別動隊
「……どういうこと?」
ドロテアは固い声で答える。
黒頭巾の女は、くすくすと笑う。
「あら。物分かりが悪いわね……。
いいわ。分かりやすく言ってあげる。―――あなたが住んでいたあばら家に、暗殺者を差し向けたの。
貴女が情報を吐かないというのなら……。さあ、どうなるでしょう?」
黒頭巾の女は、その細い指で、ドロテアの顎を、くい、と上げさせた。
頭巾の隙間から覗く、意志の強そうな瞳がドロテアを捉える。
「貴女が強情を張って、飽くまでも情報をひた隠しにするというのであれば……。
その選択のせいで、哀れ親愛なる使用人たちは生涯を閉じることになってしまう、ってわけ。
そんなことにはなって欲しくないでしょう?」
からかうように囁きかけてくる。
ドロテアは、黒頭巾の女の瞳に囚われる前に、慌てて視線を外そうとする。
しかし、顎を掴まれているので上手くいかなかった。
せめてもの抵抗として、伏し目がちにして吐き捨てる。
「……ひ、人質のつもりか……?汚いぞ……!」
「ふふ。何とでも言えばいいわ。
それより、その集めた情報で人の足を引っ張ろう、っていう貴女たちの方が汚いとは思わないのかしらね?
まあいいわ。夜はまだ長いんだもの。―――ゆっくり愉しみましょうか?」
女は、手を差し出す。他の黒頭巾から、革の鞭を受け取った。
ひゅん、と風切り音を立てて、鞭を床に叩き付ける。
ぱしん、と、もう片方の手に柄の端を打ち付ける。
怯えるドロテアの表情を目の当たりにし、黒頭巾の奥で、女の瞳が喜悦の色に濡れる―――。
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ところ変わってあばら家。
ここの周囲にも、宵闇に紛れ、黒頭巾の一団が包囲していた。
その人数は6人。指示を下している中心人物は2人いるようだ。
その中心人物の2名のみが、頭巾をずらし、素顔を露出させていた。
今から行う作戦内容を、全員に周知させるため、喋る必要があったからだ。
そこにいた2名は、ジャスミンとベッティナ―――。
イザベルと行動を共にしていた彼女たちだった。
作戦の目的は至極単純である。
あばら家の中にいる、ドロテアの使用人2名を拉致し、”ダンジョン村”事務所まで連行すること。
偵察を行うため、ジャスミンが黒頭巾をしっかりと被りなおす。
窓の死角に滑り込み、室内の会話に聞き耳を立てる。
どうやら、あばら家の室内では夕食の片付けを終え、一休憩をしている最中らしい。
……見たところ、室内にいるドロテアの使用人は、初老に差し掛かっている。
この年代ならば、食後はすぐに眠ってしまうだろう。その寝入りばなを狙って押し入ることとする。
あばら家の防犯状況を確認するが、鍵の類は設置されていないようだ。侵入は易しい。
田舎であれば、それも不思議なことではないが。
また、拉致対象の事前情報を仕入れてはいる。
室内にいるドロテアの使用人は、元冒険者であるエドワード・ベネディクトと、マーガレット・リンドの2名だ。
冒険者であった時は、それなりに高名であったそうだが……。
まだ20代そこそこのジャスミンやベッティナは、彼らの冒険者現役時代のことを知らないのだ。
とはいえ彼らは、使用人時代も長く、初老に差し掛かっているのだ。
問題なく制圧できるだろう、と高を括る。
こういった押し込みで重要となるのは、まず先に腕の立つ方、厄介な方を封じることだ。
一般的には、女子供より、成人の男から倒すことが定石とされている。
従って、エドワードを先に襲い、戦闘能力を奪う事とした。
ジャスミンは一団のところへ戻り、現状を伝える。
あと30分後、使用人の2人が寝静まったころを見計らい、一気に急襲を掛けることとする。
黒頭巾の一団は、所定の位置につき、その時を待つ。
身じろぎ一つせず、時間はじりじりと過ぎてゆく。
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エドワードは、狩りで使うナタを磨いていた。
食後にぼけーっと猟具の手入れをするのも、気分が休まっていいものだ。
その後ろでは、マーガレットが食後の片付けが終わって、一息ついている。
片腕で頬杖をつき、エドワードに話しかけた。
「お嬢様だけど……。大丈夫かねえ。お父さんが実は毒殺されてたなんて……。
それで、スカイラー侯爵を告発するなんて、話が大きすぎて不安だわ」
エドワードは、ナタを磨く腕を止め、腕組みをして唸る。
「まあ、それは確かにそうだ。だが、前も言ったかもしれんが、商人ギルドの人たちもついているし、信頼してみようじゃないか。
……実際、老いはじめた俺たちが近くに居ても、足手まといになるだけかもしれんしな」
「……そうかもしれないけど、なんだか歯がゆいわねえ」
マーガレットは、昼間に焼いた焼き菓子を軽く摘まんだ。
エドワードは、欠伸を浮かべて、マーガレットに言う。
「あふ……。最近、眠くなるのも早くなってきたな。俺はもう寝てくるとするよ。何かあった時も、寝不足じゃ動けないからな」
「ええ。そうね。私も寝るとしましょうか……」
エドワードとマーガレットは、揃って寝室へ向かう。
リビングのランプを消す。
周囲は真っ暗闇に閉ざされる―――。
墨を流し込んだような漆黒の中。
あばら家のすぐそばで、6人の目が、凶暴に光った。