父の死因
翌日―――、ドロテアたちは、湿っぽく曇った空の下、ウォルバーの共同墓地にやって来ていた。
ここに集まっているのは、ドロテアたちの他に、墓地の管理人、商人ギルドの面々、自警団のツテで呼んだ医者などだ。総勢15名となっている。
結局、ドロテアは、父の死因を調べるため、父の墓を掘り返すことに決めた。
当然、許可を得ないとできない事なので、翌日早朝から、商人ギルドのマスター・カトリーヌに相談した。
唐突に墓を掘り返すと言われ、驚いたカトリーヌだったが、ドロテアの必死の説得に納得をした。
早速自警団に掛け合い、検死に通じている医者を呼んでもらった。
墓地の管理人にも連絡を取り、各々が集まったのは、昼を多少回ったころだった。
各方面と話をつけたカトリーヌも、墓地へついて来てくれることとなった。
面倒な仕事だっただろうが、文句ひとつ言わず付き合ってくれた彼女には、頭が上がらない。
ちなみに、ニーナには、昨日頼んだこと―――父のものだった物件の登記簿を洗い直す作業―――をしてもらっているため、不在だ。
鈍色の空に、黙ったまま、15名は歩を進める。
湿った地面が、靴の下をぐずつかせる。
―――広大な墓地の片隅に、ひっそりと父は眠っている。
貴族の墓だという割に、それは質素なものとなっていた。
……死んだあと、世話をしてくれる貴族の親戚がいなかったのだ。エドワードもマーガレットも、幼いドロテアを守るだけで精一杯だったのだろう。
それは仕方のない事だ。というか、本来血族でも何でもないドロテアを、親身になって育ててくれたのだ。2人には感謝をしている。
それでも、この世から忘れ去られるように、質素な墓に入れられている父に、無念な気持ちは否めない。
……しかし、母の隣に埋葬されてはいる。それは、僅かながらも救いのような気がした。
一同は、その墓の前で足を止める。
「……クラナハ伯爵の墓に着きました。伯爵は、この下に眠っておられます」
フードを目深に被った、背の低い男―――、墓地の管理人が、低い声で告げる。
「―――分かったわ。早速、取りかかって頂戴」
ドロテアは、硬い声で答えた。
墓地の管理人と、その部下たちは、小さく頷いた。
背中に背負う大型のシャベルを構えると、墓の近くの地面へ突き立てる。
慣れた様子で土を掻き分ける。見る間に穴は大きくなり、木でできた棺が姿を現した。まだ腐ってはおらず、原形を留めていた。
ドロテアは思わず息を呑む。
……あの中に、父は埋葬されているのだ。
緊張に耐えかね、マーガレットに耳打ちする。
「それで……その、『相続の秘薬』って毒を使うと、どんな特徴が残るの?」
マーガレットは答える。
「そうですね。……まず、その『相続の秘薬』とは、非常に毒性が強いものです。
人の命を奪うのもそうですが、そのあまりに強い毒性は、遺体を腐敗させるための細菌すらも殺してしまいます。
つまり……『相続の秘薬』で殺害された場合、時間を置いても、死体の腐敗の進みが、著しく遅い、という特徴があるのです。
当然、他の毒薬だった場合、もっと判断は難しくなりますが……」
「なるほどね……」
ドロテアは、目の端で棺を見つめていた。
……さすがに、腐敗しているかもしれない父を直視するのは、つらいものがある。
マーガレットは、ドロテアの視線を遮るように前に出た。
「お嬢様は、エドワードと一緒にここに居てください。私が、お医者さまと一緒に確認してきますから……。
エドワード。よろしくね」
エドワードは頷くと、ドロテアの肩に手を置いた。
「さあ、お嬢様。マーガレットもお医者様も、その道のプロだ。私たちは、ここで成り行きを見守ろうじゃないですか」
ドロテアは、素直に頷き、棺の方へ歩いてゆくマーガレットを見守る。
マーガレットは、既に棺の周りに集まっている医者たちの元へ行く。初老の男の2人組だ。
彼らは、自警団に呼ばれてちょくちょく検死を行っている、腕利きの医者たちだ。
開かれた棺の蓋から、中身を覗き込んで、あれこれ話し合っている。
「こんにちは。……遺体の様子はいかがですか?」
マーガレットに声を掛けられた医者は、振り返って答えた。
「ああ。まあ、見てもらえばわかるが、遺体としては綺麗なもんだ。
10年も経てば、普通なら死体はグズグズに崩れてくるもんだが、このお方はまだ肌にハリすら残っているな。
……最初に聞いたように、おそらくこれは、『相続の秘薬』による毒殺だろう。確実に判定するならば、死体の肉を家畜に食わせてみれば分かるが、どうする?」
それを聞いたマーガレットは、自らも、遺体の状況を確認する。
医者が言ったように、遺体はまだ綺麗なままでそこに横たわっていた。深く息を吐く。
「……いえ。それには及びません。お医者様がそう言うならそうなのでしょうね。お嬢様に伝えてくるので、少々お待ちください」
ドロテアが見守っていると、マーガレットがこちらへ戻ってきた。
恐る恐る聞いてみる。
「お父さんはどうだった……?」
マーガレットは、しっかりとした声で答えた。
「ええ。お医者様と確認してきましたが……、遺体の状況からして、おそらく毒殺されたものと思われます」
「やっぱり……!じゃあ、お父さんはやっぱり、イザベルに殺されたんだ……!!」
マーガレットは口を噤む。
物的証拠は何もない。なにせ10年も経っているのだ。
だが……、とドロテアは意気込む。
「お父さんの日記が残ってる!お父さんは、イザベルに会いに行ってすぐ、毒殺されたんだ!
……物的証拠はなくても、状況証拠で言うと、イザベルは絶対に黒だよ!」
ドロテアは拳を握りしめ、唇を噛み締める。
……あいつは絶対に許せない。
スカイラー侯爵を倒すまでの間に、イザベルと関わることもあるだろう。
そこで出会ったが最期、絶対に叩き潰してやる!!!