三者連合
メイソン侯爵は、いかにも感じのいい紳士といった出で立ちだった。
年は40代後半だろう。銀色が混じった髪を、後ろへ撫でつけている。
落ち着いた色合いのロングコートがよく似合っていた。
ひとまず、レジナルドは歓迎の意を表す。
「メイソン侯爵。よくお越しくださいました。
こちら、安物でお口に合うかどうか……。一応、東帝国から取り寄せた、珍しい異国物です。よかったらどうぞ」
片手を上げて、ギルド員に紅茶を出させる。
一般に国内で流通しているものと、色と香りが異なっているのだ。
東帝国の紅茶は、国内のそれと比べ、爽やかな香味を放っている。
それを一口味わったメイソンは、満足そうな表情を見せた。
「ああ、非常に美味しいですね。さすがは通信貿易ギルドだ。
こういった物は、国内にこもっているだけでは見つけられませんからね……」
各々は、しばらくその異国の紅茶を楽しむ。
ついでに、ドロテアたちにもそのお茶を淹れてくれた。
口をつけてみると、その華やかな香りに驚いた。
世の中には、まだ私の知らないものがたくさんあるのだ。
紅茶をひとしきり味わったメイソンが、ティーカップを置いたのを見届けてから、レジナルドは声を掛ける。
「……で、そのメイソン侯爵ともあろうお方が、なぜうちに?
というか、今は褒章授与式に出席なさっているはずでは?」
レジナルドは疑問を述べた。
今回の褒章授与式には、名のある貴族は大体招待されているはずだ。
文化庁の上級貴族であるメイソンも、当然出席の招待をされているはずだった。
メイソンは、頷いて答える。
「ええ。いかにもその通りです。当然出席していましたよ。
―――あの時まではね」
「あの時、とは?」
レジナルドの問いに、メイソンは笑う。
「決まっているでしょう。貴方がたがビラをバラ撒きはじめた時まで、ですよ。
私は、式典の最中も、他の貴族の観察をしていました。
……まあ、式の途中は暇だったから、というのもあるのですが。主役は私たちではないですからね。
それはともかく、ふと式の途中で、会場の周りが騒がしくなった。
するとどうでしょう。スカイラー侯爵が、足早に会場を立ち去るではありませんか。
これは何かあるな、と私も会場を出ると―――。貴方がたがビラをバラ撒いていた、という訳です」
話の合間に、紅茶に口をつける。
「いやあ、ビラを見て驚きましたよ。あのスカイラー侯爵が行っていた悪事が、つらつらと書き連ねてあったのですから……。
我々も、スカイラー侯爵へ対抗するために、極秘で悪事の証拠を集めてはいたのですが……。
貴方がたのビラの中には、我々が認知していないものもありました。この情報収集力は、さすが通信貿易ギルドだと脱帽した次第です」
「そうですか……」
レジナルドは、視線を僅かに泳がせた。
正確には、このビラの内容、スカイラーの悪事を暴いたのは通信貿易ギルドではない。
ドロテアを始めとした、ウォルバーの商人ギルドの功績だ。
……それを、素直に言うかどうか?
レジナルドは、目線でカトリーヌに問うた。
カトリーヌは、一瞬判断に迷う。
このまま、通信貿易ギルドが全部暴いたことにすれば、余計ないざこざに巻き込まれないで済むかもしれない。
だが、ここでメイソン侯爵に顔を売っておけば、今後、何かに役立つかもしれない。
二つの可能性を天秤にかけ、考えるが……。
結局、ある程度は素直に言っておくことにした。
カトリーヌは、レジナルドの視線を受けて、メイソン侯爵に向き直る。
頭を下げ、挨拶をした。
「初めまして、メイソン侯爵。私は、ウォルバー商人ギルドマスター・カトリーヌと申します。
……今回の告発につきましては、我々、ウォルバー商人ギルドが発起人です。
我が故郷、ウォルバーがスカイラー侯爵に侵略されていることを知り、居ても立ってもおられず、反旗を翻すこととした次第であります」
あえて、ドロテアの事は伏せる。
個人名を出すと、こじれた時に何があるか分からないからだ。
「ほほう、ウォルバーの……。あの業突く張りは、そんなところにまで触手を伸ばしていたのですね。なるほど……」
メイソンは、そう言うと、少し考え込む。
しばらく下を向いていたが、顔を上げると、笑顔で告げた。
「貴女がたは、スカイラー侯爵について、非常に悔しい思いをされたことと思います。
なれば、それは、報われる必要があります。そうですよね?」
メイソンは、一体何を言うつもりなのだろうか。
カトリーヌたちは、黙って言葉の行く末を聞いている。
「ですから―――、正当な権利を主張しましょう。
スカイラー家を、完膚なきまで解体しませんか?
そして、その資産を、我々で分かち合うのです。私、通信貿易ギルド、商人ギルドの3者で……。
いかがです?悪は倒され、善は栄えなければなりません」
なるほど―――。
カトリーヌは、可能性を感じた。
通信貿易ギルドと商人ギルドだけの力では、隠し財産を含めたスカイラー家を倒すのは難しいだろう。
だが、同じ上級貴族のメイソンを仲間にすることができれば―――?
メイソン侯爵は、穏やかな笑顔で、紅茶に口をつけた。