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一時撤退

 スカイラー侯爵を乗せた辻馬車が、中央都市を走る。


 覆面をし、人相を隠した侯爵は、今後の対応を考えあぐねていた。


 何にせよ、屋敷に戻って、現状を把握しない事には始まるまい。



 憂鬱な気分でちらりと窓の外を見ると、少し規模のある商店や路地、公園などで、人だかりが出来ているのが確認できた。


 通信貿易ギルドの奴らが、スカイラー侯爵を中傷するビラをバラ撒いているのだろう。



 ―――性根の腐った奴らだ。人が一生懸命に築き上げてきた立場を滅茶苦茶にして、楽しいのだろうか?


 思わず舌打ちをする。



 ―――と、一枚のビラが風に乗って辻馬車まで飛んできた。


 それは御者の手元に舞い落ちる。



 何の気なしに拾い読みした御者は、呑気に話しかけてくる。


「へえ。お客さん。スカイラー侯爵って知ってます?


 大物貴族なんですが……、どうも、結構な不正をしてたみたいですな。ほらこれ。見て下さいよ」


 御者は、飛んできたビラをスカイラーの方へと渡してくる。



 まさか、今自分が乗せている客が、そのスカイラー本人だとは夢にも思っていないのだろう。



 スカイラーは、渡されたビラを見ることも無く握り潰す。


「……無駄口を叩くな。貴様はただ、与えられた仕事をこなしていればいい」


 スカーフを巻き、表情は隠れていたが……、その視線には、人を威圧する凄みが宿っていた。



「わ、分かりましたよ。そんな怖い目で見なくてもいいじゃないですか……」


 御者はぶつくさ言いながら、馬に鞭を入れた。




 辻馬車は、それから間もなくスカイラー侯爵の屋敷近くへとやってきた。


 すると、そこで御者が、軽く驚きの声を上げる。


「あれ……。なんだか、お屋敷の周りに、いっぱい人が集まってますね。どうします?近くまで行きますか?」



 スカイラーは、慌てて馬車から身を乗り出し、確認する。


 すると、確かに御者の言う通り、スカイラーの屋敷の玄関前に、人が密集していた。軽くみて30人はいるだろう。


 屋敷の番兵と睨み合いになっていた。


 一触即発、とまではいかないが、剣呑な雰囲気なのは確かだ。



「……どういう事だ?」


 スカイラーが呆然とした声で呟くと、集まっていた内の1人が、それに気付く。



「おい、怪しい奴が屋敷に近づいて来たぞ。関係者かもしれん。取材に突撃しろ!」


 どうやら、指揮官の1人らしい男が、そう叫ぶ。


 すると、3人の男が、こちらに走り寄ってくる。



 戸惑うスカイラーに、男たちは矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。


「私は、通信貿易ギルドの者です。今回明らかになりました、スカイラー侯爵の汚職と隠し子の件について、取材をしております。


 ご近所の方にもお話を伺っておりまして……。失礼ですが、ここに馬車を止められたということは、スカイラー侯爵の関係者の方でしょうか?であれば、謝礼をいたしますので、よろしければお話を……」



 早口で捲し立てる男たちに、本能的に危機を察したスカイラーは、背を向けた。


「そんな奴は知らん。……おい、さっさと出せ!」


 御者に向かって叫ぶ。それを聞いた御者は、困惑の声を上げる。


「えっ?でもお客さん、最初はスカイラーさんの所の屋敷に行ってくれって……」



「そんなこと言ってないだろう!アーヴェル公園まで行け!」


 スカイラーは、適当に少し離れた公園の名前を出す。


 戸惑う御者を急き立てる。


「さあ、早く行け!……金が足りなかったか?取っておけ。余計なことは言うなよ」


 御者の近くに身を寄せ、囁くと、金を握らせる。



 それを横目で受け取った御者は、口の端を歪めた。


 御者は、通信貿易ギルドの男たちに向き直ると、頭を掻いて訂正する。


「そ、そうでしたそうでした。


 このお客さんは、アーヴェル公園に向かわれるとこだったのです……。


 では、これで失礼しますね」



 まだ何事か言おうとしていた通信貿易ギルドの男たちに背を向けると、そそくさと馬車を出す。


 足早に馬車を走らせた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 スカイラーの屋敷から数区画離れたのを確認すると、馬車の窓から後ろを振り返ってみる。


 通信貿易ギルドの男たちは、ついてきてはいなかった。


 ひとまず、安堵の息を漏らす。



 その様子を見て、御者は声を掛けてきた。


「安心してください。後をつけづらいように、細かく路地を曲がりつつ来たので……。


 伊達に辻馬車の御者はやっていませんよ」


 御者は、自慢げに胸を反らした。



「そうか。それは有難い限りだ……じゃあ、この辺の人気のない所で降ろしてくれ」


 スカイラーが告げると、御者は返事をする。


「あれ?アーヴェル公園じゃなくていいんですか?」


「ああ。どうせお前は、俺を下ろした後、場所を告げ口して小遣いでも稼ぐつもりだろう……。


 だから、場所はどこでもいいんだ。ああ、この辺で降ろしてくれ」



 実際は、愛妾(あいしょう)の1人が住んでいる家が近づいたから降りるのだが、そんなことを馬鹿正直に言う事はないだろう。



「そうなんですか?そんなことはしないんですけどねえ……。


 というか、そんなに用心するってことは、あなた、本当にスカイラー侯爵なんですか?」


 御者が、興味津々といった感じで顔を向けてくる。



 スカイラーは、それを無視して馬車を降りる。


 部下もそれに従った。



「ちょ、ちょっと。あなた、本当はスカイラー侯爵なんでしょ?」


 馬車を降りて、追って来ようとした御者に、部下がすっと詰め寄った。睨み付ける。


 この部下は地味な男だが、体格はよく、格闘技の心得もある。



 睨まれた御者は竦み上がった。


 スカイラーは、静かな声で告げる。



「……世の中には、知らない方がいいこともある。これをやるから、今あったことは忘れろ。いいな」



 御者の足元に、幾ばくかの銅貨を投げてやる。


 音を立てて、数枚の銅貨が散らばった。



 地面の銅貨を拾い集める御者を尻目に、スカイラーは歩き出す。



 早く愛妾(あいしょう)の家に向かい、部下を集めて、対応策を練らなければ……。




 数々の修羅場を潜り抜けてきたスカイラーだったが、その足は微かに震えていた。




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