一日の終わりに
ぼくは、じゆうになった。
ローズおねえちゃんであそんで、あのへやからとび出したんだ。
……やった!これでぼくはじゆうだ!
今のぼくを、だれも、じゃますることはできないんだ!
イザベルもマーナもジャスミンもベッティナも、ぼくをバカにすることはない。
うれしくなって、ピョンピョンと飛びはねた。
……じつは、ぼくもだんだんと分かってきた。
イザベルたちは、ぼくを大切に思っているわけじゃないってことが。
ぼくを、せまいへやに閉じこめて。むかしほど、かまってくれなくなった。
ぼくのことが、きらいになったんだ。
だから、ぼくは、外へ出ることをきめたんだ。
ぼくのりょう手には、まだ、ローズおねえちゃんのくびをしめた時の感じがのこっている。
目の前で、りょう手を広げてみる。
さいしょは、まっ赤だったけど、今では、まっ黒に、色がかわっていた。
なめてみると、ふしぎな味がした。……でも、いやな味じゃない。
夜のみちをひとりで歩いていると、何だか、おとなになった気がする。なんでもできる気がする。
ぼくは、物かげにかくれる。
だれかが来るまで、じっとうごかない。
ひとりで歩いている女の人をさがして、いっしょにあそぶんだ。
男の人はだめだ。だってこわいんだもん。
『おいかけっこ』のことを思い出す。
たのしかったな。
手がムズムズする。つぶして、しめ上げて、ちぎってこわした感じを、思い出す。
―――ああ。はやくもう一回、あそびたいなあ。
ぼくは、かくれたまま、クスクスと笑った。
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カトリーヌは、激しく燃え上がる”ダンジョン村”事務所を、茫然と眺めていた。
今日の怒涛の展開に、まだ脳が追い付いていない。
会議をしてたら暗殺者が来て、殺されかかって、ドロテアのところの使用人が助けてくれて、それで事務所が燃やされて……。
火の手の勢いは凄いが、事務所のすぐ近くには、人家や建物はない。少し離れた場所に建っている。
だから延焼は避けられるだろう。それについては少し安心した。
カトリーヌたちが脱出してから30分は経つが、未だに火の勢いは衰えない。
野次馬たちの騒ぎも冷めやらぬ中、10人程度の集団がやって来る。
「おい!……これは一体、どういうことだ!?」
カトリーヌの耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。
……自警団の隊長・ヒューだ。
どうやら、騒ぎがあったことを察知して、巡回に来てくれたようだ。
カトリーヌは、丁度いいと片手を上げてヒューを呼ぶ。
「こっちだ。助けてくれ……。どうやら、スカイラーの一派に襲撃されて、放火されたようだ」
ヒューは、驚いた顔でカトリーヌの元へやって来た。
「か、カトリーヌさん……。それは本当ですか?」
「ああ。おそらくな。すまんが、延焼しないかどうかの見張りと、野次馬を追っ払うのを頼めるか?
人手が要るなら、副ギルドマスターのザラヴィスを呼んで使ってくれればいい。……正直体力も限界でな。まともに仕切れそうにない」
「分かりました。ザラヴィスさんの力をお借りして、この場を収めます……。
では、ご自宅に戻られますか?自警団から護衛をお付けしましょうか?」
ヒューが提案し、カトリーヌがそれに答える。
「ええ。お願いするわ……。そうだ」
カトリーヌは、思いついてエドワードとマーガレットに話しかけた。
「エドワードさん……。貴方も暗殺者に襲われたんですよね?ドロテアの家はどうなったんですか?」
エドワードは、ああ、と顎を撫でる。
「そうだな……。確かに暗殺者に襲われて、寝室はボロボロになってる」
それを聞いて、カトリーヌは頷いた。
「なるほど……では皆さん、今日は私の家に泊まってください。もちろんニーナもね。私の家ならば、ある程度防犯も効いています。
何せ、命を狙われたばかりなのです。安心できる場所でないと、寝つきも悪いでしょう……」
一同は顔を見合わせたが、断るような話でもない。厚意に甘えることにした。
だがその前に、とエドワードがヒューに伝える。
「ああ、自警団の隊長さん。申し訳ないんだが、その前にうちの家へ来てもらえるか?
暗殺者共が、床にのびてるはずだ。拘束して、事情を聞いてほしい」
ヒューは、露骨に顔を顰める。
「げ……。カトリーヌさんの話によると、スカイラー家の息がかかった暗殺者なんですよね?
あまり、関わりたくないというか何というか……」
カトリーヌは、肩を竦めて呟く。
「まあ、自警団は騎士団ともしがらみがあるからね……。やりにくい所があるのかもね。
そんな言い合いで時間を取られても仕方ない。冒険者ギルドを呼んで拘束させておくわ」
ヒューが頭を下げる。
「察して頂いて恐縮です。……では、うちの者に送らせますので。おい!」
ヒューが声を掛け、自警団の若者二人が前に出る。
「この者たちに護衛させますので。……送ったら戻ってきて現場を手伝え。よろしくな」
若者の肩をぽん、と叩き送り出す。
精悍な若者二人は、前後でドロテアたちを護衛する格好になる。
カトリーヌが一同に告げる。
「じゃあ、私の家に戻りましょうか。みんな、ついて来てちょうだい」
一同はカトリーヌの家に向かって歩き出すが、エドワードとマーガレットはその列から外れる。
「ああ。俺たちは、冒険者ギルドを手伝ってから行くことにする。
……暗殺者の身柄を拘束するにも、先導してやらなきゃ返り討ちにあってしまうかもしれないからな」
カトリーヌは、それに頷く。
「そうね。……貴方たちのおかげで助かったのに、仕事を任せてしまって申し訳ないわ。
……では、よろしくお願いします」
エドワードは、親指を立てて見せる。
「まあ、これも皆の、ひいてはお嬢様のためだ。任せてくれ。
……ではまた明日な。落ち着いたら合流しよう」
手を振り合った一同は、それぞれの目的地へ向かう。
長かった一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。