鎮圧
「来るぞ!……マーガレット!」
こちらへ襲いかかろうという黒頭巾の暗殺者たちを前に、エドワードが声を張り上げる。
マーガレットは一つ頷くと、手早く強化魔法を詠唱展開する。
「精霊よ……彼の者を護り、導き給え」
仄かな光が、指先から迸る。エドワードの筋力と運動能力が、一時的に増加した。
正面から突っ込んでくる一人に、軽く拳を放つ。
だが敵もさる者で、体を少しずらして、最小限の動きでそれを避ける。そしてそのまま、エドワードの胸へ短刀を突き出した。
―――それこそがエドワードの狙い目だった。
軽く放たれた拳は、敵の動線を誘導するためのフェイントだ。
突き出された短刀を握る手首。それを掴み、捻じり上げる。
暗殺者は、思わず短刀を取り落とす。それを、後ろへ控えるマーガレットの方へ蹴り飛ばした。
もう一人の暗殺者が、短刀を体の正面に構え、突っ込んでくる。
エドワードは、その勢いに合わせ、手首を捻り上げていた暗殺者の体を投げつける。
突っ込んできた方は慌てて短刀を引こうとしたようだが、遅かった。
短刀の切っ先に、投げつけられた暗殺者が突き刺さる。
そのまま体重を受けた暗殺者は、2人まとめて倒れる。
折り重なって倒れた暗殺者たちに、エドワードは走り寄る。頭を強く蹴り、意識を失わせた。
……これで、残っているのは隊長格の黒頭巾2人のみとなった。
エドワードが、静かな声で告げる。
「さあ、降参しろ。そして、お嬢様の―――、ドロテアの元へ案内するんだ」
黒頭巾たちは僅かに動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。
無駄口を叩かずに、短刀を構えなおす。順手で短刀を握り、足を軽く開く。
腰を沈め、バネを溜めたと思いきや、一気に開放して飛びかかる。
さっきまでと違い、動きに隙が無い。さすがは隊長格といったところか。
狭い寝室の中なので、大きく逃げ回るわけにはいかない。
ベッドのシーツを掴み、暗殺者に向かって投げつけた。
それは緩やかに広がりながら纏わりつくが、空中で難なく切り裂かれる。
だがその一瞬の隙を逃すエドワードではなかった。
切り裂かれたシーツで短刀の切っ先を確認すると、構えの体勢に戻られる前に、その腕を掴む。
肘の関節を逆向きにすると、流れるようにそれを自らの膝へ叩き付ける。
生木がへし折れる音がして、暗殺者の腕は、通常と逆向きへひん曲がった。
深夜、虫の音すら寝静まった闇夜に、絶叫が木霊する。
もう一人の暗殺者が、慌てて短刀を振りかざす。逆手に持ち替えている。
しゃがむ格好になったエドワードの首筋を一突きしようとしているのだ。
短刀は振り下ろされ、エドワードの首を貫こうかというその刹那。
暗殺者は予想外のところから衝撃を食らい、転げた。
そして体勢を立て直す前に、首筋に短刀が突き付けられる。
信じられない思いで前を見ると、そこには、冷たい視線を放つマーガレットが立っていた。
その手には、暗殺者から奪った短刀が握られている。
2人がエドワードだけに気を取られていたところ、隙をついて体当たりをかましてきたのだろう。
―――ただのババアだと思って油断していた。完敗だ。
暗殺者は、黙って両腕を高く差し上げた。
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「……で、貴女たちの素性は?目的は何なの?」
黒頭巾の暗殺者、その隊長格の2人は、腕を縛られて座らされていた。
今は黒頭巾は取り去られ、素顔をさらけ出しているが。
他の4人は、未だに気絶して、床にのびている。
一応、マーガレットが全員に、最低限の手当てを施した。死にはしないだろう。
隊長格の暗殺者は、顔を背けて口を噤む。
「……誰が言うか。くそ、油断した……」
マーガレットはため息をつくと、折れた腕を固定している添え木を小突いた。
暗殺者は、脂汗を流して悶絶する。
「あのねえ。強情張らないでちょうだい。
殺しに来た相手の傷まで治してあげてるんだから、感謝の印にそれぐらい喋ってもいいんじゃないの?これ以上意地を張るなら……もう一回折るわよ?」
暗殺者の目に怯えが走る。マーガレットの目は本気だった。
2人のうち、腕を折られた方の暗殺者が、もう片方に涙声で話す。
「ジャスミン……。ごめん、受けた指示について喋ることにするよ。このままじゃ、2人とも殺される……。そこまでの給料は貰ってないよね?
……私が吐いたって、イザベルさんには言わないでくれる?」
もう一人の暗殺者―――ジャスミンと呼ばれた方―――も、苦い顔をして呟いた。
「……ベッティナ。私の名前を言わないでって。
まあ、早々にやられて降参したってのがバレたら、どっちみち馘首か斬首ね。
……ねえ、貴方たち。私たちが指示について吐いたって、後で言わないでくれるかしら?」
マーガレットは、苦笑して答える。
「拘束されてる身分だっていうのに、ずいぶんと注文が多いのね……。
まあ、貴女たちのことはどうでもいいから、そうしておいてあげるわ。だからさっさと吐きなさい。
ドロテアは……、今、どんなことになっているの?何に巻き込まれているの?」
「ええ、そうね。私たちが指示を受けたのは……、そして、目的は……」
ジャスミンとベッティナは、此度の襲撃について、その詳細を語り始めた。