露見
スカイラー邸を出たローズは、すぐさま準備を行い、出立した。
ほどなくウォルバー城に到着する。
後ろには、資金洗浄班から3人、人員を連れて来ている。
黒いボンネット帽を被り、ハンドポーチを腕に下げて、城門の近くまでやって来たが―――。
「……?」
ローズは、どことない違和感を覚えた。
とは言え、動かない事には始まらない。
資金洗浄班の3人は、念のため、離れた位置で待機させておく。とりあえず、城門へはローズ一人で様子を見に行くことにした。
咳ばらいを一つすると、城門の前に立って見張りをしている男へ近づいてゆく。
欠伸をしながら突っ立っていた男は、ローズたちが近づいてくると、慌てて居住まいを正す。
その彼に向かって、にこやかに話しかける。
「すみません。ここ、ウォルバー城の、ウェイン伯爵にお目通り願いたいのですが……」
すると、見張りの男は首を振って答える。
「ウェイン伯爵……?いや、そんな奴はいねえな」
ローズの脳裏に疑念が広がるが、それをおくびにも出さずに、質問を続けた。
「ああ。そうでしたね。で、今統治されている、あのお方にお会いしたいのです。ほら、あの……。
えーと、どなたでしたっけ?名前をど忘れしてしまいましたわ」
普段の無表情さをかなぐり捨て、小さく舌を出して、お茶目でうっかり者のメイドといった風を演じた。
無表情のローズの顔には、氷を思わせる冷酷さがある。
だが微笑むと、それを覆い隠す偽りの朗らかさが生まれた。
見張りの男は、特にそれを不審とも思わず、平然と教えてくれる。
「ああ、今は商人ギルドのカトリーヌさんとドロテアさんが臨時の統治代理人になってるはずだ。
で、何の用だ?」
「ああ、そうでしたよね……。すみません、ちょっと用事までど忘れしちゃって……。
もう、私ったらダメね。すみません。思い出したらまたお邪魔しますわ」
ローズは、照れ笑いを浮かべ、見張りの男にペコペコ頭を下げながら城門から立ち去る。
男に背を向けた瞬間、朗らかな表情は消え、氷のそれに戻った。
物陰に待機させていた資金洗浄班の3人の元へ戻る。
何事かと聞いてくる彼らに、ローズは唇の端を歪めて喋る。
「……異常事態発生だ。ここの統治をさせていたウェイン伯爵が、行方不明になった。
殺されたのか監禁されているのかまでは不明だが、急ぎ調査する必要がある。
……まず、ここの商人ギルドの素性から調べる必要があるな。カトリーヌ、並びにドロテアという両名について、情報を調べ上げろ。
最悪の場合、スカイラー様へご報告しなければならないかもしれん。また、ここに居るイザベルとも、すぐに連絡が取れるようにしておくんだ。あと、一人は私について来い。
―――さあ、とりかかれ」
ローズが手を叩くと、資金洗浄班の2人は、街へ散る。もう一人はローズに帯同する。
彼らは資金洗浄班の中でも、使える方の人材だ。問題なく情報を集めてくることだろう。
―――イザベルか、と舌打ちをする。
彼女は好きな人間ではないが、非常時になれば、手を借りることになるかもしれない。
イザベルは傲慢で独善的だが、その行動力についてはローズも認めるところではあった。
ひとまずローズ自身は、話の中で出てきた”カトリーヌ”と”ドロテア”について、教区簿冊を調べることにした。
ちなみに、教区簿冊とは、その教区内での出産、結婚、埋葬の記録を記したものだ。いわば戸籍のようなものと言っていいだろう。
……とは言っても、この時代、それこそ貴族でもなければまともな記録は取られなかったのだが。
それでもとりあえず、ダメもとでそこから調べてみることにしたのだ。
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教会に併設された図書館へと足を踏み入れる。
教区簿冊を閲覧するには許可が要ったが、他区の教会の使いだと適当に偽名を署名して、それを通った。
分厚い台帳をめくってゆく。まず先に、”ドロテア”の項を見つける。
指で、彼女の人生の軌跡をなぞってゆく。
ドロテア・クラナハ。
出生は18年前。
父は、ハンス・クラナハ。
出生は44年前。19年前に結婚。10年前に死没。
―――貴族としてウォルバーを治めていた。
ローズは、はっとして顔を上げる。
……この、ハンス・クラナハという男―――。
スカイラーが―――実際に手を下したのはイザベルだが―――、毒殺した貴族ではなかったか。
その娘が、なぜ、今になって、商人ギルドとして、ウォルバー城に戻っているのだ!?
焦るローズの脳裏で、情報のピースが次々と組み合わさってゆく。
そう、そもそも、今回ウォルバーにやって来た理由だが……。
商人ギルドによって、ウォルバーにあるスカイラー保有の物件の登記簿が、一斉に閲覧されていると報告があったからだ。
商人ギルドと、毒殺した貴族の令嬢は繋がっていた。
その令嬢と商人ギルドは、スカイラーが奪った物件の登記簿を調べ出した。それはなぜか。
……登記簿の矛盾を突き、訴え出るためではないか。
これはまずい!ただでさえ、後継ぎ騒動で、ライバル貴族のメイソン侯爵に目をつけられているのだ。
もし仮に、この件をメイソン侯爵にタレこまれでもすれば、スカイラー家は相当な痛手を負う可能性がある。
ローズは、後ろに控える資金洗浄班の一人に声を荒らげた。
「おい、貴様。急ぎスカイラー侯爵にこの事実を伝えて来い……。
毒殺したクラナハ伯爵の娘が、我々に反旗を翻そうとしていると!」
慌てて彼は教会図書館を飛び出してゆく。
ローズは盛大に舌打ちをする。
田舎令嬢ごときが余計なことを!!
仕方がない。かくなる上は、イザベルと共闘し、あの田舎令嬢……いや、悪役令嬢を葬るしかないだろう。
ローズは、昏い瞳を静かに燃やした―――。