問屋
ドロテア達は、日当りと見通しのいい草原にシートをひき、腰を下ろす。
汗をかいた体を柔らかい風が吹き抜け、心地よい。
マーガレットがバスケットを開く。その中には、色とりどりの野菜やサンドイッチが入っていた。
卵や魚のフライ、ベーコンなどが挟まれている。
少し遅い昼食をとる。
他愛無い話をしながらサンドイッチをぱくつく。
怖い思いをしただろうと、あえて迷宮での話を避けて話していたのだが、ドロテアに元気がない事に気付く。
エドワードは、どうしたものかとマーガレットの方をちら、と見た。
マーガレットは視線で答えると、ドロテアに単刀直入に聞いた。
「お嬢様、元気がないみたいだけど、どうかした?サンドイッチ美味しくなかった?」
ドロテアは、頭を振って否定する。
「そんな、サンドイッチは美味しいよ。作ってくれてありがとう」
手に持っていたサンドイッチを頬張ると、もぐもぐと咀嚼する。
「そう?ならいいんだけど。でも、何かあったら遠慮なく言ってね」
マーガレットが微笑むと、ドロテアは居心地が悪そうに膝元のシートを指でいじる。
「うん……。えっと、そうだね。先走っちゃって迷宮に行きたいって言ったけど……。
私は結局守られてただけで、迷宮では何も見つけられなくて……。自分の無力さに改めて気づいたっていうか……。そんな感じ」
俯いたドロテアに向けて、エドワードは語りかける。
「まあ、最初はそんなものですよ。やっぱり、冒険者学校へ通ってみますか?新しい事に挑戦するのもいいと思いますよ」
「うぅ、それはまあ、考える」
ドロテアはぐでっと伸びた。やはりまだ積極的な気持ちにはなれないのだろうか。
自分たちもいつまで健康でいられるか分からない。
できれば、早いうちにお嬢様には独り立ちできる力をつけてほしいものだが。
ふむ、と唸ったエドワードだったが、ふと思いついたように言う。
「あ、そうだ……。お嬢様が拾われた金貨ですが、知り合いの問屋に見せに行こうと思うのです。お嬢様もご一緒にいかがですか?何か新しい発見になるかもしれませんよ」
「え?そうなの?面白そう!私もつれてって」
やおら起き上がって目を輝かせる。
「あらあら。楽しそうで良かったわね……。私は食事の支度もあるから、先に帰っていますね。二人で行ってらっしゃい」
手を振るマーガレットに手を振り返し、ドロテアとエドワードは町の外れにある問屋へ向かう。
道中、ドロテアは疑問を挟んだ。
「今から行く問屋さんって、いつもエドワードが、狩りした獲物とかを買い取って貰ってるとこでしょ?そんなところに金貨とか目利きできるの?門外漢じゃない?」
「ああ、問屋のミハウですが、彼は中々の腕利きでして。いつもは確かに狩りの獲物を買い取って貰っていますが、そのほかに貴金属やブランド物なども手広く扱っているようです。
……また。商人ギルドに所属しているらしく。彼が対応できなくとも、誰かしら見てくれるでしょう。それと―――」
エドワードはそれを話すかどうかで一瞬迷ったようだったが、結局口を開く。
「公共の場で、”お嬢様”とお呼びすると、悪目立ちする可能性があります。
―――失礼ですが、”ドロテア”と、名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……”ドロテア”。」
彼女が、その名で他人に呼ばれたのは久しぶりの事だった。
彼女は基本、家と図書館との往復で過ごしてきた。
基本、エドワードとマーガレット以外の人物とは、さして親しく話さない。図書館の司書とは多少話すが、それにしたってお互いの名前すら知らない間柄だ。
家では、基本的に”お嬢様”と呼ばれている。なので、”ドロテア”と呼ばれたことに、新鮮な感じを受けた。
へんなの、とドロテアは笑う。これが私の名前なのに。
「ええ、当然。……でも、エドワードに名前で呼ばれるなんて、変な感じ。
あ、別に、嫌って訳じゃないけど、なんだか不思議だなって」
「……ですね」
エドワードは苦笑した。
目的の問屋へたどり着く。
店の前は色々な物が置かれて雑然としていた。売り物か預かり物か、用途もよく分からない物が積み上げられている。
エドワードは物をかき分け、戸を開く。
「ミハウ!エドワードだ。ちょっと見てほしいものがあるんだが……。頼めるか?」
エドワードが大声を出すと、店の奥の方にある、商品がうず高く積まれている小山が震える。
小山の中腹がごろごろと崩落し、小男が這い出してくる。
「お?おう、エドワードか。どうした?猪ならこの前買ったじゃねえか。もう次の奴を狩ってきたのか?さすがだな」
「いや、今日は違う。これを鑑定してほしくて……」
エドワードは、店のカウンターに、布の小袋をそっと置いた。
「ふうん?今日は子連れか?アンタには似てねえな。えらく可愛らしい子じゃねえか」
小袋を受け取りつつ、ミハウはドロテアに視線を向ける。
ドロテアは、多少おどおどしつつも、頭を下げた。
小袋の中身をカウンターに広げたミハウは、凍り付く。
「……なんだこれ。金貨じゃねえか。それも結構な数……なんでお前みたいのがこんなモンを持ってんだ……?
おい、ヤバい物じゃねえだろうな?」
焦ったように尋ねるミハウに、落ち着き払って答える。
「落ち着いてくれ。とある迷宮の奥地で拾ったんだ。せっかくだから価値を知りたくてな」
「ってもよお、これは……。試金石に擦ってみんことには何とも言えんが、この手応え的には本物の金だぜ。これに考古学的価値でもついたらとんでもねえ事になる。んで、仮に盗品だったとしたら、俺の首も危ない。
……悪いが、俺一人の手に負えるもんじゃねえ。ギルドマスターに聞いてみるから、改めて来てくれねえか?」
「ギルドマスターだ……?」
エドワードは方眉を上げる。
「ああ。そこで、詳しい話を聞かせてくれ。……この金貨は、確認のため、1枚だけ預からせてもらうぜ」
エドワードは頷いた。
拾った金貨がどんなものか知りたかっただけなのだが、ギルドマスターが出てくることになるとは思わなかった。
ちら、とドロテアを見ると、不安もあるが、それよりも興味津々といった表情をしていた。
まあいいか。とエドワードは思う。
別に不正をして手に入れた訳でもないし、仮に何かあってもドロテアを守り通す自信はある。
それよりも、今はドロテアが楽しそうならばそれでいい。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか……。
いつしか、エドワード自身も、わくわくとした気持ちを抱きだしていた。