静けさ
そろそろ外に出てもだいじょうぶかな?
ぼくは、木のあなから、そっとかおを出す。
もう、まわりは暗くなっている。
だけど、空には、お月さまが上がっている。
それに、きょうは、お月さまがきれいな夜だ。だから、まわりのようすはよく見えた。
ぼくは、木のあなから外に出ると、うごきだした。
ひとりで歩いている女の人をさがすんだ。
人がいっぱい歩いている道でも、ちょっと横にいくと、ぜんぜん人がこないことがある。
そんなばしょだと、近くに人がいるからって、女の人はあんしんしているみたいだ。
だから、『おいかけっこ』をしても、うまくいきやすかったんだ。
―――ぼくは、あちこちさがした。
だけど、今日はおかしい。人が、どこにもいない。
どうしたんだろう?みんな、たくさん人がいたのに、どこに行ったんだろう?
ぼくは、ふしぎに思ったけど、それでもさがしつづけた。
そして―――、あるまがり角にきた時、ぼくは、その女の子を見つけたんだ。
その女の子は、月の光をうけて、きんいろにかがやいていた。
なみうつかみの毛は、まるで風にゆれるこむぎみたいだ。
ぼくは、ふらふらと、その女の子へと近づいてゆく。
そうだ。ぼくは、この子を―――。
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イザベルは、あまりにも静かな夜に、違和感を覚える。
商人ギルドたちは、レオンの捜索を諦めたのだろうか?
不審に思いながらも、マーナと分担し、レオンが現れそうな場所を見張ることにする。
今までの『おいかけっこ』で使ったような場所―――、大通りから少し入ったような路地だとか、死角の多い小道を中心に見張る。
広く視野に収めるよう、小高い丘に生えている、低い灌木に身を潜めた。
干し肉を齧りながら、監視を続ける。異様なほどの夜のしじまは、いっそ不気味なほどだ。
暗い夜ではあったが、今日は月明かりが周囲を照らしていた。監視するのに不足は無い。
何もない時間が続くが、根気強くその時を待つ。
干し肉の一切れを口にし終えた時、イザベルの視界の端に、金色の光が映る。
「……何だ?」
イザベルは、目を細め、そちらへ顔を向ける。
どうやら、路地の一本に、女性が一人で歩いているらしい。
特徴を見極めるべく、イザベルはさらに目を凝らす。
月光にて、幻想的に光を纏う長い金髪。
月明かりを受け、仄かに浮かぶ白いワンピース。
ある程度の距離があるため、細かい表情までは分からない。
だが―――。
イザベルは直感で確信した。あれは、ドロテアだ。
その瞬間、商人ギルド側の目論見を見抜いた。
冒険者や一般人の外出を禁じ、その間に、ドロテアを一人で歩かせる。
すると、彼女以外に獲物がなくなったレオンは、ドロテアを襲わざるを得ない。
当然、易々と襲われるために出歩いているわけではない。彼女は囮のはずだ。
レオンが姿を現した瞬間、一斉に警護班が現れ、拘束するつもりだろう。
……であれば、まずい!
レオンがドロテアに襲い掛かる前に、始末しなければ……!
イザベルは、灌木から滑り降りる。
腰の鞘から短剣を抜き、逆手に持った。
ドロテアが姿を現した辺りまで、静かに疾走する。
イザベルの靴底も、特別に柔らかく鞣されたものを使用している。しかし、さすがに雑木林の中を駆けると、小さな枝が折れる音や、落ち葉が砕ける音が僅かに響く。
だが、速度を落とすわけにもいかない。舌打ちをして、その場所まで急ぐ。
常に視界の端にドロテアを入れ、見失わないように、かと言って見つからないように、細心の注意を払い駆け抜ける。
急いだ甲斐あって、ドロテアの近くまで、無事にたどり着くことができた。
大木の陰に背を預け、上がる息を鎮める。
あとは、ドロテアにつられてのこのこと現れるレオンを、商人ギルド側に気取られる前に始末しなければならない。
周囲を窺うが、レオンの気配はまだしない。
―――だが、イザベルの背後に何者かの気配を感じた。
振り向きざまに逆手に持った短剣を振るい、背後にいる人物の喉元へ突き付けた。
「……イザベル。私だ」
背後には、両手を上げたマーナが立っていた。
息を吐くと、短剣を下ろす。
「マーナか……。貴女も、あの令嬢を見たから来たってわけ?」
マーナは頷く。
「そうだ。おそらく彼女は囮だろうな。まるで蛾を誘う灯りみたいなもんだろう」
「ええ。でしょうね。だから、レオンもこの近くに来る可能性が高い……丁度良かった。2人で分担して見張りましょう。
万が一にも、レオンの身柄を商人ギルドに渡してはならない。よろしくね」
意志を再確認しあった暗殺者2人は、闇へ溶けた。
月明かりの下、一人で黙々と歩き続けるドロテア。
それを狙うレオン。
そして、レオンを狙う暗殺者。
三者は、ほど近い位置に集まっている。
嵐の前の静けさは、今にも破られようとしていた―――。