三者の思惑
商人ギルドや冒険者、自警団による、百人規模での捜索が行われたが、レオンの姿はどこにも見受けられない。
”ダンジョン村”の近くは、案外雑木林や洞窟が多く、隠れる場所には事欠かなかったようだ。
気付けば、日は傾き、夕暮れがちになってくる。
空を見上げたニーナが、不安そうに呟いた。
「うう、もう薄暗くなってきましたね……。夜間の捜索は不意を突かれるかもしれないし、今日のところは諦めますか?」
カトリーヌは、憮然とした表情で答える。
「いつまでもレオンの相手をしている訳にはいかないし、出来るだけ早いうちにケリをつけたいところはあるんだけど……。出てこないんじゃ仕方ないわね。
今日は諦めるとしましょうか?と言っても、通信貿易ギルドとの打ち合わせもあるし、明日にはここを離れないといけないけど……」
ドロテアは考え込む。
通信貿易ギルドにスカイラーの醜聞を持ち込むとして、どうせならレオンを連行してやりたい。
レオンという人物は、スカイラー侯爵の負の面を煮詰めたかのような存在だ。
不義の子であり、その実母は行方不明になっている。―――恐らく、既に殺されているだろう。
さらに、田舎へ放任されたかと思いきや、その地で殺人を重ねた。
どう考えても、親子とも人の道から外れている所業だ。その生きた証であるレオンを突き出すことは、スカイラーのイメージ悪化に一役買うはずだ。
ドロテアが声を上げる。
「やっぱり、レオンを捕まえて、中央都市へ連行したい。あいつを白日のもとへ引きずり出すことが、スカイラーへの打撃にもなるはずなんだ。
そもそも、あんな外道を、この”ダンジョン村”の近くに1日だって放置したくない」
カトリーヌが同意をするが、難しい顔を浮かべる。
「とは言っても、百人で探しても見つからなかったのよ?こんなところで時間を使っている訳にも……」
ドロテアが、それに頷く。
「それもそうだと思う。隠れる場所は多く、こっちから探すのは限度があった。
―――なら、向こうから来てもらうとしたら?」
ニーナが、恐る恐る聞く。
「向こうから来てもらう……?おびき出す、ってこと?」
ドロテアが、意志を感じさせる瞳で、言い切る。
「ええ。……私が、囮になる」
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ぼくは、木のあなの中に、じっと、かくれていた。
こわい顔をした人たちが、何かをさがし回っているみたいだった。
女の人もいたけど、なぜか男の人といっしょだった。だから、ぼくは出ていけなかった。
だんだんと、まわりが暗くなってくる。
ぼくはおなかが空いてきていた。
ぼくは考える。女の人のやわらかいからだを。
まだ、大きなお家にいたときのことを思い出す。
そこでは、やわらかいお肉が、よく夜ごはんに出てきた。
何回かもぐもぐしていると、口の中で、お肉のあじがいっぱいに広がっていくんだ。
そうだ、とぼくは思いつく。
こんどは、女の人のからだを食べてみよう。
わかい女の人は、からだがやわらかいし、いいにおいがするんだ。
だから、おいしいにきまっている。
楽しみになってきた。どんなあじがするのかな?
ぼくは首をふって、がまんができなくなってきた。
もうちょっと暗くなったら、外に出よう。
―――そうして、女の人を食べるんだ。
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イザベルは、沈みゆく太陽を眺めていた。
……光の下では生きられない、闇の住人が蠢きだす。
草むらが微かに揺れ、貧相な犬が、卑屈な目で歩いて行った。
それは、レオンにも当てはまるはずだ。
哀れ醜き怪物は、自らの姿が映らない闇の中でようやく、体格の劣る女性に襲い掛かることができるのだ。
―――思えば、彼も悲惨な生い立ちではある。
当然、同情したり、彼の行為を正当化するつもりなどさらさら無いが。
スカイラー家の忌み子として生を受けた彼は、すぐにその存在を隠された。
屋敷の離れに、半ば幽閉されるようにして暮らしていたそうだ。その間、ろくな教育も受けていなかったらしい。
そして、後継ぎ騒動が立ち上がると、邪魔者として田舎へと追いやられる。
監視として、イザベルたちがつくことになった。
レオン本人は、ハーレムを引き連れた気分になって、最初は喜んでいたようだが。
イザベルがこの使命を拝命し、スカイラー侯爵に最初に言われたのは、『一応生かしておくが、問題があったら即座に始末しろ』だった。
レオンの命は、そもそも、歓迎されていなかったのだ。
そして、ここに来て、状況は悪化した。
イザベルが毒殺した伯爵の娘、ドロテアが、スカイラー侯爵を失脚させるべく暗躍を始めた。
そんな彼女に、今のレオンが捕まってしまえば、とんでもない醜聞の証拠となってしまう。
……こうなったら、もう制御はできない。哀れレオンは、スカイラー侯爵の保身のため、ここで始末されることになる。
イザベルは、腰に差した短剣の鞘をそっと撫でる。
日はほぼ沈み切り、不気味な闇が周囲を覆いだす。
隣にいたマーナが、黙って腰を上げる。
隠れてしまった獣を狩るなら、このタイミングしかない。
夜になり、獲物を求めて彷徨い出てきたところを、仕留めるのだ。
―――さあ、日は沈んだ。作戦開始だ。