攻撃開始
スカイラー侯爵は、ちらり、と懐中時計に目を落とす。
まだ、この茶番は数時間続くようだ。
彼は今、国王主催の褒章授与式に出席していた。
中央ホールには、数百人の貴族、文化人、学者、軍人、芸術家、投資家……などがひしめいている。
いずれも、本年度、功績を挙げた者だ。彼らを顕彰するために、今回の式が執り行なわれている。
そういう場だから、人脈を広げようとする野心家も多くここに居る。
実際、何人もの人々に挨拶をされた。
しかし、ほかごとに気を取られているスカイラー侯爵は、曖昧な返事を返した。
眠気を堪え、式の進行を見守る。
壇上では、国王が口上を長々と述べている。
興味のない話を延々と聞かされるのは苦痛ではあるが―――、立場上聞いておかねばならない。
ただ、スカイラー侯爵が眠気に襲われているのは、何も国王の話がつまらないからだけではない。
最近、寝不足なのだ。
ウォルバーに派遣したはずの、ローズ・イザベルからの連絡が途絶えた。
彼女らは、連絡を怠るような性格ではなかったはずだ。
と、すると―――、何か不測の事態が起こったと考えるのが道理だろう。
しかし、今のスカイラー家は、ライバル貴族に―――特にメイソン侯爵に目をつけられているので、派手に動くことができない。
ローズやイザベル以上の工作員も抱えてはいなかった。
なので、ウォルバーの情勢は気になるが、何も分かっていないのが現状だった。
現地の商人ギルドはどうなった?毒殺した伯爵の令嬢はどうなった?
―――そして何より、隠し子のレオンはどうなったのだ?
なにも分からない。
スカイラー侯爵は、苛立たしげに爪を噛む。
こうなったら、後継ぎ騒動を無理矢理にでも終わらせて、情報を集めに行くか。
落ち着かない気持ちでいると、俄かに、会場の外が騒がしくなった。
「……何だ?」
スカイラー侯爵は、胸騒ぎを覚え、式を中座して、外の様子を窺いに出る。
廊下を急ぎ足で歩いていると、すれ違う人々から、顔を遠巻きに見つめられているのに気づいた。
―――何だ?俺の顔がそんなに珍しいのか?
嫌な予感がしたスカイラー侯爵は、スカーフを顔に巻き付け、覆面をした。
会場の外へ飛び出し、人だかりができている方へ歩く。
人を掻き分け、その中心へ進んだ。
そこでは、一人の男が、大声を上げて、ビラをバラ撒いていた。
「さあ、スクープだ!特ダネだ!
今、この会場内にいる、大物貴族―――、スカイラー侯爵についてだ!
スカイラー侯爵は、大悪人だった!?さあ皆、これを読んでくれ!
いいか、詳しい話は、通信貿易ギルドが発行する新聞に掲載されている!
1部100クラウンだ!大して高くもないだろう?さあ皆、新聞を買ってくれよ!
さあ、さあ、スクープだ!特ダネだ!―――」
その男は、壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返し吐き続け、ビラをバラ撒き続けている。
スカイラー侯爵は、震える手で、そのビラを拾い上げる。
そこには―――。
『華麗なる一族、スカイラー家の闇!
スカイラー侯爵には隠し子が?その正体は殺人鬼!?
汚職に塗れたメッキの裏側、聞くに耐えない悍ましさ!
その内容については、本紙で紹介します!』
扇情的な見出しと共に、スカイラー侯爵が働いてきた悪事が、これでもかとばかりに羅列されていた。
スカイラー侯爵の顔から、一気に血の気が引く。
よく見ると、ビラを撒いているのは男一人だけではなく、広場に数人いた。
この分では、ひょっとしたら、他の場所でも同様のことが行われているかもしれない。
目まいを起こし、倒れそうになる。
だが、スカイラー侯爵は歯を食いしばって持ちこたえる。
急ぎ屋敷に帰り、対策を講じねば……。
こうなれば、のうのうと式典に参加している場合ではない。
ひとまず、褒章授与式の控室にいるはずの部下と合流する。
急ぎ足で戻ったので、まだ会場の中までは騒ぎは伝わっていなかった。
だがそれも、時間の問題だろう。
控室で休憩していた部下は、突如現れた覆面の男に、訝しげな顔を向ける。
スカイラー侯爵は、自分がまだ覆面をしていたことを思い出し、スカーフを外した。
自らの主人だと認めた部下は、ほっと胸を撫で下ろす。
「侯爵でしたか。なぜそのような覆面をなさっていたのですか?
……というか、まだ式は途中ですよね?」
スカイラー侯爵は、部下に対し、黙ってビラを突き付ける。
それを読んだ部下の顔は、さっと青ざめる。
「侯爵、これは―――」
慌てる部下に対し、スカイラー侯爵は吐き捨てる。
「通信貿易ギルドの奴らが暴走しやがった。こうやって行動を起こしたところを見るに、奴らには勝算があるんだろうな。……黙ってはおれん。さっさと屋敷に戻って、対策を練るぞ」
再度スカーフで覆面をし、部下を引き連れ、式典の会場を後にする。
のんびりと走る辻馬車を止め、御者に金を叩き付ける。
驚く御者に、行先を告げる。
「スカイラーさんのところの屋敷まで行ってくれ。急ぎでな」
それだけ言うと、馬車の椅子に座り込む。部下も隣に座った。
―――くそっ、俺の覇道の邪魔をしやがって!
スカイラーの目は、怒りに燃える。
俺の往く手を阻む者は、何人であろうと、叩き潰してやる!
怒りに震える拳を、自らの掌へ打ち付けた。