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逮捕

 カトリーヌは、滔々(とうとう)とした口調で、ジェーンの問題点をあげつらう。



「貴女は、あの時、血溜まりを見つけた我々に対し、『家畜の血であるため、事件性無し』として、早々に引き揚げられましたね。


 見つけたのは血溜まりだけでなく、服の切れ端などもあったというのに。


 ―――あまりにも早計すぎやしませんでしたか?


 結果、下手人は捕まることなく、この度新たな犠牲者を出すに及びました」



 カトリーヌは、鋭い視線でジェーンを見つめる。


 一瞬狼狽(うろた)えたジェーンだったが、すぐに平然とした表情を取り戻す。



「何を言い出すかと思えば……。いいか。あの時点では、あの捜査で問題は無かったのだ。


 家畜がはぐれ、野生動物に殺されることなんて、どこにでも見受けられるケースだ。


 その上、ここは田舎であり、近傍に酪農家がいくつも点在している。柵の切れ目から家畜が―――」



 長口上を述べようとするジェーンを、カトリーヌが遮る。


「ああはい。言いたいことは分かりました。


 ……で、スカイラー家の忌み子―――、レオンを(かば)うために、そんないい加減な報告書をでっち上げた、ということですか?」



 ジェーンの顔が、僅かに歪む。頬の傷跡が引き攣る。


「……何のことだ。第一、その下手人というのが、レオンとかいう奴とは限らないじゃないか!


 私が言いたいのは、あの時点では問題ない捜査をし、公正に場を収めた。それだけだ。


 ……今日はどうも間が悪いようだな。私たちは引き揚げる」



 ジェーンは、配下の騎士を連れ、この場を立ち去ろうとした。




「逃げるなっ!!!」


 カトリーヌが裂帛の一声を上げる。


 商人ギルドの警護班が、ジェーンのゆく手を阻む。



「……何だ。もう私たちに用は無い。道を開けろ」


 ジェーンからは、当初の尊大な態度は消え失せている。


 今は苦々しく、言葉を吐き捨てるだけだ。



「そういう訳にはいきません。エドワードさん、よろしくお願いします」


 カトリーヌが手を上げると、エドワードがぬっと姿を現した。



 気さくな笑みを浮かべ、ジェーンに近寄っていく。


「やあやあ……。騎士さんとはお初にお目にかかりますな」


「何だ貴様は?私たちは忙しいのだ。さっさと道を開けろ。そうでないと、騎士団を妨害した(かど)で逮捕するぞ」



 エドワードは軽く笑う。


「そんな物騒なことは言わないで下さいよ。昨日のことなんですがね。我が家になんと暗殺者がやってきましてね。


 何とか撃退して、その中の一部を生け捕りにしたんですよ」



「……そうか。それがどうかしたのか?」


 ジェーンは無表情に返した。


「どうかしたのか、って……。善良な市民が暗殺者に襲われたんですよ?仮にも騎士団なんですから、少しは心配なり何なりして欲しいところですな。


 ……それはさて置き、その生け捕った暗殺者を、少しばかり可愛がってやったんですよ。


 そうしたら、面白い事を言い出しましてね。なんて言ったと思います?」



「さあ、皆目(かいもく)見当もつかんな」


 ジェーンは素知らぬ顔で聞き流す風を装っているが……その首に一筋汗が流れた。



 それに気付いているのかいないのか、エドワードは話を続ける。


「まあ、可愛がる前に、一つ質問をしたんです。


 さすがにこんな田舎とは言え、暗殺者がボロ家に押し入って人を始末するなんて、大事になるに決まってる。騎士団や自警団に追われるとは考えなかったのか―――。とね。


 そうしたら、暗殺者の1人がこう言いました。


 『仮にそうなっても、()()()()()()()()()()()()()()()と言われた』。


 ―――これは一体、誰のことなんでしょうね?」




 ジェーンは、かっとなって言い返す。


「それが、私だとでも言いたいのか!?馬鹿げている!


 だいたい、そういった脅しによって得られた証言は無効だ!


 ―――いや、そもそも、その暗殺者が苦し紛れに吐いた讒言(ざんげん)だ!これは、私を陥れる罠だ!私は帰るぞ!!」



 部下をも置いて、ずかずかと帰ろうとしたジェーンの腕を、エドワードが掴む。


「……残念ながら、貴女にお帰り頂く訳にはいきません。騎士団での職権濫用罪で、私人逮捕いたします」


 素早くジェーンの腕をねじり上げ、縄で拘束する。


 それと同時に、商人・冒険者ギルドの警護班が、他の騎士を拘束した。



 縛られ、強制的に座らされたジェーンが()える。


「貴様ら……!一体何をしたのか分かっているのか!これは騎士団に対する反逆、ひいては国家に対する反逆だ!


 決して許されることではない!法の下に我々はすぐに釈放されるだろう!その時は……、貴様ら、覚えておけよ……!」



 歯ぎしりをするジェーンに、カトリーヌは冷たい視線を向けた。


「そうね……。貴女の後ろ盾である、スカイラー侯爵がご健在ならば、そうなるのでしょう。


 しかし、今に彼の時代は終わり、薄汚い膿は出し尽され、浄化されることになる。


 ―――その時に、一体、どうなっているでしょうね」




 そう呟くと、カトリーヌは前を向く。


 これで邪魔者は消えた。



 あとは、レオンを捕らえ、数々の汚職の証拠と共に、中央都市に叩き付けるだけだ。


 尋常ではない規模の汚職に民衆は怒り狂い、対立する貴族は喜んで牙を剥くだろう。



 民衆に、対立貴族に、世間そのものに、スカイラー家は破壊され、そこには空白ができる。



 そして、そこにできた間隙(かんげき)に、ドロテアは滑り込む。


 喪われた令嬢と言う立場を、再開させることができるのだ。



 だから、これは―――、絶対に成功させなければならない。



 金のため。名声のため。


 それもある。




 だがそれよりも、愛すべき友人、ドロテアのために―――。



 カトリーヌは再度、覚悟を刻んだ。




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