逮捕
スカイラー侯爵は、カーテンを閉め切った部屋の中で、ベッドに腰掛けていた。
隣には、愛妾であるフランソワーズが横たわっている。
スカイラーの年齢が50代なのに対し、フランソワーズはまだ10代そこそこだ。
とは言え、彼女の身体は、十分に発達している。
寝そべった体をシーツに隠しているが、その胸元は高く隆起し、腹部は見事にくびれている。痩せぎすという訳ではなく、その腰は甘く熟れていた。
それに比べ、顔の方は少女と見紛うばかりに幼い。そのアンバランスさが、危うい色気を放っていた。
元々は音楽学校に通う生徒だったのだが、酒場での仕事を手伝っている時、スカイラーに見初められ、愛人契約を結んだのだ。
それ以降、彼女は郊外に一軒の小洒落た邸宅を買い与えられ、そこに住んでいた。
スカイラーは、自宅での騒ぎから逃れるべく、こちらの愛妾宅に逃げ込んでいたという訳だ。
だが、ここの住所も、入念に隠していたというわけではない。
そのうち、場所も割れるだろう。そうしたら、何が起こるのか―――。
頭をふると、サイドテーブルに置いたグラスを掴む。不安ごと飲み下すように、中のエールを一息で飲み干す。
深くため息をつき、乱暴にグラスを置く。口の端から溢れたエールを、ガウンの袖で拭う。
ベッドのシーツで胸を隠したフランソワーズが、スカイラーに声を掛ける。
「パパ。今、大変な状況になっているようね……。でも無理しないでね。
パパに元気がないと、私、心配だわ」
甘えるような猫なで声を出す。蜂蜜のような、淡い赤黄色のボブカットが揺れる。
スカイラーは、フランソワーズの方を見る。
こんな極上の女を囲っておけるのも、俺に力があるからだ。だが、それが奪われるとしたら?
この邸宅も、愛人も、全ては幻のように消え去ってしまうのか?
「―――くそっ!」
スカイラーの脳裏は、怒りと焦りが綯い交ぜになり、抑えきれない情動が沸き起こる。
フランソワーズの元へ飛びかかる。
胸元のシーツを剥ぐと、馬乗りにのしかかる。
それでも、フランソワーズに慌てた様子は見られない。
クスクスと笑うと、少女の顔で妖艶に微笑みかける。
「不安なのね?……いいわ。いらっしゃい」
彼女は、両腕を広げ、スカイラーの首に巻き付ける。
スカイラーは、それに抗う事をせず、吸い込まれるように、彼女の顔に近づけてゆく―――。
―――ドンドン!
邸宅の玄関扉を、激しくノックされる。
「……何だ?」
スカイラーは、自分の口の中がざらついてゆくのを感じた。
フランソワーズの上からよろよろと退くと、ガウンを羽織り直す。
窓際へ行くと、カーテンをそっとはぐってみる。
その隙間から、玄関を窺ってみると……。
そこには、騎士団の男たちが、10人以上集まっていた。
思わず、ひっ、と声を上げて後退る。
騎士団の男たちは、それに構わず、扉をノックし続ける。
「スカイラー侯爵!国王の命により、出頭願います!
―――なお、今回は、捜索令状が発布されております!よって、侯爵の同意に関係なく、捜査は行われる事となります。
返事が無いようであれば、この扉をブチ破ってお伺いすることになりますが、よろしいでしょうか?」
「クソが……礼儀を知らないのか!」
悪態をついたスカイラーは、それでも、逃れられないと悟ると、素直に扉を開ける。
開いた扉に、騎士達が殺到する。
邸宅の中にいたメイド、使用人が、次々と拘束される。フランソワーズも例外なかった。
スカイラー自身も拘束される。
あちこちをひっくり返し、書類を漁り出す騎士団に、憎らしい視線を向ける。
騎士団の隊長格の男が、スカイラーに告げる。
「スカイラー侯爵。貴方には、国家に対する背信行為22件、汚職19件、集団暴行8件、殺人6件の疑いが掛けられています。
これにより、国王より出頭命令が下されていたはずですが、これを引き延ばし続けたため、強制執行を行うこととなりました。
―――よろしいですね?」
騎士団の隊長格に対し、そっぽを向いて吐き捨てる。
「良いも何も、どうせ強制的に引っ張ってくつもりだろう。―――勝手にしろ」
その言葉を受け、騎士達が、スカイラーを拘束しようと近づいてくる。
だが、スカイラーはそれを払いのけた。
「この俺に縄をつけるつもりか?いいか、俺はまだ罪を認めた訳でも、確定したわけでもないんだ。
犯罪者扱いは止めろ!自分で歩いて行くからな!……先導しろ!」
睨み付けてくる騎士たちの視線を跳ね除け、スカイラーは先へと進む。
歩いている最中にも、スカイラーの脳裏は、素早く回転していた。
実際のところ、こうなることは予想していたのだ。
だから、この逃げていた間、資産を出来る限り各所に隠していた。
現金から美術品に変えて隠れ家に隠したり、他人名義で作った幽霊会社に権利を渡したり、国外の銀行に口座を作り、偽名で金を預けたりなどだ。
当然、不動産関係はすぐに清算することは出来なかったが、全てを捨てたとしても、また異国の地で一旗挙げられるだけの余力は残っているはずだ。
そう、仮に最悪な事態になったとしても―――、と、スカイラーはほくそ笑む。
俺は絶対に生き延びて、再び返り咲いてやる。