灼熱
イザベルの放火により、”ダンジョン村”事務所は炎上する。
燃料を撒いていたという言葉の通り、火の廻りは異様に早い。
イザベルに弱化魔法を掛けられて、うずくまっていたエドワードだったが、マーガレットが治癒魔法を掛けると、よろけながら立ち上がる。
「……やれやれ。逃げるなら大人しく逃げてほしいもんだ。
暗殺者共は逃げていったようだが、このままでは焼け死んでしまうな。
さっさとここから脱出しよう」
エドワードたちに促されたドロテアたちは、隠れていた机の下から這い出してくる。
火の粉が飛び、燃え盛る室内を見て、ドロテアは小さく悲鳴を上げた。
「まずいわ……。せっかく集めた不正の証拠が、燃えてしまう!」
そう叫ぶと、室内に散らばった資料を掻き集め始めた。
大半の原本は、ウォルバー城の地下へ隠してあるのだが……。そうではない資料も一部ある。
それが焼失してしまうのは、いかにも惜しい事のように思えたのだ。
黒頭巾との乱闘で、資料はあちこちに散らばっている。この中から、必要な資料だけ見繕って持ち出すのは難しい。だから、手当たり次第拾い集めるしかなかった。
ドロテアが資料を拾い出すのを見て、ニーナも慌ててそれに加わる。
彼女たちの様子を見て、カトリーヌが鋭く叫ぶ。
「ドロテア!……早めに引き上げよう!最近雨も少なかったし、火の勢いが止まらない!
うかうかしてたら、煙に巻かれてしまう!」
「分かってる!でも……、これがないと、お父さんの仇が……討てないよ!」
ドロテアは半べそで資料を掴む。
室内は炎によって灼熱に染まり、煙が充満し始める。
流した涙は瞬時に乾き、顔がひりつく。……火傷を負っているかもしれない。それでも、止めるわけにはいかなかった。
木の柱が大きな音を出して爆ぜる。
高温に耐えられなくなった柱が、大きく傾ぐ。火の粉を撒き散らしながら倒壊した。
それにつられ、連鎖的に構造が崩壊し始める。
エドワードが大声を出す。
「……ダメだ!もうこれ以上はここに居られない!脱出するぞ!」
ドロテアを小脇に抱え、窓に向けて走り出す。自らが突入した窓から飛び出して、生還を果たす。
そのすぐ後ろから、カトリーヌがニーナを抱えて脱出をする。
マーガレットも、無事に抜け出すことができた。
一同は、燃え盛る”ダンジョン村”事務所から、火の粉の届かない、離れた場所まで逃げる。
時刻は深夜であったが、まるで昼間かと見紛うばかりに、周囲はその炎で明るく染め上げられていた。
よほど目立ったのか、周囲には大勢の野次馬が集まっていた。
野次馬の一部が、ドロテアたちの方に寄ってくる。
親切な人が、冷たい水を持ってきてくれた。
ドロテアは、礼を言ってそれを受け取る。口をつけて、噎せながら一気に飲み干す。
荒い息をつき、口を拭う。生き返った気分だ。
周りを見ると、他の皆も同じように介抱されていた。……人の厚意も捨てたものではない、とドロテアは感謝した。
自分が拾ってきた資料に目を落とす。
全部の回収は無理だったが、とりあえず手の届く範囲のものは、出来る限り持ってきた。これが、良い方に行けばいいのだが……。
愛用のレザーバッグを開いて、拾った資料をしまう。
その時、クマの縫いぐるみと目が合った。火事の中、レザーバッグの中にいた彼は、無傷のままそこにいた。
ふっ、と顔が緩む。
そうか。ジニーも無事だったか。
縫いぐるみの頭を撫で、そっとバッグを閉じる。
さて―――。
と、ドロテアは炎に灼かれる空を睨む。
経済的な不正や汚職だけでなく、暗殺や襲撃まで行っているとは……。
やはりスカイラー侯爵の存在は、到底許されるものではない。
何としても、奴を倒さなければならない。
ドロテアは、その決意を改めて、心に刻んだ。
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イザベルとマーナは、暗い夜道を走っていた。
イザベルが吐き捨てる。
「まさか、あの使用人があそこまで手練れだったとは……。
ジャスミンもベッティナも使い物にならない!想定外もいいとこだったわね」
マーナが、それに答える。被っていた黒頭巾は、道すがらに投げ捨てた。
「……どうする?襲撃が失敗した以上、ドロテア側は今以上に躍起になるはずだ。
警備も厳しくなるだろう。……時間が無いぞ」
イザベルは言葉を荒げる。
「うるさいわね。分かってるわよ……。とりあえず、宿屋に戻って、ローズと善後策を練りましょう」
それから間もなく、宿屋に戻りつく。
偽名でチェックインしているし、イザベルがここに居たとバレるのはまだ先だろう。
しかし、さっさとここは引き揚げなければならない。
イザベルは、部屋の扉をノックする。
「ローズ。イザベルよ。戻ったけど……相談したいことがあるの。
……ローズ?」
―――室内は静まり返っている。
……嫌な予感がする。
騒ぐ動悸を無視しながら、ドアノブに手をやる。
回してみると―――。抵抗なく回った。
鍵は掛かっていなかった。
思わず、イザベルとマーナは顔を見合わせる。
唾を呑み込み、短剣を抜いて、慎重にドアを開く。
室内に、一歩足を踏み入れると……。
「……そ、そんな……!」
イザベルは、思わず短剣を取り落とす。
そこにあった、光景とは―――。