが、どちらにせよ、奴らに商人ギルドから国へと納めた金額を知る術はない。バレる心配は無かった。
また、場末の工場を調査していると、違法な麻薬の精製・販売を行っていることも発覚した。
さすがに、麻薬自体に手をつけるのは危険だ。
麻薬はすべて回収・報告し、騎士団に送り付ける。
麻薬の売り上げは、工場に備えられた隠し金庫に仕舞われていた。
これは、純然たる裏金だ。税金を納めようにも、どこにも報告するわけにはいかないから、当然だろう。
つまり、出どころが全く隠された、税金のかからない金という事になる。
これも、少額を報告して納めるのに留め、大部分を3者で山分けする。
連日の収穫に、一同は興奮を隠せない。
一か所の手入れを行うごとに、また次の場所の不正が発覚する。
まるで、無限に湧いてくるかのようだ。
そのたびに、商人ギルドは不正狩りに出かけてゆく―――。
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結局のところ、スカイラー侯爵の持つ企業や屋敷の不正を一通り調査するのに、1年程度かかった。
調べても調べても不正が掘り起こされるので、無限に続くかと思われたが、何とか、表面に上がってきた物については調べ尽くすことができた。
―――また、それにつれ、スカイラー家から奪った裏金についても、非常に大きな額となっていた。
ドロテアは、羽ペンを置いて、腕を伸ばして背を反らす。
この一年忙しかったが、何とか終わりが見えてきた。
宿屋の部屋で報告書をまとめていたのだが、時計を見ると、結構いい時間だ。お腹も空いて来たし、ニーナを誘って夕食に行くとしよう。
そう決めると、肩を叩きながら、ニーナの部屋の方へ歩く。
ドアをノックすると、ニーナがひょっこりと顔を出した。
「あ、ドロテア。今日もお疲れさま。ご飯のお誘い?」
「だね。今日はどこに食べに行く?」
「あー、そうだね。今日は肉の気分かなあ。やっぱり。ちょっと待っててね」
ニーナは、部屋の奥へと、ぱたぱたと走っていった。
彼女の髪が、ふわりと揺れる。伸ばすことにしたというそれは、肩を越えるほどになっていた。
―――1年経ったのか。
ドロテアは、口の中で呟いた。
ちょうど、奴の判決も下される時期だ。
奴の資産をある程度奪ってやったが、これからどうしようか。
これからの事について、もう一回話し合わなければいけないな。
そう思ったところで、ニーナが戻ってきた。彼女の肩には、鞄が掛けられている。
「お待たせ!じゃあ、ご飯行こっか」
ドロテアは頷く。
とりあえず今は、ニーナと夕食に行くことにした。