就寝
エドワードと別れたドロテア達は、カトリーヌの家へと向かう。
道中は自警団に護衛され、危険な目に遭う事はなかった。
馬で二十分程度の場所に、家は建っている。
無事に家へと帰りつくと、自警団の若者は、敬礼して去っていった。
これから”ダンジョン村”に戻り、火事の現場を収めてくれるのだろう。
カトリーヌは、去っていった自警団の後ろ姿を見つめて呟いた。
「自警団には借りができたな。また便宜を図ってやるか……。
さて、これが私の家よ。……少し散らかってるかもだけど、入って」
腰の鍵束から一本を選び出す。
その先端は複雑な意匠が凝らされていた。
構造が簡単なウォード錠とは言え、特注の複雑な形状の錠であれば、錠前破りは容易ではない。
これはまさにそれだった。カトリーヌは商人ギルドの長であるから、空き巣などに入られては困る。
そのため、高名な鍵師に大金を積み、特別に拵えてもらったものなのだ。
鍵穴に突っ込んで、鍵を回す。
小気味よい手応えと共に、鍵が解除される。
扉を押し開く。
中に入ったカトリーヌは、2人を手招きする。
ドロテアとニーナは、頭を下げてそれに従う。
室内は綺麗に整頓されていた。
大きな石造りの暖炉、天井からぶら下がるお洒落なランプに、年代物の本棚。
そのどれもが、そつない配置をされている。珍しいソファベッドなんてものも置かれていた。
台所へ行っていたカトリーヌが戻ってくる。
物珍しさにきょろきょろしているドロテアとニーナを見て苦笑する。
「そんなに珍しい物じゃないわよ。……ちょっとだけど、やけどしているみたいね。これで治療しときましょう」
カトリーヌは、机の上に水の入った桶、そして白い軟膏とガーゼを置いた。
「まずはやけどした場所を水洗いね。
それからこれは植物性のバター。やけどした部分にこれを塗って、ガーゼで覆っておきましょう。
……貴女たちは可愛らしいんだから、やけどが残ったら勿体ないでしょ?」
しばらくの間、ドロテアたちはやけどの治療に専念した。
逃げてきた当初は興奮していて自覚がなかった。だが確かに、落ち着いてきた今、じくじくとした痛みが現れ始めていた。
腕や手首を見ると、赤くなって水ぶくれができていた。
顔を触ると、痛みが走った。慌てて顔から手を放す。
桶の水をかけ流しながら、患部を冷やす。
顔は、鏡を見ながらそっと洗った。桶に顔を突っ込んで、そのまま冷やす。
痛みが治まってきたら、植物のバターを塗って、ガーゼで軽く覆う。
―――こうすれば、やけどの痕は残りづらいそうだ。
腕や足の処置は終わったが、どうも背中も痛い。
しかし背中は自分ではどうすることもできない。どうしたものか考えていると、一足先に処置が終わったニーナが話しかけてきた。
「私は多分治療できたよ。ドロテアはどんな感じ?」
「あ、ニーナ……。ちょっとね。背中もやけどしちゃったみたいなんだけど……、見てくれる?」
「うん、いいよ。……えーと、じゃあ、ちょっと失礼しまーす……」
ニーナは断りを入れ、ドロテアのシュミーズを脱がせる。
重度のやけどではなかったため、肌着と皮膚の癒着は起こらなかった。
ほっそりとした色白の背中は、今はうっすらと赤く染まっている。
水泡などはできていないので、軽傷ではあるのだろう。しかし、冷やした方が良さそうだ。
声を掛けてから、常温の水でゆっくりと冷やす。
ドロテアは気持ちよさそうな表情を浮かべた。
痛みがある程度引いたら、赤みがある部分にバターをさっと塗る。包帯を軽く巻いた。
脱いだシュミーズを再度着ようと手を伸ばすと、カトリーヌが声を掛ける。
「ああ、2人とも……。服もちょっと破れちゃってるし、今日は私のネグリジェを着けて寝てくれればいいから。
明日も、私のクローゼットから適当に着れそうなのを着てってくれればいいわよ」
ドロテアは、素直にその厚意を受け取ることにする。
確かに、イザベルに鞭打たれて裂け、放火で煤けて焦げたワンピースは、見るも無残な姿になっていた。
カトリーヌから手渡されたネグリジェを広げる。
それは多少大きかったが、シルク地で手触りはとても良かった。やけどで痛む体にそっと馴染む。
一同は、やけどの処置を一通り終えた。
幸いにも、重症の者はいなかったようだ。
カトリーヌは、机に肘をついて、口を開いた。
「さて……。これで、ようやく一息つけるわね。もう遅くなっちゃったけど、2人とも、客間のベッドを使ってちょうだい。
私は自室のベッドを使うわ。明日も忙しくなるから、ちょっとの間だけでも休んでおかないとね。何かあったら起こして。
じゃあ、お休み……」
カトリーヌは、片手をひらひらと振って、自室へ消えていった。
それを見送ったドロテアとニーナは、客間へ向かう。
広い客間には、大きいベッドが2つ鎮座していた。寝そべってみると、非常に寝心地がいい。
おそらくこれも高級品なのだろう。
疲れと興奮で眠気は感じていなかったのだが、柔らかい布団に包まれると、徐々に眠気がやってきた。
それでも、隣でベッドに入っているニーナと、しばらくの間話していた。
明日以降、どう動くか。スカイラーの醜聞を効果的に広め、自らが勝利するためには、どうすべきか―――。
だが、次第にまぶたが落ちてくる。
自分でも気が付かないうちに、眠りの国へと意識を手放した。