乱入
朝の日差しが眩しい。
結局、昨晩はレオンを見つけることができなかった。
どうせ、間抜けな奴のことだ。何だかんだで、すぐに見つかるだろう―――。
そう高を括っていたのだが、そうは簡単に行かなかった。
気配の消し方すら、獣並みになってしまったという事だろうか。
レオンには、この周辺の土地勘は無い。
だから、『おいかけっこ』をするにしても、多少は前科のある、この辺りで犯すはずだと睨んでいるのだが……。
交代で少しづつ仮眠は取ったが、疲労しているのは否めない。
革の水筒から一口水を飲んだ。
蓋を閉め、ため息をついたイザベルだったが、ふと違和感に気付く。
近くにいたマーナの肩を叩き、草むらから周囲を窺う。
どうも、”ダンジョン村”方面が騒がしい。
観察していると、”ダンジョン村”の職員や冒険者たちが二人一組になって、警戒しながら何かを捜索しているようだ。
「ふむ……私たちを追っている、という事か?」
それを見たマーナが呟く。
「どうかしらね。普通に考えたら、暗殺者である私たちがここに残り続けるとは考えづらいと思うけど」
「―――つまり?」
マーナの問いに、イザベルは肩を竦める。
「……奴らもレオンの暴走に気付いた、って事かもね」
「それはマズくないか?」
「相当ね。もし仮に生け捕りにされたら、それだけでスカイラー家にとってとんでもないリスクよ。
……特に、あのドロテアって少女は、相当な恨みがあるだろうからね。容赦せずに責めてくるはずだと思うわ」
イザベルは、足元の雑草をにじり潰す。
「……おそらく、あいつは日が昇っている間は動かないでしょうね。
薄暗くなってから、獲物を探しに人気のない街道の近くに出没するでしょう。
その時がチャンスかな。まあ、暗ければ見つけにくいけど。じっと縮こまってるのを探すよりは現実的かな」
マーナは頷く。
「分かった。じゃあ、それまでは控えめに動こうか」
「そうね……。私たちが不用意に動いて、”ダンジョン村”の奴らに見つかってしまったら、それこそ大変なことになるし。日の高いうちは慎重にいきましょう」
イザベルとマーナは、丈のある草むらへと隠れる。
静かに、彼女たちも獣狩りを再開する。
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ドロテアたちは、周囲の動きが一望できる”ダンジョン村”中央広場へ陣取っていた。
カトリーヌは、商人ギルド、そして冒険者ギルドへと指示を出す。
冒険者ギルドは、カトリーヌが大金を掴ませたことで、今やカトリーヌの私兵状態になっている。
レオン捜索に当たる者は、不意を突かれないよう、二人一組、ないしはそれ以上の人数でグループを組むことを義務付けた。
ここ最近起こっていた行方不明事件、それに、ドロテアが見つけた謎の失踪と血溜まり、そして、今朝の宿屋の死体。
それらの状況から推測される事柄は―――。
レオンが引き起こす事件は、徐々にその間隔が短くなってきている。
おそらく、奴はまた事件を起こすだろう。それも、この近くで。
その事実が周知され、”ダンジョン村”は、これまでにない緊張状態を迎えていた。
普段は陽気にダンジョンへ潜っている野良の冒険者も、レオン探索へと加わってくる。
そういう訳で、ざわついていた”ダンジョン村”だったのだが……。
「おい、貴様ら!何を集まっているんだ!さっさと解散しろ!届け出の無い集会は、共謀罪として全員逮捕するぞ!」
精悍な馬にまたがり、6人程度の騎士団がこちらに近づいてきた。
「おいでなすったか……」
カトリーヌは、厳しい目を騎士へ向ける。
「貴女が責任者だな。すぐさまこの集会を解散させろ!」
騎士団の先頭に立つ騎士が、凛々しい声を上げる。
―――聞いたことのある声だ。しかし、2度も同じ手を食うカトリーヌではない。
カトリーヌは、慇懃無礼に腰を折る。
「これはこれは……。中央騎士団、遊撃課のジェーン騎士でしたね?またお会いできて光栄です。わざわざこんな田舎くんだりまで、ようこそおいで下さいました。
……中央の方には、仕事は無いのですかね?」
挑発ともとれるカトリーヌの言葉に、ジェーンは静かに凄む。
「……何が言いたい?ここで、大勢が集まって何事かをしているという報告があったから、様子を見に来ただけだ。
これは治安維持のための巡回であり、騎士団としての崇高な使命の一つだ。
我々騎士団に、このような集会の届け出は出されていない。どのような目的でこれを行っているのか、この場で申告せよ」
「そうですねえ……」
カトリーヌは、目線を素早く走らせる。
その意図を汲んだザラヴィスが、静かに動く。
それを目の端で確認したカトリーヌは、ジェーンに向かって皮肉な笑顔を向けた。
「これは、貴女方が犯した汚職の尻拭い、ってところです」
「―――っ、何いっ!この私を侮辱するか!!」
ジェーンが激高し、ヘルムを脱ぎ捨てる。
炎のような赤毛が逆巻く。
「いえそんな……。私が言いたいのは『事実』です」
カトリーヌはそう呟くと、懐から一枚の紙を取り出す。
あの日、ジェーンから渡された、捜査報告書だ。
「貴女方が書いた、この適当で無責任な報告書のせいで、犠牲者が出て、それはいまだ解決されていない。
……これは、結構な重罪だと思うのですがね?」
表情こそ微笑んでいるが、カトリーヌの視線は、冷たく射抜くようにジェーンを見据えている。
ぞっとしたジェーンは、そっと周囲を確認する。
いつの間にか、騎士団は、周囲を商人・冒険者ギルドたちに囲まれていた。
「さあ―――、罪を、認めますか?」
カトリーヌは、ジェーンに厳しく言い放った。




