疑問
父の日記をレザーバッグへ仕舞い、ニーナと共に城の地下室へ向かう。
そこに隠し部屋があることは、幼い頃、父に教えてもらったのだ。
ランプに火を点し、石の階段を下りてゆく。
灯りのゆらぎが、壁に複雑な模様を描いた。
降りてゆく道中、ニーナに日記の内容を―――、スカイラー侯爵に関連するところを、掻い摘んで伝える。
……母の話や、自分の子供の頃の話は伏せておいた。
ニーナは、何度も頷きながら聞いていた。
地下室に降りて右手側の壁に設えられているワインセラー。
そこに置かれているワインは、価値の薄い、特筆すべきことは何もない量産品だ。
だからこそ、新しい領主にも気づかれることなくいられたのだろう。
ドロテアは、ワインセラーの縁に手を掛けて、力を込めて横にずらす。
手応えと共に、棚自体が真横に動いた。
その後ろに、隠し部屋がある。部屋といってもそこまで広いわけではない。
実質、物置のような使われ方をしていたのだ。
雑多に積まれた荷物の中から、紐で封をされた箱を見つける。
封を解き、開いてみると、中から分厚いファイルが現れた。
ぺらぺらとめくり、中身を改める。
父の日記にあったように、スカイラーの不正な金の動きを控えた調査報告書のようだ。
……これがあれば、スカイラーを倒す助けとなるだろう。
元通り箱に仕舞い、これもレザーバッグの中へ入れる。
そこで、ずっと黙っていたニーナが口を開いた。
「なんだかすごい仕掛けだね……。その箱は何なの?」
ドロテアは、バッグをぽん、と叩く。
「ええ。これが、さっき言ったスカイラーを倒すための証拠。
父が遺してくれた証拠を使って、スカイラーを倒す。……弔い合戦のようなものね」
ドロテアの視線が鋭さを増す。
最初は、商人ギルドを守るため、スカイラーの悪事を暴いてやろう、それくらいの意気込みだったのだが……。
父の日記を見返した今、父の無念を晴らすためにも、スカイラーを倒さなければならない、という使命に燃えている。
「なるほど……。それで、これから、具体的にどうする?私にできる事は、何かある?」
聞いてきたニーナに対し、少し考えたドロテアは、今後の予定を告げる。
「そうね……。まずは、今まで見ぬふりをしてきた事実関係を確認したいと思う。
父が亡くなって、その遺産は、一体誰に渡ったのか。
カトリーヌと協力して、故・クラナハ伯爵―――私の父ね―――の所有物だった資産や不動産の登記簿を洗い直して。―――特に、父の思い入れだったレストラン、『アン・デン・ケン』がどうなったのかを調べて欲しいの」
頷いたニーナに、ドロテアはさらに言葉を重ねる。
「私は、……ちょっと思うところがあるから、別で調べ物をしてくる。終わったらすぐに合流するから、よろしくね」
その日は、それで解散することとした。
日はもう沈んでいるので、お互い速足で戻る。
―――今日のドロテアの帰宅先は、最近入り浸っている”ダンジョン村”事務所ではない。
久しぶりに、我が家……、小さなあばら家へ帰ることにした。
というのも、マーガレットに聞きたいことがあるからだ。
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久々にあばら家へ帰ったドロテアを、エドワードとマーガレットが笑顔で出迎える。
時刻は夜を回っていたが、2人ともまだ起きていたようだ。
「まあまあ、お嬢様。お久しぶりです……。どうですか?”ダンジョン村”の方は順調ですか?」
のんびりとしたマーガレットの声が、無性に懐かしく感じられた。
「うーん……、ちょっと、キナ臭いことが起こり始めたかな。と言うのもね……」
ドロテアは、”ダンジョン村”であったことを、順を追って話し始める。
税務署長・ピーターを罠に嵌め、現統治者・ウェイン伯爵の不正の証拠を奪った事。
不正の証拠を突き付け、ウェイン伯爵を統治者の座から引きずり降ろした事。
ウェイン伯爵は、上級貴族・スカイラーと繋がっていた事。
献金が途切れた事を不審に思ったスカイラーが、こちらへ監査を寄越すかもしれない事。
だが、今は、後継ぎのお家騒動中で時間に猶予はあるだろうという事。
その間に、スカイラーを倒すべく、悪事の証拠を掻き集めようとした事。
関係があるのかどうかは分からないが、”ダンジョン村”で行方不明事件が頻発し、ドロテアもその現場を見てしまったかもしれない事。
しかし、それの捜査を依頼したが、遊撃課の騎士に”事件性無し”と一蹴された事。
―――そして、ウォルバー城で、父の日記を発見した事。
喋り通しだったドロテアは、マーガレットが入れてくれた水を一口飲む。
マーガレットとエドワードは、目を丸くしている。
「お嬢様が”ダンジョン村”に行ってから、そんなことが……。ご無事でよかったですが……」
心配気に見つめる二人に対し、問題ない、と頷いてみせる。
ドロテアは話題を変える。マーガレットに聞きたかったことがあるのだ。
「ええ。私は大丈夫。それでね、お父さんの日記を見て、気付いたことがあるんだけど……」
机の上に、父の日記を置いた。
「へえ、懐かしい。お嬢様のお父様がずっとつけていた日記ですね。これがどうかなさったんですか?」
「そう、このページを見てほしいの」
目的のページを開き、指で示す。
覗き込む2人に対して、ドロテアは、感じていた疑問をぶつけてみる。
「お父さんは、マーガレットやエドワードに黙って、イザベルって奴に会いに行ったらしいんだ。
それで、その1週間後に亡くなってしまった……。
今まで、病気とかしていなかったのに、そんな偶然、ある?」
マーガレットは、眉根を寄せ、もしかして、と呟いた。
「……今まで、お父様が亡くなったのは、急性の流行り病に罹ったからだと思っていましたが、そうではないかもしれませんね」
ドロテアは身を乗り出す。
「それは!?やっぱり、お父さんは、病気に見せかけて、毒殺されたってこと!?」
マーガレットは、落ち着いた声で答える。
「お父様がどうだったかは何とも言えませんが、流行り病に似た症状を引き起こす毒薬は存在します。
……相続の秘薬、と呼ばれる毒薬で、多少専門的な回復職程度の知識があれば、使えてしまう代物です」
ドロテアは、それを聞き、膝に置いた手を握りしめる。
「……私は、真実を知りたい。父は病気だったのか、毒殺されてしまったのか。
仮に毒殺だったらば、私は、そいつを絶対に許せないだろう。
……毒殺されたのかどうか、調べる方法はないの?」
鬼気迫る表情で喋るドロテアに、マーガレットは気遣わしげな視線を向ける。
「ええ。毒殺されたかどうかを判別する方法は、あります」
「なら、それで早速調べて―――」
逸るドロテアを、マーガレットが制する。
「方法はありますが―――、分かっていますか?それを調べるには、お父様のご遺体を、掘り起こさなければならないのですよ」