”ダンジョン村”
「……?もっと大きい勝負、とは何でしょう?」
ドロテアは小首を傾げる。
カトリーヌが答える。
「そうね。まず、この金貨のみたいなのが出土するような迷宮は、それだけで非常に価値があるわけ。
その迷宮の奥地に、もっと他の遺物が残ってるかもしれない。って可能性があるからね。
だけど、私たちが出張って遺物を探しに行くわけにもいかない。なんせ、私たちは商人ギルドで、荒事には向いてないし。
……で、こういう時こそ冒険者ギルドの出番。
冒険者だって、冒険する当てがなけりゃ無職みたいなもんだからね。凄いお宝が眠っているって情報を流せば、喜んでやって来るでしょうよ」
「はあ。それで?」
ドロテアは首を傾げたまま続きを促す。
「うん。で、冒険者が集まるところに、需要が産まれるわけ。宿屋だったり、道具屋だったり、武器屋だったり防具屋だったりその辺ね。
……つまり、魅力的な迷宮の周りには、言わば”ダンジョン村”みたいな商業施設が必要とされるってこと。そして、それを仮に独占出来たら、結構な利益が生まれると思わない?」
「なるほど―――」
ドロテアは得心する。
「私の所有する迷宮をダシにして冒険者を集め、商機を窺いたいと……。そういうことですか?」
カトリーヌは頷いた。
「そういうこと。このウォルバーって町は、広さはそこそこある割に、著名な冒険スポットが少ないからね。中々冒険者たちの足が向きづらかったんだけど……。
貴女は……ドロテアって言ったわね?ドロテアの迷宮が冒険者たちに人気が出たとすれば、金貨の代金なんて目じゃない定期収入が手に入るわよ?」
カトリーヌの誘いに、ドロテアの心がなびく。
「なるほど……。それは楽しそうです!では、それでお願いします」
ぺこりと頭を下げるドロテアに、カトリーヌは苦笑いで答える。
「ええ。もちろん、それで進めたいと思うけど……。色々と仕込みには先立つものが必要なわけ。分かる?」
「ええと、……つまり?」
ドロテアはきょとんとした表情を浮かべる。
カトリーヌは、言葉を選びつつ喋る。
「そうね。貴女が持ち込んだ金貨を、うちで使わせてほしいの。
……実を言うと、ここの商人ギルドも、そんなに余裕があるわけじゃない。貴女に金貨代を払って、かつ仕込みをするとなると、ちょっとキツいのよね。
その代わり、”ダンジョン村”が軌道に乗った際は、そこで得た利益の1割を、永久に貴女に還元することにする。
……これでどうかしら?」
ドロテアは戸惑った。
カトリーヌは、実に何十年分もの年収に相当する金を手放せ、と言っているのだ。
普通に考えたら、そんな成功するかどうかも分からない”ダンジョン村”に投資するのは愚かなようにも思えるが―――。
しかし、ドロテアは興奮していた。
父から受け継いだ迷宮に、大勢が集い、賑やかに発展する。
それはいかにも面白いのではないか?
そう思うと、ドロテアの口は自然に動いていた。
「……それは、その”ダンジョン村”の運営とか、方針会議みたいなものには、私も参加させてもらえるのでしょうか?」
「ええ。もちろん。貴女が一番の出資者となるのだから、むしろ積極的に案を出してもらえると嬉しいわ」
それを聞くと、ドロテアはエドワードへ向き直る。
「ねえ。エドワード。……この金貨だけど、”ダンジョン村”のために使っていい?」
エドワードは、特にためらいなく頷いた。
「ええ。お嬢……、ドロテアの好きにしたらいい。元々それを見つけたのはドロテアだしな」
彼の心情的には、ドロテアが自分から、何かを前向きに取り組む意欲が生まれたのなら、それは素晴らしいことだと考えていた。それこそ大金などよりも遙かに意味のあることだろう。
「ありがとう。それじゃあ―――」
ドロテアは笑顔で言うと、カトリーヌに告げる。
「カトリーヌさん。分かりました。私の持ち込んだ金貨を元手に……、”ダンジョン村”を、一緒に作ってください!よろしくお願いします!」
ドロテアは勢いよく頭を下げる。
金髪がふわりと動く。
カトリーヌはそれに応え、立ち上がり、ドロテアの方に手を差し出した。
「ええ。こちらこそよろしくね。……じゃあこれで契約成立」
ドロテアは、差し出された手と握手する。
「よし……じゃあ、早速現地に視察に行きましょうか?善は急げってね。どう?」
カトリーヌはハンチング帽をかぶる。長い黒髪を一つに縛った。
「ええ。分かりました。エドワード。ついて来てくれる?」
「構いません。とは言え、ドロテアも貴女も、探索用の装備ではないですから、内部までは見てまわない方がいいですな」
「まあ、そりゃそうね。……ミハウ、貴方も来てちょうだい」
テーブルで、成り行きを見ていたミハウは、急に名前を呼ばれて飛び上がった。
「あ、俺もですか?了解です」
一行は、商人ギルドを出る。
ドロテアの心は、浮足立っていた。
閉塞していた、私の時間が動き出した。
やはりお父様が遺してくれた迷宮は、私を見捨てなかったのだ。