通信貿易ギルド
ドロテアが振り抜いた足は、丁度上手くレオンの脛を捉えた。
レオンは突っ込んできた勢いそのままに、顔から地面に叩き付けられる。
「―――カトリーヌっっ!!」
ドロテアは、足払いをかけるや否や大声を上げた。
「分かってる!……さあ皆、レオンを捕縛して!」
近くで様子を見ていてくれた、カトリーヌが指示を出す。
すぐさま、警護班がレオンに殺到し、その身柄を拘束した。
体中を荒縄で縛り上げられたレオンは、呆然とした顔をしている。
警護班に追い立てられ、留置場へと連れて行かれた。
何事かをドロテアに向かって叫んでいたが、聞くつもりも、余裕もなかった。
緊張で荒い息を吐くドロテアに、カトリーヌがねぎらいの言葉を掛ける。
「ドロテア、よくやったわ!……少し離れたところで、暗殺者たちも捕縛できたと連絡が入ったの。
これで、全ての要素が揃った。明日、勝負を仕掛けに行きましょう!」
ドロテアは頷く。
彼女たちが今まで集めてきた、膨大な量の悪事の証拠。
それを、スカイラーの鼻先へ突き付けられる日が―――、そこまで迫っているのだ。
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その翌朝。
ドロテアたち一行は、カトリーヌの先導で、通信貿易ギルドへと向かっていた。
レオンを捕縛し、後始末などで忙しくしていたので、眠れた時間は少ない。
それでも、隈の浮いた目をこすりつつ、前へ進む。
目指す場所は、都市の中心部にあった。
特に目立つわけでもないが、大きな建物だ。その入り口からは、ひっきりなしに人の出入りがある。
通信貿易ギルドは、その名の通り、通信と貿易をつかさどるギルドだ。
このギルドのそもそもの成り立ちは、貿易からだった。
各所で物と金のやり取りをしていくうち、情報の交換も行われるようになっていったのだ。
やがて、情報そのものをやり取りすることに価値を見出した貿易ギルドは、通信貿易ギルドと名を変え、情報をも売り買いするようになった。そして今に至るという訳だ。
ギルド名が書かれている看板をくぐり、扉を開ける。
前もって連絡してあったので、通信貿易ギルドのマスターが出迎えてくれた。
いかにもやり手といった雰囲気を纏う40代の男だ。
その男は、レジナルドと名乗った。
カトリーヌと握手を交わし、テーブルに着いた。
カトリーヌとドロテア、ニーナもテーブルへ着く。
レジナルドは両腕を広げ、久しぶりの再会を喜んでいるようだ。
「やあ、カトリーヌ。久しぶりだな。若いのに商人ギルドマスターだろ?よくやってるぜ。
それで、早速今日の用事だが……。あんた、とんでもないことに首を突っ込んでるんだな」
彼は、愉快そうに口を歪めてカトリーヌに言う。
カトリーヌは、事もなげに肩を竦めて見せる。
「まあ、そこそこ大変ではあるわね。でも、これは結構なスクープよ。
貴方の―――、通信貿易ギルドの名前を売るのに、この上ない情報じゃないかしら?」
隣に座るドロテアが、レザーバッグから一片、封筒を取り出して手渡す。
受け取ったカトリーヌは、それをレジナルドに渡す。
レジナルドは封を開き、中の資料を眺めた。
そこには、スカイラー侯爵の犯した汚職が、箇条書きに羅列されていた。
重要な証拠などは書かれていない。あくまで、興味を持ってもらうために作った資料だ。
ひとしきり資料を眺めたレジナルドは、机の上に、それを置く。
笑顔を浮かべる。
「いや、話は聞いていたが……。よくもここまで調べたもんだ。
この汚職について、証拠も持ってるってことだったよな?」
ドロテアが頷く。
「ええ。証書や登記簿謄本、興信所の報告書、拉致したスカイラー側の暗殺者や……スカイラーの隠し子まで、こちらで確保しています」
レジナルドが驚いた表情を浮かべる。
「なにっ……。ある程度の証拠は押さえていると聞いていたが、そこまでとはな。
―――いいだろう。確かにこれは、とんでもない特ダネだ。うちのところで扱う事を約束しよう。
持ってるっていう証拠は、全部見せて貰えるんだろうね?」
カトリーヌは、ほっと息を吐く。
「ええ。構わないわ。それで、いつ取り掛かってくれるの?」
レジナルドは、顎を撫でで思案する。
「そうだな……。実は、スカイラー侯爵が姿を現すチャンスがあるんだ。
それは2週間後。国王陛下が主催する、褒章授与式に出席するらしい」
ドロテアが首をかしげる。
「褒章授与式……ですか?」
レジナルドが、それに答える。
「ああ。国王陛下が、今年活躍した文化人や軍人に、名誉の褒章を与えるとかいう式なんだが……。
内容はともかく、その式典には、スカイラー侯爵だけではなく、それなりに高い地位の貴族がこぞって参加する予定なんだ」
「なるほど……」
カトリーヌの瞳が光る。
「つまり、上手く事を運べば……。国王や他貴族の前で、スカイラーを断罪できるかもしれない、って事ね?」
「ああ、そうだ。―――楽しそうだろう?」
レジナルドは、白い歯を見せて笑った。